第2曲目 第14小節目:温泉

 カポーン、と風呂桶ふろおけ的な音がこだまする。


 手持ち花火大会も終わり、大浴場にて入浴中である。


 なんと合宿場にも関わらず温泉であるらしく、しかも露天風呂もある。めっちゃ豪華じゃないですか。


 身体を洗ってから湯船に浸かりましょうというジャパニーズオンセンマナーにしたがってシャワーを浴びていると、不意に横から声をかけられる。


「やあ小沼君。ロックオンの演奏観たよ」


「ん?」


 そちらを見やると、筋肉隆々きんにくりゅうりゅうの男子が立っていた。そういう要素はいらないんだけど……? ていうか誰だよ。


「あ、え。どうも。えっと、あなたは……?」


「ああ、ごめん、メガネとったから分かんないか。器楽部ドラムの大友豊おおともゆたかだよ」


「おお!?」


 こんなに筋肉あったっけ!? 着痩きやせするタイプなの? そもそも着痩きやせするとかあるの?


 大友くんはおれのとなりの席に腰掛けて、シャワーを浴びながら話を続ける。


「これまで『エモい』とか『音楽は技術じゃない』とかって下手へたな人の言い訳だと思っていたんだけど、あのライブを観たら少し考え方を変えなきゃいけないのかなって思ったよ」


「お、おう、それはどうも……」


 いきなり出てきて饒舌じょうぜつな大友くんにおれの方はタジタジである。


「だとしても、負けるわけにはいかないんだけどね」 


 爽やかスマイルをこちらに向けてくる。全裸で。いやほんとそういうのいらんて。


 にしてもドラムの勝ち負けって、この人ずーっとドラムのこと考えてるんだな。


「勝ち負けなのかはよく分からんけど、別におれの方が勝てる要素ないだろ」


「勝てる要素がない? どうして?」


 驚いた感じで目を丸くしている。なんでだよ。


「いや、練習量は絶対に大友くんの方が多いし、おれがよほどの天才とかでもなければ、大友くんがおれに負けるはずもないだろ」


「天才、ね」


「お、おう……」


 突然鋭くなった大友くんの声に、おれはビクッとする。なんか、地雷踏んだか……?


「小沼君は、自分が『才能』の話ができるレベルに達していると思う?」


「え……?」


 なんか、そういう聞かれ方されると、なんとも言えないですよね。


「僕はね、才能云々うんぬんって、ないとは思わないけど、そんな話を出来るのは、本当に一部の人だけだと思うんだよ」


「はあ……」


「毎日血がにじむほど練習して、精根せいこん尽き果てて、それでも越えられない壁のことを、『才能』って言うんじゃないのかな」


「なるほど……」


 この人もかなりスポ根系の人だな。


 だけど、なんというか、少しに落ちる部分はあった。


 才能を言い訳にしていいのは、努力で行けるところまで行った人だけだ、と大友くんは言ってるんだろう。


 それは、本当にそうかもしれないな。 


「だし、そもそも僕が君に『負けたくない』って言ったのは、由莉ちゃんのことだよ」


「は、吾妻?」


 いきなりねえさんの名前が出て来て今度は、おれが驚く。


「ロックオンでの君たちのライブを観たときの由莉ちゃんの反応は、すごかった」


 大友くんはにこやかな声で、話を続ける。


「由莉ちゃんは、僕のドラムをいつも『豊は天才だね』って褒めてくれる。だけど、あんな風に、泣いてくれたことはないから」


 


 それは別におれとかじゃなくて、市川の力だろ。


 と、のどまで出かかったものの、そのあとシンガーソングライターamaneと吾妻の関係とかの話まで説明することになる気がして、おれはそっと飲み込む。


「僕は、自分の演奏で、由莉ちゃんにあんな表情かおをさせてみたい」


「はあ……」


 なんだか、話の流れもよくわからず、気の抜けた返事をしていると、


「……持っている人と、欲しがってる人が同じとは、限らないもんだな」


 と、にこやかに笑いながらも、わずかに強張こわばった声音こわねでそう言った。


「僕は、君がうらやましいよ。突然現れて由莉ちゃんにあんな表情をさせて。さっき一緒に花火会場に来た時なんか、2人の間には不思議なきずなみたいなものが見えた」


「そんなことは……」


 おれはなんと言ったらいいか分からず、ごにょごにょと何かをつぶやくだけだった。


「僕は、『天才』なんかじゃなくていいから、由莉ちゃんと並び立つ男になりたい」


 あくまで笑いながらも、切実な言葉に、おれは言葉を失う。


 この人、吾妻のことが……?


「なんてね! あはは、冗談冗談。それではね」


 笑いながら、大友くんは席を立って、内風呂の湯船の方へ向かった。


 おれは、何が冗談なんだかもよく分からず首をかしげながらも、これ以上話すのも気まずいので露天風呂の方に向かうことにした。


 すると、チェリーボーイズが何やら騒いでいる。


はざまっち、覗けるところないよ!」


「いやいや、あるわけないっしょ。夏達かたつバカじゃね?」


「くっ、この竹の壁の向こうに女子風呂があるのに……!」


 安藤、あほかよ……。


 こっちはこっちで全然別の意味で居づらいな、と露天風呂の端っこにそっと浸かった。


 ふう、効くー……。


 あふれ出しているいやしの力を全身で感じていると、


「うわぁー、露天風呂があるなんてすごいねぇー? ねぇ、さこっしゅ!」


「うん」


「私は2回目だけど、去年もすっごく驚いたなあ」


 竹の壁の向こうから声が聞こえてくる。


 2年男子とついで2年女子が入ってるってことか……!


 誰かがゴクリ、とつばを飲む音が響く。おれか。


「ってかゆりすけはどうしたの」


「ゆりは、なんかよく分かんないけど天音ちゃんが服脱いだら泡吹いて倒れてたよぉー?」


「あははー……大丈夫かな?」


 何やってんだよ吾妻……。っていうか同級生が泡吹いて倒れてるのに英里奈さんも「倒れてたよぉー?」じゃないだろ。


「っていうか天音ちゃんー、清純派みたいな顔してるくせに、出るとこ出てるねぇー? いっひっひぃー」


「いやいや、ちょっと、やめてよそんなことないよー。英里奈ちゃんだって!」


 おいおい……!


「まぁー、ゆりはえりな達じゃ全然かなわないくらい大きいけどねぇー……」


「あ、やっぱりそうだよね……」


 本当に女子ってこんな話すんだな……。(すんの?)


 あれあれ、男子風呂がやけに静かになったのは気のせいでしょうか?


「うちにはノーコメント……」


 沙子(多分)がズーンとした声を出す。


「んんーと、さこっしゅはねぇー……スレンダーだね!」


 英里奈さん、そのコメントはどうかな!?


 なんだか聞いているのも気まずいので、もう上がってしまおう、と、腰を浮かせかけたその時。


「おい、みんな聞いてくれ!!」


 露天風呂の真ん中あたりから大きな声が聞こえた。


 声がした方を見ると、はざまが湯船の中、仁王立におうだちで良い笑顔を浮かべていた。(一応タオルで隠しています)


 いきなりどうした……?


 と思ったのもつかの間。


 はざまはあらんばかりの大声で、こう、叫んだ。


「オレは、貧乳派だああああああああ!!」


 一瞬、風呂場の時が止まる。


 多分、男子風呂も、女子風呂も。


 ……こいつ、何言ってるの!?


「誰が、なんと言おうとだ!!」


 なんか補足してるし!!


 チェリーボーイズの他メンバーや、イケイケ系のメンバーが「ヒョオオオオオオオウ!」「キャアアアアアアアアオ!」みたいな感じではやし立てる。(大丈夫!?)


 こいつ、まさか、沙子に聞こえるように……?


「ちょ、ちょっと男子ぃー! 聞いてたのぉー!?」


 英里奈さんから壁越しに抗議の言葉が飛んでくる。


 バカだ、バカすぎる。呆れて笑うしかない。


 おれは、なごんでいいのかハラハラしてればいいのかもよく分からなかったけど。


 だけど、はざまはずっとまっすぐなんだなあと、そればかり思っていた。


「貧乳が好きなんだ!!!!」


はざま、これ以上はやめときなって!!」


「お、小沼くん!?」


 もう一度叫んだはざまをさすがに止めに入ると、向こうから市川の声が聞こえた。


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