第3曲目 第71小節目:Juice
「ただいまー」
「おかえりー」
玄関で靴を
おれはその声で
『そのまま帰って妹ちゃんに見られたら、『
あれ、本当かな……?
試してみたい気持ちも含めて、キッチンにそろそろと行ってみると、スウェット姿の我が妹が鍋の前に立っている。
その横に立って、鍋を覗き込む。
「クリームシチュー?」
「うん、なんか帰ってきてテレビでクリームシチューのCM見てたら、どうしても食べたくなっちゃって……」
「そうなんだ、素直だな……」
「な、なに……?」
ゆずがおれの視線を感じてこちらを見て、頬を引きつらせる。
「なあ、ゆず。なんかおれの顔見て気づくことあるか?」
「はあ……? なに、めんどくさい彼女……?」
「え? 前髪切ったとか?
と、小声でおれの顔の変化したところを探してくれている。メイクしてねえよ。
でも、大丈夫そうだ。まぶたの腫れには気づく様子もない。
「気づかないならいいんだ」
吾妻のアイスの
「え、本当に意味不明なんだけど……?」
「いいんだ。すまん、兄の顔を観察させて」
「うん、本当にやめてほしい……」
本気で嫌がってるじゃんおれの妹。兄貴って言われるよりショックだよ……。
ゆずの手元を見てみると、今ちょうどルーを溶かしたところらしい。
「まだもう少しかかるよな? 着替えてくるわ」
「ああ、うん。ごめんね遅くなっちゃって。CM見てから買い物行ったから……怒ってる?」
「いや、ご飯作ってもらってるのに
気を
「お腹もそんなに空いてないし」
と一言付け加えながら、自室に戻ろうとしたその時。
「……え、なんで?」
背中から、
恐る恐る振り返ると、光を失って瞳を真っ黒にしたヤンデレ状態になった、おれの妹だったはずの
……今さっきまで右手に握っていたのはおたまだったはずなのに、
「ネぇ、なンでおナカ
なになに!? 超怖いんだけど!?
「す、すみません! ちょっとだけ!」
「ナニを、喰べてキタの……?」
「あ、あ……アイスを少々……!」
おれが白状すると、
「たっくん、ご飯の前にアイス食べたの!? いつもゆずがご飯の前に食べると注意するくせに!」
と通常状態に戻って
いくら怒ってても、さっきのホラーなやつよりはずっといい……。
「帰り道に誘われて食べただけだよ! 仕方なかったんだ!」
「今、『仕方なかった』って言ったの!? 沙子ちゃんには『仕方ない』って言わせたくないって言ってたくせに!」
「え、なんで知ってんの!?」
「話を逸らさないで!」
つり目の我が妹の怖さに『話を逸らしたのはそっちなのでは?』という疑念も一瞬で吹き飛ぶ。
「で、でもほら、ほんとにちょっとなんだって! パピコ半分だけだから!」
「パピコをはんぶんこ!?」
まだ
「たっくんすごいじゃん!」
謎に賞賛の言葉をいただいた。
「すまん……え?」
見やると、突然ゆずが瞳を輝かせてこちらを見上げてくる。
「えっ! 誰とはんぶんこしたの? 沙子ちゃん?」
「いや、沙子じゃないけど……」
「……なんだ」
そしてまた残念そうな顔に戻る。
ああ、そっか、この人は今、幼馴染がマイブームなんだっけ……。
「あの幼馴染マンガ……『もう一度、恋した。』だっけ? に、パピコを半分こする描写でもあるのか?」
「うん、最新話だよ……。あれは
「そ、そうなんだ……」
なんか、『もう恋』のおかげでゆずの頭をクールダウンできたっぽい。(アイスだけに)
「あー、でも、そっか。たっくんリア充だもんね。アマネさんと食べてきたんだ?」
「あー、いや、それも違うんですけど……」
「ええ……」
ゆずの顔が
「違うんや、パピコは単に二個入りのアイスなんや」
……などと、超絶どうでもいい
ドアをそっと、だけどかちゃりと音が鳴るまで確実に閉めて、ふうー……と、深呼吸する。
震える手つきでスマホを操作して、そっと耳にあてた。
呼び出し音が鳴り、おれの心臓の鼓動を
1回、2回、3回……。
4回目の途中。
綺麗な声が聞こえた。
『え、小沼くん? 本人?』
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