第0曲目

第0曲目 intro:『DEMO』

<作者コメント>

お久しぶりです。

突然ですが、第1曲目第1小節目の前日譚です。

後書きにお知らせがございますので、そちらまで是非読んでください。

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「出来た……!」


 パソコンの前、ヘッドフォンをはずしておれは大きく伸びをする。


 誰に聴かせるわけでもない曲が出来た。


 誰に聴かせるわけでもないどころか、誰かに聴かせるなんてこと、そもそも出来できもしない。


 それでも、やっぱり出来上がったばかりの音源を自分自身で聴く瞬間は格別だと思う。


 頭の中にあったものが具現化されてそこにあるということだけで、何物にもかえがたい達成感がある。


『良い曲じゃん』『あのメロディ最高だな』『リズムパターン、よく思いついたな』


 自分で自分をめいっぱいめてやる。少し満ち足りた気持ちになる。


 馬鹿みたいだと思う。だけど、仕方がないことだ。


 誰にも聴かせられない曲なんだから、こうしてやれるのは、自分しかいない。


「ふう……」


 やがて息を深く吐きながらベッドの上に身体を倒し、天井てんじょうを見上げる。


 ずっと大音量で音源を聴いていたからだろう、静かすぎる夜にわずかな耳鳴りが響く。


 別に、誰かに認められたり、褒められたりする必要はないんだ。


 だって、自分が聴く瞬間が一番楽しいんだったら、誰かに聴かせる必要なんかこれっぽっちもないじゃないか。


「……でも」


 不意に、そんな接続詞が口からこぼれた。


 でも。


 もしも。


 自分の作った曲をもう一度、誰かに聴かせることが出来たとして。


 そして、もしも、褒められたり、暖かい言葉をかけられたり。




 ……誰かに、おれの曲を、求めてもらえたりしたら。


 


 それは、どんな気分なんだろうか。



 嬉しい、だろうか。

 誇らしい、だろうか。

 恥ずかしい、だろうか。

 くすぐったい、だろうか。



 なんて。


 そんな考えても仕方のない、ありえないことをひとしきり考えて、一周回って、なんだかむなしい気持ちになる。


 おれの頭から出てきて、おれの鼓膜を響かせるだけの音楽に、一体何か意味があるんだろうか。



 ……おれは、どうしたいんだろうな。


 何者かになりたかった気がする。なろうとしていた気がする。


 そして、早々に諦めた、気がする。



『ねえ、自分にしか出来ないことなんて……』



 どこか遠くで、耳鳴りとは別に、一つ、誰かのうたが聴こえる。


 聴きすぎて、もう音源を再生する必要もないその曲を子守唄にして、目を閉じた。



* * *



 私は、深夜にもかかわらず、部屋で一人、ギターを抱えてじっとしている。


 毎日挑戦して、それでもちっとも上手くいかないことに、それでも諦めきれなくて今日も挑戦する。



「……よし」



 もしかしたら、今日こそは行けるかもしれない。


 本当は99%くらいの諦めにまぎれた1%の期待をどうにか奮い立たせて、自分自身も立ち上がって。


 唾を飲み込んで、ピックを持った右手をそっと振り下ろす。



 C。G。C。



 すぅっと息を吸って。




『ねえ、自分にしか出来ないことなんて……』





 ……はあ。


 音になるのは、やっぱり、これくらいが限界だ。


 あきれながら、目の前に置いた歌詞カードを眺めてみる。



 自分で作ったはずの歌詞なのに、誰がこんなこと言ったんだろうってくらい、実感が湧かない。


 ……こんなふうに思えていたことが、私には本当にあったのかな。


* * *


 苦しいことばかりで 痛いことばかりで

 今日を投げ出したくなるけど

 もしかしたら、もしかしたら

 60億人の人混みの たった一粒 何者にもなれない私に

 「いてくれてよかった」と言ってくれる人に

 いつか 出会えるかも知れない


* * *


 そんな人、本当にいるのかな。


 もし本当に60億分の1の確率で出会えるとしたら、そんな奇跡を私は起こすことが出来るのかな。




「でも」


 つい、口から言葉がこぼれた。

 

 もし、そんな人に出会えたら、それはどんな心地なんだろう?


 心はどう動いて、景色はどんな色になって、世界はどんな顔をするんだろう。




 そんな奇跡が起こって、もし、そんな人に出会えたら、その時は。




 ……私はその時の自分だけの気持ちを、自分のメロディに載せて、自分の声で伝えたいなあ。




* * *



 ベッドに入って目を閉じてみる。


 期待通りに期待は外れて、うちは今日もまだ眠りに落ちることはできない。



 もう、かれこれ一年以上、すぐに眠りにつくことが出来ない夜が続いている。



 理由は明白。簡単じゃないけど、明白。


 それは、いつも、考えてしまうことがあるから。


 嫉妬しっとの結果あの時に吐き捨てた言葉をうちはまだ後悔している。


 あの日に分岐ぶんきしてしまった未来と、うちとあいつの進む道。


 自分の意志で笑わなかったはずの頬は、いつの間にか笑えなくなっているだけの口角になっていた。


 これはうちが自分自身にした罰だ。



「でも」



 もう一度、あいつと音楽の話をして。


 もう一度、あいつと音を鳴らして。


 もう一度、花火をして、花火を見て。


 もう一度、声を出して笑いあえたら。



 それは、どんなに羨ましいことだろうか。


 想像上の自分に、黒髪時代の自分に、りもせずに心の底から嫉妬しっとして。



 本当に、そうなったらいいのに、と、そんなことを。



 眠りに落ちることの出来ない代わりに、うちはひたすら夢見ていた。




* * *



 固く、ロックのかかったスマホの画面を、あたしは今日も叩く。


 朝の電車で1編。


 帰りの電車で1編。


 そして、寝る前に1編。


 計3編の歌詞を毎日書くのがあたしの習慣。


 あの日、あの音楽に出会ってからの、あたしの習慣。




 誰にも見られない、誰にも届かない文字を、一文字、一文字、打ち込む。


 こんなことして、何になるんだろう。


 歌詞だなんて言って作ってるのに、曲なんかついたことない。


「でも」


 ……いつかもしかしたら、最高の曲を付けてくれる人が現れたりするんだろうか。


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   あたしの歌詞|(うた)

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『でも』

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Monday - 00:01 comments(0) - by 山津瑠衣



閉め切ったドア 中で体育座り

誰にも届かないうたを口ずさんでいる

誰も傷つけず 誰にも傷つけられないように


かけていない鍵 中で体育座り

少し腰を浮かしかけてやっぱりやめた

誰も傷つけず 誰にも傷つけられないように


きっと外気は皮膚にピリピリと貼り付いて

凍傷になって 火傷になって

きっとすごくいたい


「でも」出たい それが大切なものなら

「でも」出たくない それがいたいのなら

「でも」出てみたい 知らないことを知りたい

「でも」出られない 知らないことは怖い


偶数回の「でも」で元に戻してるばかり

言い訳にまみれながら本当に欲しがってるのは

せめてもう一回

5回目の『でも』を押し切る勇気だった


たったそれだけで もしかしたら

世界だって変えてしまえるかもしれないから


たったそれだけで 少なくとも

人生くらい変えてしまえるかもしれないから

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* * *


 翌朝。


 スマホのアラームに叱られて目を覚ました。


 何もかけずに寝てしまったはずのおれのお腹にタオルケットがかかっている。


 ゆずがかけてくれたんだろう。


 シャワーを浴びて、制服に着替えて、革靴は足にひっかけたまんま家の扉を開ける。


 今日も特段楽しくもなんともない学校へ向かう、重い足取り。


 Bluetoothのヘッドホンを耳にかけて、おれは昨日作った曲を探す。


 今日もきっと、なんの代わり映えもない平日が幕を開けるのだろう。


 おれはBluetoothがしっかりと接続されているかを確認してから、そっと親指をタップして再生する。






DEMOデモ




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<作者コメント>

ということで。


この度、『宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。<リマスター版>』(宅録ぼっちの第一曲目を抜粋して少しだけ手直しを加えたもの)が、

第26回スニーカー大賞にて、『優秀賞』をいただきました!


本当に光栄です。ありがとうございます。


ということで、「宅録ぼっち」、ついに夢の書籍化(予定)です。

これまで出会えなかった読者の皆様と出逢えると思うととても楽しみです。


この作品は、応援してくださったみなさまや楽しみにしていてくださったみなさまのおかげで書き続けられた、自分にとってもすごく大事な作品です。

これまで、本当に、本当にありがとうございます。


そして、ここは決してゴールではなく、新しいスタートラインだとも思っています。

一人でも多くの人に届けられるように、これまで以上に精一杯、魂込めて頑張ります。


そして届いた先で、誰かの人生を少しでも上向きに出来ますように。


これからも、お付き合いいただけたら何よりです。

どうか、よろしくお願いします。

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