第3曲目 第60小節目:You’re Not Sorry

「なるほどなるほどっ! イギリス流のスキンシップだったということなのですねっ!」


 売店のすぐ近くのラウンジにて3人、平良たいらちゃんと英里奈えりなさんとおれという珍しい取り合わせで座っていた。


 ラウンジにはおれたちともう1組だけ離れたテーブルに座っているだけだ。教室や食堂でご飯を食べている人が多いのだろうか。


「また一つ異文化について知ることが出来て良かったですっ! 偏見ヘンケン危険キケンなのですっ。多様タヨーなバックグラウンドを尊重ソンチョーできない組織はダメになってしまうのですよっ」


 湯呑ゆのみを持つかのように両手で缶のカルピスを持ってニコニコ顔でコクコクとうなずく平良ちゃんに、


「そぉだよぉー、イギリスでは当たり前なんだからぁー」


 英里奈さんはへらへら笑いを顔に貼り付けてこたえた。


 そうだったのか、これまでのあの小悪魔的なスキンシップは全部お国柄くにがらからくるものだったのか……。


 おれがこっそり衝撃を受けていると、英里奈さんはスッとおれのみみみみ耳元に唇を近づけて




「まぁ、普通よりは特別な相手じゃないとやらないけどねぇー?」




 そうささやいてパッと離れた。ニヤニヤとおれの顔を見上げてくる。


 のこだろうか、甘い香りが鼻腔びこうをくすぐる。


「……こほん」


 ですが、おれレベルになると、英里奈さんからのこんなからかいにはそう感嘆かんたんには同時どうじいのですよ。……ん?


 何はともあれ、小悪魔属性は英里奈さん個人にちゃんと紐づいているものらしい。良かった。(別に良くない)


 そんなやりとりのあいだもカルピスを両手であおっていた平良ちゃんはおれの内心など知るはずもなく、嬉しそうに続ける。




「いやはや、てっきり自分の憧れ直した『リア充』という種族が、やっぱりインターネットで言われているのと同じようなただの阿婆擦あばずれと好色漢こうしょくかんの集団なのではないかと、非常に焦っちゃいましたよっ!」


「アバズレ……」「こうしょくかん……?」


 突然ボキャブラリー外の言葉を放り込まれて復唱するおれと英里奈さん。



「でもでも、たしかに、英里奈先輩には心に決めた方がいらっしゃったはずですもんねっ!」



 にこぱっと笑った平良ちゃんの言葉に、


「あぁ、うん……」


 英里奈さんがうつむく。



 すると、吾妻あずま弟子でしちゃんも英里奈さんの表情を察知したのか、バツが悪そうに首をかしげる。



「あれあれ……? 自分、変なこと言っちゃいましたかね……?」


「あー、いや……」

 

 平良ちゃんが言ってるのはもしかしなくても、学園祭ライブにてチェリーボーイズが演奏した『CHE.R.RYチェリー』のことだろう。 


 今ちょうどデリケートな話ではあるが、それは事情を知らない平良ちゃんにはどうしようもないことだ。


「わぁー、そぉだよねぇ……。みんな見てたんだもんねぇ……」



 英里奈さんには珍しく、頬を赤く染め始める。



「えりな、みんなが見てるとこであんなことして恥ずかしいなぁ……。やっぱりなかったことにしたいよぉ……」




 そう言いながら、英里奈さんが額を抑えて突っ伏しそうになるところを、





「そんなこと絶対にありませんっ!」






 ダン! と机に缶を叩くように置きながら平良ちゃんが立ち上がる。


「ほぇ……?」


 突然の大声に英里奈さんが平良ちゃんを見上げた。




「恥ずかしいなんてっ、なかったことにしたいなんてっ! そんなことありませんよっ!」




「平良ちゃん?」


「あのあのっ! 自分はあのライブの英里奈先輩を拝見して、とっても感動したのですっ! 恋ってキラキラしてるなぁって、自分もリア充になったあかつきには是非してみたいなぁって、そう思ったのですっ!」


 ほうけているおれたちに平良ちゃんは話し続けた。


「それはっ! 自分にはわかりませんけど、もちろん……叶わない時もあると思います。でも、でも……!」



「でも……?」



 目を見開いて首をかしげる英里奈さんに、平良ちゃんは勢いをゆるめず、強く言い切る。



「少なくともここに一つ、英里奈先輩のあの言葉で動いた心が、あるのですっ! そしてそして、きっと……」



 平良ちゃんは自分の胸元をこぶしで叩いてから、



健次ケンジさんの心だって、動かしたはずですっ!」




「そっかぁ……」




「はい、きっと……いえ、絶対ですっ! ……あれ?」




 平良ちゃんはそこまで話し終えると、ハッと我に返る。




「はっ! す、すみませんすみませんっ!」




 これも学園祭ライブの時みたいだなあ、とおれはつい吹き出した。



「こんなの、ほぼ初対面の後輩コーハイに言われなくてもお分かりですよねっ……! 出過ぎた真似マネを……!」



「ううん、そぉんなことないよぉー?」



 英里奈さんは嬉しそうに微笑ほほえむ。


「ありがとぉ、つばめっち」


「つばめっち……?」


 初めての呼称こしょうに、つばめっちが『んん?』と首をかしげる。


「うん、つばめっち! えりなの妹になっちゃいなよぉー!」


 英里奈さんが『んんー!』と平良ちゃんを抱きしめてほおずりする。




「わ、わぁっ! これが本場イギリス式のスキンシップですかぁ……! いい匂いがしますぅ……。でも、自分の魂は師匠と天音あまね様に捧げたのですぅ……」




 あらがいながらもふにゃけていく平良ちゃん。



「んんー……? 師匠ししょうってぇ……?」



「あ、あずませんぱいですぅ……」


 英里奈さんの甘美かんびな声にどんどん平良ちゃんの身体からだから力が抜けていく。


 そこにとどめをさすように。





「そぉんなの、えりなが全部ぜぇんぶ忘れさせてあげるよぉー……?」





 英里奈さんが、見ているだけのおれですらゾクっとするほど妖艶ようえんにささやきながら、平良ちゃんの首筋くびすじをツツー……っと指先でなぞる。



「は、はうぅ……」



 いや、いきなり何やってんだよ。ていうかなんで全方位に悪魔なんだよ……。


 とは思いながら、英里奈さんの気が楽になったのなら何よりだなと、おれは状況に似つかわしくなく、優しい微笑みを浮かべた。



「ちょっ……ちょっと……小沼先輩ぃ……、そんな、いやらしい顔で笑ってないで……助けて……くださいっ……!」



 あれ、優しい微笑みのつもりだったんだけど?

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