宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。

第１曲目 第２１小節目：チェリーボーイズ

　吾妻は２回目の合奏を自分のスマホで録音すると、

「これ、家宝にします！」

　と言いながら部屋を出ていった。

　バイトがあるらしく、学校近くのファミマに戻ったみたいだ。

「なんで、吾妻はバイトしてんだろ？」

「なんか、親に金を借りて高いベース買ったんだって。それを返してるらしい」

「へえ......」

　やっぱり、吾妻は立派だ。

　そのあと、何回か通しの練習をして２時間が経ち、スタジオを出る時間になった。

　市川と沙子と一緒に部屋を出ると、

「あ、小沼じゃん！」

　と声をかけられた。

　え、おれ？

　そちらを見やると、安藤と健次とあと２人の男子と、なぜか英里奈さんがロビーに座っていた。

「は、沙子様と大天使も......！？　なるほど、３人はバンドメンバーだったのか......そちらのバンドはギターは募集していませんか？　俺、ギター弾けますよ！」

「おい、夏達（かたつ）。お前裏切んのかよ」

　安藤が突然のバンド加入を提案し、それを不機嫌そうに健次が制した。

　安藤、ギター弾けるんだ。意外。

「冗談だよ、間（はざま）〜。おれはチェリーボーイズのギターだよ〜」

　え、健次の苗字って間っていうんだ。間健次（はざまけんじ）っていうんだ......。

　親、ビートルズ好きかなんか？

　そして、チェリーボーイズって言うのか、こいつらのバンド。だせえな。

　あ、もしかして一年の文化祭でチェリー弾いてたのこいつら？

「今日は、チェリーボーイズ練習なの？」

　市川が安藤に尋ねる。

　市川がチェリーボーイズとか言ってるのを聞くと、なんか変なとこがくすぐったくなるな......。

「そうなんすよ！　このあと、ちょうどアマネルと沙子様と小沼が入ってたスタジオに入れ替えで入るっす！」

　安藤からほとばしる小物感。

　てか、アマネルって、大天使が付いてないとめっちゃ普通のあだ名だな。

「そうなんだ！　時間ギリギリになっちゃってごめんね！」

　市川が手を合わせて謝っている。

　こういうところが男女ともに人気がある理由なんだろうな。

　チェリーボーイズのメンバーがスタジオに入ろうと立ち上がる。

「英里奈は、なんで」

　沙子が質問している（多分）。

「えりなは、ちょーっと暇だったから、みんなが練習始まるまで一緒にいさせてもらっただけだよー」

「そか」

　いやいや、さこはす。

　そんな素っ気なくしてると『興味ないなら聞かないでくんない？』って吾妻ねえさんに怒られるよ？

　そこで、　

「波須、お前、７月のロックオン出んのか？」

　健次がガムを噛みながら、沙子に話しかける。

「ん、まあ、そうだけど」

「そっか。そしたら、今回は、おれらの演奏を、見るよな？」

　睨むように健次が言う。

　来て欲しいのか来て欲しくないのか、どっちなんだろう。

「まあ、出番が近ければ」

　沙子も素直に行ってやればいいじゃん......。

「出番は調整すればいい。部長に頼めば出来るだろ。なあ、新部長？」

「うん、順番はなんでもいいよー」

　市川が答える。

　部長！？

　え、市川、部長なの！？　めっちゃ初耳なんですけど！

「わかった、じゃあおれらのあとに波須のバンドにしてくれ。そしたら、どうやっても見ることになるだろ」

「おっけー」

　市川が二つ返事でOKしている。

　え、なんか、そのみんなの同意とかいらないの？　ちょっとロック部の仕組みが全体的に分からんぞ......。

「じゃ、そういうことで」

　健次は楽器を持たずに入っていく。ボーカルなんだ。

「精一杯やるから、観て欲しい」

　部屋に入りがけに呟いた一言は、もはやほとんど告白と言ってもいいほどに思いがこもっていて。

「んん......」

　沙子が困ったように頷いているのを、おれは横目で見ていた。

「間くん、よっぽど沙子さんに観に来て欲しいんだね。仲良しなんだね」

　弊バンドの天然天使がマイクの入ったカゴを持ってレジへと向かう。

　それに、沙子も付いていく。

　取り残されたおれは、ふう、と息をつく。

　ツッコミが追いつかなくて大変だったぜ。

　でも、お気づきだろうか。

　おれが部屋を出てから一言も発していないということに。

　すると、チェリーボーイズに取り残された英里奈さんが（すごい字面だな）、トトトっと近寄ってくる。

「ねぇ、コヌマくん、このあと時間あるー？」

「お、おれ？」

「そうだよぉ、他に誰がいるの？」

　いや、他に誰がいるのって、おれコヌマくんじゃないし。

「時間あれば、マック行こうよぉ」

「ま、まあ、別にいいけど......」

　どぎまぎしていると、

「小沼くん、お会計！」

　市川に呼ばれる。

　慌ててレジに行きお会計をして、４人で外に出た。

「天音ちゃん、さこっしゅ。ちょっとコヌマくん借りてくねぇ」

　英里奈さんはそう言っておれの腕を引っ張る。

「ちょっと、英里奈、あんたまた......！」

　後ろで沙子が呼び止めるが、英里奈さんはそれを無視している。

　まあ、なんか、話がしたいのだろうということはわかるので、おれも素直に付いていくことにした。