第14小節目:Danger

「で、話ってなんだ?」


 隣に座ったおれに向かって、首をかしげる神野じんのさん。


 サバサバした性格になんとなく隠れてしまっていたが、間近でみると、この人も整った顔をしてるんだなあと思わされる。


 吊り目気味の眼差しはキツすぎず、彼女のかっこよさを確固たるものにしていた。


神野じんのさん、実は、おれ……」


「ちょっと待て」


 自分から尋ねておきながら、なぜかおれの前にパーの手を突き出してきた。


「……告白じゃねーよな?」


「…………告白じゃないです」


「………………分かった」


 ……そんなに思い詰めた顔をしていたのか、おれは。


「えっと、それで、あの」


「ちょっと待て」


「はい……?」


 おれの出鼻、くじかれっぱなしなんだけど……。


「お前、昼飯は?」


「まだですけど……」


「じゃー、タクトもこれ食えよ」


 そう言って薄いビニール袋に入ったパンをおれに差し出す。吾妻あずまがさっき、これをもらって嬉しそうにしてたな。


「ありがとうございます……。こんなパン、売店に売ってましたっけ?」


「これ? うちのパンだよ」


「家にあったパンって意味ですか?」


「ちげーよ。アタシん、パン屋だから」


「え、そうなんですか!?」


 それで『うちのパン』か! なるほど!


「そーだよ? ジンジャーパンが名物。地元・西国分寺にしこくぶんじに根ざしたパン屋、『ベイカー神野じんの』。あ、ジンジャーパンはタクトの方には入ってないけど。それはコロッケパンとベーコンポテトパン」


「嬉しいです、ありがとうございます。ていうか、ジャンジャーって、え、生姜しょうがなんですか?」


「そー。超うめーよ。うか?」


 食べかけのジンジャーパンとやらをこちらに向けてくる。


 いや、歯形ついてるんだけど……。


「……大丈夫です」


「ふーん。ま、いーけど」


 そう言って、神野さんはもう一口食べてもぐもぐしている。ものすごく美味おいしそうな匂いはするな……。


「で、何だ? 告白以外なら……、ドラムのことなら聞くけど?」


「それなら大丈夫です。ドラムのことと、バンドのことです」


「ふーん。じゃ、言ってみ?」


 そう言ってかしげた首の角度とか表情が吾妻あずまに似てるな、となんとなく思う。


 おれは、一息ついてから、打ち明ける様に口にした。


「プリプロやってみて、おれたちって、上手くないんだなって実感しちゃったっていうか。ちょっと自信喪失しちゃってて」


 話の導入だが、早速かなり情けないことを言ってしまった。さて、叱責しっせきされるか、あきれられるか、どっちだろうとすこし身を硬くすると。


「自信かー。それは大変な問題だよな」


 思ったよりもずっと親身しんみな感じで神野さんは同調してくれて、「はい……!?」と裏返った声が出てしまった。


「なんだよその驚いた顔?」


「いや、なんか、もっと『はあ?』みたいな顔されると思ったんで……」


「しねーよそんなの。アタシはそんなに荒っぽく見えんのか」


「はい……」


「はい、じゃねーよ」


 ひたいに神野チョップを食らった。スナップが効いていて痛いが小気味こきみいい感触がした。さすが神ドラマー。


「でも、結局さ。自信なんか、練習するしかねーよ」


「練習?」


「そー、練習。自信って、大体、自分よりすごいやつを見て無くすんだよな。だったら、自分よりすごいやつがいなくなるようにしりゃいい」


「そんな途方とほうもない……」


 おれは、ビートルズがライバルだと実感したばかりなのに。本当に先が見えないことを言われて、逆にお先真っ暗だ。


 でも。


「じゃあ、ナンバーワンほど分かりやすいオンリーワンが存在するか?」


 そう言った神野さんは真剣な顔をしている。自分も、そこを本気で目指しているからこそ、この表情が出来るのだろう。


「……でも」


 それでも、おれには思ったことがある。


「ある程度までいったら、技術よりも好みの問題になってきませんか?」




「……うるせー口だな」




「むぐ……!?」


 神野さんに口をふさがれてしまった。


 神野さんがさっきまで食べていたパンの香ばしい匂いが立ちのぼる。


「……いや、美味しいですね、これ」


「そーだよ。世界一美味うまい。ナンバーワンでオンリーワンだ」


 ……もちろん、神野さんに唇を奪われたわけじゃなくて、パンを口に突っ込まれただけです。いや、だとしても市川さんにはちょっと言えないけど……。


「いいか、タクト。『エモ』を言い訳に、技術から逃げるな。技術は、お前の感情を忠実に表現するために必要なものだ」


「……!」


「『ある程度までいったら』って、自分で言っただろ、今。『ある程度』まで行ってから言えよ。アタシも、amaneは良いバンドだと思う。でも、上手くはねーよ」


「上手くない……」


 バンドの外からもはっきり言われて少したじろぐ。


「そりゃ、高校生レベルで満足するなら上手い方には入るだろーけど。でも、お前らはそこで満足しちゃダメだ。もったいねーよ、そんなの」


「神野さん……」


 別に落ち込んだおれをフォローしようとしたわけじゃないだろうが、神野さんの言葉は少しだけおれを勇気づけた。


「腕組んで考えてる暇あるなら、練習しろよ。どうしても考えないといけないことなら、手足を動かしながら考えろ」


 ……それは、そうだよな。


 神野さんのいうことはすごく真っ当で、ある意味すごく当たり前で、改めてやらないとと思わされる。


「あの……それで、お願いがあるんです」


「お願い?」


「……神野さん、おれに、ドラムを教えてくれませんか」


「なるほどなー……」


 神野さんは、ふぅー、と細い息を吐きながら空を見上げてから、


「お前さ、」


 まっすぐにおれの目を見つめる。


「……不良少年になる覚悟はあるか?」


「……はあ?」

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