第11小節目:黒い扉

「「「へえ……」!」」


 月曜日の昼休み、学校のスタジオ。


 スタジオに置いてある大きなスピーカーにつないで、amaneの4人プラス平良たいらちゃんで、昨日までに録音したプリプロの音源を聴いていた。


「はあー、こんなにきらびやかになるもんなんだ」


 吾妻あずまが感心したようにうなる。


「……市川いちかわさんって、これがエレキギターくの初めてなんだっけ」


 0.数ミリまゆをひそめた沙子さこがぽしょりと口にした。


「うん! とはいってもギターであることは変わりないからそこまで難しいことはなかったけど。どちらかというと、エレキの方が弦が柔らかくて弾きやすかったかも?」


「いや、でもこれは……」


 指をわきわきさせながら、なんでもないことのように答える市川に、沙子がつばを飲み込むのがわかった。


「……拓人たくとがフレーズ指示したの」


「いや、市川が自分で」


 その質問(多分)の意図をみ取って、おれは肩をすくめてみせる。


「そう、なんだ……」


 きっと、沙子も昨日のおれと同じことを感じているのだろう。


 市川の言う通り、音を鳴らすだけだったら別にアコギにもエレキにも大した違いはないし、なんならエレキの方が弦を押さえやすい。


 問題は、エレキギターに適したフレーズを市川が編み出して弾きこなしていることだ。


 いや、『問題』なんかじゃなくて、良いことなんだけど。


「……うん、まあ、そっか。分かった。市川さんは、そう・・だった」


 沙子は自分に言い聞かせるようにそんな曖昧あいまいな言葉をつぶやいてから、


「とりあえず、アレンジ的にはこっちの重ねりしてるバージョンの方が良いと思う」


 と言う。


「うん、あたしもこっちの方が良いと思う。あたしの好きなバンドもだいたいこうやって重ね録りしてるみたいだし」


 吾妻もうなずいた。


「……よし。それじゃ、アレンジはこっちの方向で」


 そこでおれは、一息吸い込む。そして、


「……それで、だ」


 おれはみんなの顔を見ながら、




「……この音源、どう思う?」




 漠然と、かつ、単刀直入な質問を投げかけた。


「ああ……」「んー……」


 モゴモゴと言いよどむ市川と吾妻に続き、眉間みけんを揉んだ沙子が、





「……下手くそだね」





 と、おれの期待していた答えを、そして、言われたくなかった言葉を、見事に言い当ててくれた。


「だよなあ……」


 おれは「うはあー……」とため息をつきながら床に倒れ込む。


「小沼先輩、そこは自分がカルピスを……」


「カルピスって?」


「あ、いえ、なんでもないですっ……!」


 市川が首をかしげるのに平良ちゃんが肩を跳ねさせた。


 ……そういえば、平良ちゃんが床にカルピスこぼしてたな。


 そんなことは全然どうでもよくなるくらいの脱力感にさいなまれていた。




 音源にしてみて分かった。




 おれたちには、演奏技術が圧倒的に足りてない。





 自分で言うのもなんだが、ライブでは、おれたちはそれなりに良い演奏が出来ていると思う。


 客席と共有している空気に熱量と感情が大いに乗っかり、感動をもたらせたと思う。別にそれ自体は間違ったことではないとも、思う。


 でも、『録音された音源』というパッケージで聴くと、全然だめなんだということをまざまざと思い知らされる。


 どうして音源だとそうなのか、その理由も明確だった。


 つまるところ、比較対象がプロになるからだ。


 アマチュアであるおれたちは、ライブでプロのバンドと対バンすることはない。この間のButterの演奏は相当すごかったが、それでも感情等々込みで言えば、肩を並べられる程度ではあったはずだ。


 だが、音源の場合は状況が変わってくる。


 音源は、プロのそれと横並びで聴かれることになる。


 実際、おれも今日この音源を聴く前、最後に聴いたのはビートルズのアルバムだった。


 それはつまり、ビートルズすら、おれたちのライバルになってしまうということだ。


『ビートルズがライバルです』なんて、こんな状況じゃなかったら、不遜ふそんな思い上がりか、もしくは、エグいほどの向上心の表れだろう。言ってみたかったものだとすら思う。


 でも、今のこれは、ただの絶望的な現状認識だ。


 青春リベリオンを主催している大黒おおぐろさんも、あのライブの日に言っていた。


『たしかに、amaneの今日の演奏はすごく良かったよ。感情大爆発で、他のどのバンドもついて来られない。審査員も満場一致でamaneに入れたらしーよ?』

『……だけど、今日のために、もう二度と使えない大玉おおだまを仕込んだだろ?』


 おれたちは、毎回、不足している演奏技術を熱量と感情でカバーしている。


 悪く言ってしまうなら、誤魔化ごまかしているだけだったのだ。


「いつかは向き合わないといけないと思ってたけど、思った以上に早かったね……」


 吾妻がバツが悪そうな顔をする。


 吾妻の胸中を察すると、おれも苦しい。


 それはまるで、あの日の大きすぎる覚悟が、あくまでも、その場しのぎの解決策でしかなかった、と見せつけられているようなものだ。


「……レコーディングまでに、特訓が必要だな」


「そうだねえ……」


 それでも、おれたちに出来るのは、未来を良い方向に変えて、全てを『良かったこと』にすることしかない。そのためにあがくことしかない。


 じゃあ、どうやってあがくか、ということを考えたその矢先。





「……ゆりすけ」





 沙子が、真剣な顔で、吾妻の名前を呼んだ。

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