第3曲目 第59小節目:Don’t Let Me Down

 連休明け、火曜日の昼休みのこと。


英里奈えりなさん、売店いくの?」


 おれは、教室を出て行こうとする英里奈さんに声をかけていた。


 一昨日おととい(っていうか昨日の朝か)の沙子さことの話もあって、少し様子を探りたかったのだ。


 すると、英里奈さんはじろっとこちらをみて、


「そぉですけどぉ……?」


 と不機嫌ふきげんそうに答える。あれ、怖いなあ……。


「えーっと、おれも一緒に行ってもいい……?」


「……別にいぃですけどぉ、あなた誰ですかぁ?」


「えー……」


 そこまで言うとふいっと顔を前に向けて、戸惑うおれを置いて、英里奈さんは歩き出した。


 ……めちゃくちゃ怒ってるっぽいけど一応許可はもらったはずなので、おれも小走りでついていく。



「あのー……」


 廊下ろうかを歩きはじめて少し経っても英里奈さんからのオーラが出まくってるので恐る恐る声をかけると、




8日はちにちだよぉ、たくとくん」




 英里奈さんはそう言った。



「はちにち……? 何が?」


 八日ようかのことを言っているのだろうが、何が八日目なの? せみ


「たくとくんが最後に、えりなに話しかけてきてから8日はちにち目」


「ああ……」


 なるほど、たしかに先週の月曜日の朝、遠回りの登校道で吾妻あずまと一緒に話しかけて以来か。


 おれの中では一旦あの日に吾妻あずまのアドバイスも合わせて、ライブまでの気休めになる言葉を渡せたような気がしていたのだが、そのあいだ、沙子とも話せていないとなると、不安な状態の英里奈さんをずっと放置していたのだと気づかされる。


「それは、ごめん……」


 おれが英里奈さんの力になろうと思っていたのに。


 いくら『おまもり』を作ろうとも、それが水面下すいめんかであるうちはなんの効力も発揮しないのは明らかなのに、何やってんだ、おれは。


「いやぁ、そこまでちゃんと謝られちゃうとえりなも責めづらくなっちゃうんだけどぉ……」


 えぇ……と、ほんの少しの焦りと呆れを混ぜたような表情で英里奈さんが苦笑いする。


「いや、おれは英里奈さんのそばにいるべきだったよな……」


「いやぁ、天音ちゃんのそばにいてあげてくれたらいいからぁ……」


 あれ、呆れを通り越してちょっと引かれてない?


「たくとくんは相変わらずたくとくんだなぁ……。でも、まぁ、そんなに反省してるなら許してあげましょー!」


 それでも、なんやかんやで機嫌を少し取り戻したらしい英里奈さんがうなずく。


「ギリギリだったんだよぉ? 今日えりなから拓人くんにお願いしようと思ってたんだからぁ」


「何を……?」


 そしてニターっとまたいやらしい笑みを浮かべた。


「ねぇねぇ、8日はちにちたってるとさぁ、たくとくんもさすがに溜まってきたでしょぉー?」


「な、何が」


「そろそろ、吐き出したいでしょぉー?」


「だ、だから何が! おれは……」


「えりなと話したいコトが、だよぉー!」


 おれがあたふたしているところを英里奈さんがさえぎる。


 ……変なこと言う前で本当に良かったよ。


「ねぇねぇ、今日一緒に帰ろうよぉ! マック行こぉ、マック! えりなのことを放っておいたバツでシェイクおごりねぇ!」


「いや、今日は……」


 そのバツ自体は甘んじて受けるとしても、罰じゃなくてもおごってるじゃんとか、ていうかなんでいつも罰じゃないのにおごってるんだろうとか、色々なことが頭を巡った。


 だけど、そんなことも一旦どうでもいい。


『分かったよ。明日、部活のあとに英里奈と話す。逃げようとしたってしつこく追いかける。……先に帰れって言われても、頼まれてもないのに正門せいもんで待ち伏せしてやる』


 今日は、沙子が一緒に帰るつもりなのだ。そのチャンスをおれがついばむわけにはいかない。


 ただ、それをおれが伝えるのもおかしいだろう、と答えにきゅうしていると、


「むぅー……、また天音ちゃんー?」


 と甘えるように口をとがらせる。


「いや、そうじゃなくて……」


 なんと説明して沙子と帰らせたらいいだろうか……と考えたところで、ふと、沙子があの時にしてくれたことを思い出す。



 沙子がおれと市川が喧嘩した時にやってくれたことを。



 おれはコミュニケーションの引き出しが多くない。それを真似まねするしかない。




「……分かった、放課後、空けておくよ」




「え、いぃのぉ?」


 英里奈さん的にもダメ元だったのだろう。自分から誘ってきたくせに意外そうな声を出して首をかしげた。


「おう、空いてはいるし」


「天音ちゃんはぁ?」


「大丈夫……に、する……」


「ほんとーかなぁ……?」


 ね、自分でも不安です……。


「ほ、本当! だから、部活終わったら、スクールバスのバス停で待ち合わせしよう。スクールバスで帰るだろ?」


「わかったぁ。……なんでえりながスクールバスで帰ってるって知ってるのぉ?」


「いや、その……沙子は新小金井しんこがねいから帰ってるから、多分ずらしてるんだろうなあと思って」


「えぇ、いつのに、たくとくんはそんなことまで分かるようになったのぉ……?」


 純粋な目で感心したようにこちらを見上げてくる。本当は沙子から現状を聞いてるからというだけです、心が痛むからそんな目で見ないで……!


「でもぉ、そしたらえりなが部活終わるまでたくとくん何してるのぉ?」


「ん? まあ、スタジオで練習でもしてるよ。空いてるかは分からないけど」


 いつも『たくとくんの用事なんか知らないよぉー、待っててくれたらいぃじゃんー』的なことを言うくせに、今さら英里奈さんがおれを気遣ってくる。もしかしてこれまでの悪魔的な発言も、あくまで冗談として言っていただけなのだろうか?(アクマだけに)



「そっかぁ、やっぱり優しいねぇ、たくとくん!」



 ちょうど売店の前に差し掛かったあたりで、英里奈さんは満面の笑みで、大声を出しながらおれの腕をぎゅっと抱いてきた。




「えりなねぇ、たくとくんのそぉゆぅとこ、大好きぃー!」




 ……う、うん。そ、そそそそこまではっきりと誤解のある言い方されると逆に誤解もしないで済みますね、はい。


 などと、よよ余裕を持ってその言葉と受け止め、二の腕あたりに伝わる感触を意識の外に逃すことを意識していると(ややこしい)。



 ガチャン!



 アルミ缶が床に落ちたような音がする。



 音のする方には小動物のような後輩。




「お、小沼おぬま先輩、一体全体イッタイゼンタイ、どのような神経で白昼堂々はくちゅうどうどう浮気をなさってるのですか……!?」




 ……売店からちょうど出てきた平良たいらちゃんがいまだかつて見たことないほどの嫌悪けんお感をむき出しにしてこちらを見ていた。

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