第13小節目:Cakes

「……ちょっと、人の教室の前でウロキョロすんのやめてよ」


吾妻あずま……! いや、ウロキョロって?」


「ウロウロとキョロキョロの合体版。今、小沼おぬまがしてたこと」


「ああ……」


 翌日の昼休み。


 2年4組の前でウロキョロしてたところ、見かねたらしい吾妻が教室から出てきて話しかけてくれた。ありがとう、ねえさん……!


「あたし、あんたのお姉ちゃんじゃないんだけど……。で、なんか用? さこはすは売店に行ってるみたいだけど」


「あ、いや、吾妻に用があって」


「あたしなんだ……!」


 吾妻は一瞬見開いた目をすぐに細めて、


「……いや、なおさら声かけろし」


 とおれをなじる。


「すまん……。今のおれなら、他のクラスにも突入できるかと思ったんだけど、いざ来てみるとやっぱりハードル高くて……。ほら、吾妻、席が窓の近くで声かけづらいし……」


「じゃあ、LINEとかすればいいじゃん。スマートに使いこなしなよ、スマートフォンを」


「すみません……」


「……で、なに? その、あたしに、用って……?」


 期待するような目でおれを見上げてくる吾妻に、おれは用件を簡潔に伝える。


神野じんのさんのクラスに一緒にいってもらえないか……?」


「……小沼って、本当最低」


「最低!?」


「はあ……」


 吾妻はやれやれ、とため息をつく。


「ドラム、舞花まいか部長に教わりたいってことね?」


「ああ、うん……」


 さすが、吾妻はなんでもお見通しだ。


 まだ日程は決まっていないものの、音源応募のタイミングを考えたら、レコーディングまでは1ヶ月もない。


 短期間で成長するために考えついたのは、やはり人に教わることだった。


 少なくともドラマーとして尊敬している神野さんに教われるなら、それが一番だと考えたのだ。


 だが、3年生の教室に乗り込むなど、小心者のおれには到底出来ない。ということで、先輩との繋がりもあるコミュニケーション強者・吾妻由莉を頼りにしてきた次第である。


「まあ、そりゃ、あたしを頼ってくれることは別に最低じゃないけどさ……」


 吾妻は不服そうにぶつぶつ言いながら頭をかく。


「神野さんって、そういうの頼んだら引き受けてくれるような人か……?」


「どうだろうね? まあ、頼んでみたらいいんじゃない? それで、当たって粉々に砕け散ればいいよ」


「言葉にトゲがあるな……」


「あはは、うける」


 吾妻は一回笑ってから、ブレザーのポケットに手を入れて少し進んでから、こちらを振り返る。


「ほら、行くよ?」




 ということで、神野じんの舞花まいかさんのいる3年6組の教室に連れてきてもらった。


 しかし。


「舞花部長、いないなー……」


「だなあ……」


 教室を覗き込んでも、その姿は見当たらない。


 するとその時、


「あ、ユリボウだ!」


 後ろから、おれの知らない先輩が声をかけてくる。


「どしたの、こんなところで?」


加賀美かがみ先輩、お久しぶりです! い、いや、ちょっと、頭撫で回さないでください、崩れるんですけど……!」


「いいじゃんいいじゃん、可愛い後輩の養分を摂取させておくれよ、受験勉強で疲弊ひへいしてるんだよ……」


疲弊ひへいって……、そんな文章題みたいな言葉使うって、本当にお疲れなんですね……!」


「そうなのだよ、ユリボウくん……」


 おそらく加賀美先輩とやらは、器楽部の先輩なのだろう。


 先輩がお疲れだと知ると、吾妻は頭を撫でられるままにしていた。


 普段は先輩肌、姉御肌の吾妻は、先輩の前では想像以上に後輩をしている。なんか新鮮だ。そして、後輩としてもすげえ可愛がられてるんだな……。


「それで、舞花部長って、どこにいますか? 食堂派でしたっけ?」


「えー、吾輩に用じゃないのかい、ユリボウくん……」


「先輩、一人称おかしくなってますし……吾輩とか言ったことないじゃないですか……」


「そうかそうか、吾輩なんてどうでもいいんだね……」


 加賀美先輩はその表情をわざとらしく曇らせる。


 どう見ても演技だが、先輩思いの吾妻には効果てきめんだったらしい。


「うっ……! そ、そんな残念そうな顔しないでください! 好きです大丈夫です、加賀美先輩のことも大好きです!」


「そっちの彼氏くんよりも吾輩が好きかい?」


「……! か、彼氏じゃありませんから!」


 顔を真っ赤にして否定する吾妻と、さすがにちょっと顔を逸らすおれ。


 加賀美先輩はにひひ、とチェシャ猫みたいな笑顔を浮かべてから、吾妻を解放する。


「ま、冗談はさておき、舞花なら、あそこじゃないかな」





 やってきたのは、正門近くのベンチ。


 神野さんはイヤホンをして音楽を聴きながらパンを食べていた。


「舞花部長、探しましたよ……!」


 疲れた顔をした吾妻が前に立つと、イヤホンを外して、首をかしげる。


「お、ユリボウとタクトじゃん。どーした?」

 

「小沼が舞花部長に話があるらしいんです。ていうか、なんで、この寒い中、外でご飯食べてるんですか……?」


「ここなら外だから足踏みしても誰にも迷惑かけねーし」


「足踏み……?」


 今度はおれが首をかしげると、


「タクトは分かれよ。足踏みは足踏みだろ。ドラムのキックの練習だよ」


 呆れ目でみられてしまう。


「みんな今受験生だろー? 教室でメシ食ってるとさ、ただでさえみんなピリピリしてんのに、アタシ、無意識に足を動かしながらメシ食うから、パタパタうるせーって言われちゃうんだよなー。別にアタシも迷惑かけたいわけじゃねーから、最近はここで食ってんの」


行儀ぎょうぎ悪くないですか……?」


「お上品でドラムが下手なやつと行儀悪くてドラムが上手いやつなら、アタシは絶対に後者こうしゃを選ぶね。クソみたいなこと言ってんじゃねーよ。……ほら、用があるなら、座れよ」


 神野さんはベンチの自分の横をペチペチ叩く。


 そこには、ちょうど一人分のスペースがあった。


「んじゃ、あたしは戻るから。もー、ご飯食べる時間がなくなっちゃうじゃん……」


 察したのか、吾妻が立ち去ろうとすると、神野さんが呼び止める。


「待てよ、ユリボウ。ほら、うちのカツサンド。好きだろー?」


「大好きです!」


 そして瞳を輝かせる吾妻。うちの・・・カツサンド?


「え、いいんですか? 舞花部長の分は?」


「いーのいーの、今日はちょっと多く持ってきちゃって」


「そうですか……! ありがとうございます!」


 嬉しそうにする吾妻は、そりゃ先輩に好かれるだろうなという人懐っこい笑顔を浮かべる。


「いやーそんなんでよければ。ユリボウ、わざわざタクトのためにありがとーな」


「いえいえ。……あれ、なんで舞花部長が正妻ポジション……?」


「せーさい……? 何言ってんだお前」


 二人が同時に眉間にしわを寄せて見つめあう。


「はあ……、この人は無自覚だから……。なんでもありません。じゃ、小沼をよろしくお願いします。小沼も、ちゃんとするんだよ?」


「あはは、お前、なんだよ、タクトの奥さんかよ」


「うっ……! もう、3年生ってなんでそんなにデリカシーがないんですか!」


 ふんっ、ときびすを返して、肩をいからせて教室の方へ戻っていこうとする吾妻を呼び止める。


「あ、吾妻!」


「何……?」


『これ以上あたしに恥をかかせる気……?』とばかりに嫌そうな顔をしながら振り返った。


「お昼休みにすまん、わざわざありがとう」


 おれがそう言うと、またふいっとそっぽを向く。


「……うっさい! そういうこと言うな! もう知らない! がんばれ! ばか!」

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