第2曲目 第45小節目:愉快なピーナッツ

「小沼、お待たせ」


「おう」


 半袖はんそでの制服を着た吾妻が、ベースをかついで、器楽部の部室から出てくる。


 今日は器楽部は合宿明けということもあり自主練日だったらしく、終日練習する予定だった吾妻が、『お昼過ぎまでで練習を切り上げるから、学校で曲の話をしたい』と言ってきたのだ。


 夏休みだけど、部活をする生徒のために平日は高校も普通に開いているらしい。まだおれの知らないことが沢山あるなあ……。


「わざわざ学校までごめんね」


「別に大丈夫。むしろ、部活で忙しいとこ時間作ってもらってすまん」


「あ、いや、あたしのは、そんな大層なものじゃないんだけど……でも、来てくれて、うれし……助かった」


 部室の前で話していると、


「吾妻部長、お疲れ様ですー」「ぶ、ちょう……おつかれ、さま、です……」「師匠ししょうっ! お疲れ様ですーっ!」


 器楽部の一年生たちが挨拶をして通り過ぎて行く。うんうん、星影さんも自主練に精が出て何より。


 ……あれ、3人目!? 


「あ、小沼先輩っ! あれあれ、やっぱり小沼先輩と師匠はお付き合いなさってるんですかっ!? そうなんですかっ!?」


 小動物がしっぽを振ってこちらにやってきた。


平良たいらちゃん、なんでいんの……?」


 おれが疑問を口にすると、ひたいに手をあてて、吾妻がため息をつく。


「あたしもよく分かんないんだけど、なんか、あんたの後輩、今日来てんだよね……」


「いやいや、おれの後輩ってか、もはや吾妻の後輩だろ」


「ななっ!? 自分のことをなすりつけあっているように見えますがっ!? 自分は小沼先輩の後輩で、吾妻師匠の弟子でしですよっ!」


 ショックを受けた感じで平良ちゃんが訂正する。


「あたしは、弟子なんかとった覚えはないから!」


「いえいえ、自分は弟子です!」


「んー! じゃあ破門はもん!」


「もー! なんでですかー!!」


 ひとしきりじゃれあった(?)あと、


「でもでも、お付き合いされてないならわざわざ学校で集合されてどうされたのですか? お二人で何か相談することでも?」


 平良ちゃんが小首をかしげて、質問してくる。


「今日は、小沼の夏休みの宿題、見てあげなきゃいけないの」


 よどみなく答える吾妻ねえさん。


 へえ、なるほど、今日はそういう建前たてまえなんですね。……なんでおれが教わる方なんですかね? 逆でもよくないですか?


「そうですかっ! それでそれで、どうして学校なんですかー?」


「……教科書とかノートとか、学校に置いてるから」


 ……んん、今ちょっと言いよどみました?


「なるほどなるほど、そうなんですねーっ! 自分はてっきり、『別の部活に入っている彼氏に部室に迎えに来てもらう』といういかにも青春っ!なシチュエーションが吾妻師匠の中学時代からの密かな夢で、それを叶えるために、別に学校じゃなくても出来るご用事なのにわざわざ集合場所を高校、しかも部室の前にしたのかなーなんて邪推じゃすいしてしまいましたっ! そんなはずないですよねっ!」


 逆にこっちは立て板に水だな……。そして決めつけがひどいよ。そんなわけないだろ……。


「そ、そそ、そんなはずないでしょ……! つばめ、あんた、師匠をもっとうやまいなさい……!」


 顔を手であおぐ吾妻ねえさん。うん、暑いよね、夏だから。


「わわーっ! その発言は自分を弟子と認めていただけたということですかっ!? 言質げんち、とりました! もう引っ込められませんよっ!」


「ああ……失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したあたしは失敗……」


 色々入り乱れてんな、白狐ホワイトフォックスがチラチラと……。このままここにいたら平良ちゃんに吾妻の体力を全部持ってかれそうだ。


「えーっと、とりあえず、吾妻に宿題を、お……教わらないとだから、吾妻を借りてっていいか?」


「あ、ご注文は師匠ですかっ?」


「あ、うん、そうだね……」


 あんまりやりすぎると心もぴょんぴょんしなくなるからね……。


「えっと……今日は自主練日だから別にいてもらっても大丈夫だけど、ステラとかに迷惑かけないようにしてね……」


「はいっ!」


「わー、良い笑顔ー……」


 吾妻はこの数分でずいぶんと疲れたように見えるな……。


「はい! それではですですっ! また明日ですっ!」


「もう明日は来なくていいから!」


 吾妻の感情をこんなに揺さぶることができるのは、amane様と平良ちゃんくらいのもんではなかろうか……。あ、あと、幽霊か。




「はあ、もう、あんたの後輩なんとかしてよー……」


 夏休みなので誰にも使われていない2年6組の教室に入って、吾妻が扉を後ろ手に閉じた。


「いや、吾妻の弟子だろ」


「だから、弟子なんかとってないって! ていうか、なんの弟子なの……。小沼の席、どこだっけ?」


「そこ」


 おれが自分の席を指差すと、吾妻がそこに座るので、おれはその前の椅子を後ろ向きにして座った。


「……でさ、小沼、さっそく、曲のことなんだけど」


 吾妻が言い出しづらそうに、だけど、きっぱりと話を切り出す。


 こういう思い切りの良さ、本当にかっこいいなあ……。


「お、おう」


 対しておれは、いつまでも、どもって、ビビって、かっこ悪いまんまだ。


「まず、なんで小沼は、あたしだけに曲を送ってくれたの? 『amane』のグループLINEに送ってくれたっていいのに」


 吾妻がおれの目を見て、質問してくる。


「そ、それは、歌詞を書いてくれる吾妻に最初に送らなきゃって思った、から……」


「全っ然、理由になってない」


 きっぱりと、ばっさりと、そんなことを言う。


「やましいことでも、あった?」


「やましいとかでは、ないけど……」


「ふーん……。そもそも、いつから作曲復帰したの? 小沼が曲作れるようになったことも知らないのにいきなり音源来て、びっくりしたっての。いや、良いことなんだけどさ。そこにも、なんかあるんじゃない?」


「曲作れるようになったのは、一昨日おととい、だけど」


 最低限の答えすらも返さないおれを見て、んんー……と、少し考えるみたいに、吾妻が息をつく。


「じゃ、先に、あたしの感想を言うね」


「お、おう……」


 おれは視線を机の上で泳がせる。


「本当にあたしは何様なにさまでもないくせに、こんなこと言うのを許して欲しいんだけど……」


 吾妻はそっと下唇を噛み、おれはつばを飲み込んだ。



「昨日送ってくれた曲は……『わたしのうた』の模造品だよ」



「そう、かあ……」


 おれは、苦笑しながら天井を見上げた。


 本当はわかっていたことだ。


 手に馴染んだコード、みみざわりの良いフレーズをつなげて、『憧れ』に手を伸ばそうとした。


 そしたら、表面上、『憧れ』にすごく似通ったものが出来上がった。


 悪くないものだ。そりゃそうだ、見た目だけなら、名曲に似てるんだから。


「本当、ごめんね。小沼を否定したいわけじゃないんだけど、多分このままじゃ、小沼だって、納得いかないものになっちゃう。だから、聞かせて」


 吾妻は、真顔でおれをしっかりと見据みすえて、たずねてくる。


「一つ目は、曲が作れるようになった顛末てんまつ。もう一つは、」


 すぅっと、息を吸って、あの日みたいに。


「この曲は、何か意思があって作られたものなの?」

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