第3曲目 第80小節目:サラウンド

 13:45。


 ライブハウスに入り、自分たちのリハーサルの出番を待っていた。


 今日の出演バンドは結局、おれたち含めて6バンドらしい。


 壁に貼られたタイムスケジュールを見てみると、4バンド目にButterバター、5バンド目にamane。他は当たり前だけど、知らないバンドだ。


 多分ほとんどが大学生か20代前半くらいのバンドらしい。


「まー、今日はレコーディング権争奪そうだつライブだからなー。社会人は金持ってるから、こういうのは興味ないんじゃねーかな」


 と神野じんのさんは言っていた。




 14:00。 


「はい」


 待っている間、沙子が思いついたように挙手をする。


「はい、さこはす」


「そもそも今日の審査ってどうやって決まるの」


「今さら!?」


 吾妻が頓狂とんきょうな声をあげた。


「うん、よく考えたら聞いたことなかった。審査員がいるの、それともお客さんが決めるの」


「そっか、あたし、説明してなかったか……。今日は審査員方式だよ。お客さんの投票にしちゃうと、たくさん呼べた人がそのまま勝っちゃうからだってさ。審査員が5人いて、その人たちの投票と相談で決まるみたい」


「ふーん、審査員って誰がやるの」


「さあ……?」


 これには吾妻も首をかしげた。


「誰かわかんない人に審査されるんだ、うちら……」


 はあ……と沙子が小さくため息をつくと、


「誰だっていいじゃん!」


 とニコニコ笑顔の天使が立ち上がり、胸を張って言う。



「一番の審査員は自分、だよ!」



「なにそれ、うざい……」


「うざいって言われた!?」


 市川と沙子がじゃれあいはじめて、なんとなくバンドの緊張がいい具合にほぐれていく。

 


 14:30。


 そのあとおれたちは、初めてのライブハウスで、初めての曲順表(PAや音響へのリクエストを書いておける紙)を書き、初めての出演者パス(布シールのやつ!)をもらい大いに喜んだあと、初めてのリハーサルをする。


 そのあと、他のバンドのリハーサルを見たり、意識的にButterバターのリハーサルを見ないように一回外に出たりして、時間を過ごした。




 17:00。


 ライブハウスが開場する。


 開場とほぼ同時に入って来たのは、器楽きがく部のメガネ男子。


「おー、ゆたか。来てくれたんだ」


 吾妻が首をかしげながら手を振る。


「うん、由莉ゆりちゃんが高校生活をかけるっていうくらいだから、ね」


「あはは、ごめんねー……」


「とんでもない。それに、神野部長も出るんなら見ないわけにはいかないよ。楽しみにしてるね」


「ありがと。……まああたしは演奏はしないけど、あたしのバンドであることに変わりはないから」


 大友おおともくんはにこやかにうなずくと、


「神野部長は?」


 と質問して、「あっち」と吾妻が示した方に行った。




 次に、小柄な後輩と小柄な後輩がやってきた。


菜摘なつみちゃん、ありがとう!」「つばめ、来てくれてありがと」


 市川と吾妻がそれぞれ応対する。


「こちらこそありがとうございます! 入り口に貼ってあるポスターにわたしの撮 《と》った写真があって感激しました! 写真部やっててよかったです……! あのポスターって頂けたりするものなんでしょうか?」


「うーん、今日が終わったらもう使わないだろうから、いいんじゃないかな? あとでライブハウスの人に聞いてみるね」


「はい! ありがとうございます!」


 ニコニコの笑顔がまぶしい。本当にいつもこの子は優等生って感じだな。……なんか幼馴染の話してた時だけ怖かったけど。


「あのあの、師匠ししょう! 小沼先輩! ライブハウスって、なんかなんか、怖いところですねっ! アウトローな匂いがしますっ! やっぱりロック部はロックなのですねっ!」


 平良たいらちゃんの方は謎に瞳を輝かせている。


 隅々すみずみまでこの雰囲気ふんいきを感じようとしているのか、スーハーと深呼吸をし始めた。多分綺麗きれいな空気じゃないから気をつけてね……?


「あはは……まあ、ロックっていう言葉の定義がそれでいいのかっていうのはあるけど。それで、今日は小佐田おさだちゃんとつばめの2人で来たの?」


 と吾妻が聞く。


「はい! あ、でもでも、あとでステラちゃんも来ますよっ! あとあとこのあと、小佐田さんのご友人のみなさんがいらっしゃると思います! ね、小佐田さん!」


「はい、あと3人来ます! 学園祭で見て感動したから行きたいとのことで。amaneの出番までにはくるんじゃないでしょうか……。あ、というか、1人は器楽部の現部長の凛子りんこちゃんなので、吾妻先輩の方がご存知ぞんじですよね?」


「へえ、凛子りんこも来てくれるんだ! 嬉しい」


 凛子さんというのが今の器楽部の部長らしい。


「じゃあ、ますます頑張んなきゃね? 小沼?」


「そうなあ……」


「……あんた、なに笑ってんの?」


 ついついにやけていたらしい。


「別に」


 本人は気づいていないみたいだけど、吾妻が今の器楽部の話を聞いても憂鬱ゆううつにならなくなっている。器楽部ロスから抜け出せてよかったなあ……。



『あたしの青春のこれからのすべては、amaneにかけるって決めたんだ』




 そこから抜け出せた理由がamaneなら誇らしいし、ありがたいなあ、と心から思う。


 おれがふむふむとうなずいていると、平良たいらちゃんの後ろからぬるっと2本の手があらわれた。


「にっひっひぃー、つばめっちぃー?」


「ひぃっ!?」


 すると、小動物後輩はびくっとして、その魔の手から逃れ《のが》るように、手近にいたおれの後ろに隠れる。


英里奈えりな


 横から沙子さこがその触手しょくしゅの本体の名前を呼んだ。触手って。まじで悪魔じみてきてるな。


 触手さんはにこっとその手を広げて笑ってみせた。


「やっほぉ! えりなが来たよぉ!」


「ううー……!」


 平良ちゃんは顔を赤くしながら、おれにぎゅっとしがみついている。


「つばめちゃん、どうしたの? あと、小沼くんから離れてもらってもいいかな?」


 市川がおれから平良ちゃんを引きがしながら平良ちゃんを心配した。(本当に心配してる?)


 平良ちゃんは平良ちゃんで別にすがりつければ誰でもいいらしく、名残惜しそうなそぶり一つ見せずスムーズにおれから離れて、市川の腕を両手でつかんで、ぴとっと身を寄せていた。


「え、英里奈先輩は、恐ろしい方なのです……! ちょっと油断すると毒牙どくがにかけられてしまいますっ……!」


「ああ……」


 この間、なんか色っぽい絡み方してたもんね。あれ、なんかトラウマになってるんだ……。


「つばめっち、なぁんでえりなを避けるのぉー?」


貞操テイソーが危ないからですっ!」


 ぎゅうっと市川を掴む手に力を込める平良ちゃんと、にじりよる英里奈さん。英里奈さんの意外な一面だなあ。


 などと呑気のんきに思っていたところ。






「おい、英里奈、その辺にしとけ」





 やけに爽やかでイケメンなボイスがエコーした。


「……健次けんじ


 その姿を確認した沙子が0.数ミリ目を見開いて、つぶやく。


「来てくれたんだ」


「まあな……」


「英里奈と一緒にきたの」


 そのさこっしゅの質問に英里奈さんが割り込んでくる。


「そぉだよぉー! 一緒に学校出てぇー、お昼食べてぇー、アイス食べてぇー、それから来たの! ねぇ、健次?」


「お、おう……!」


 はざまは照れ臭そうに頬をかくのを見て、


「そっかあ……!」


 沙子がはっきりと口角こうかくをもちあげて微笑む。その目尻には少し涙が溜まっているようにも見えた。




 ……いや、ちょっと待て、それまじか?




 ちょいちょい、とおれは英里奈さんを手招きする。


「なにぃー? たくとくん、秘密の相談かなぁー?」


 と寄って来た。声がでかいよ、秘密なのに。


 近づいてきた英里奈さんと一緒に、はざまたちに背を向けて、小声で聞いてみた。


「……いつのはざまとそんなに関係が修復したの?」


「だってさぁ、もぉどーせバレてるんだからぁ、別に遠慮してても仕方ない・・・・でしょー? もぉ、押して押して押しまくるしかないじゃん?」


「そうかもしれないけど……」


「だから、もぉ遠慮しないことにしたの!」


 英里奈さんはニコッと笑う。


「まじか……!」


 そう言いながら、ちらっとはざまの方を見ると、なんだかおれと英里奈さんの距離感をチラチラを面白くなさそうに見ているようだった。


「ほらぁ、効果バツグン、でしょぉ?」


 ニターっと小悪魔のように笑う英里奈さん。


「そうなあ……」


 おれは、はは、と声を出して笑う。




 もう曲をプレゼントする必要もないかもなあ、などと思ったその時、英里奈さんはおれの耳にそっと唇を寄せてきた。




「たくとくんのおかげだよぉ、だぁいすき」





「おい……」


 そ、そそそういう言葉を気軽に使うんじゃありませんよ……と、呆れ目で見ていると、


「じゃ、もっと押してくるねぇ?」


 と甘い匂いを漂わせて英里奈さんははざまの方に戻っていく。


 なんにせよ、あの悪魔みたいな笑顔が復活して本当に良かったなあ……。




「ねえねえ、小沼くん」


 しみじみしていたところ、くいくい、と裾を引っ張られる。



「こっちにももうちょっと気をつかってもらえるかな?」



 と口をとがらせる市川天音さんがいた。




 17:20。


 少しして、大人の女性が2人やってくる。


有賀ありがさん!」


 その姿を捉えた市川が嬉しそうにそちらにかけよる。


「天音さん! 今日は楽しみにしてるからね」


「はい!」


 にこにこと笑顔で答える市川と有賀さんはさながら姉妹しまいのようだった。


 有賀さんはそのまま、市川と一緒におれたちの方に近づいてきた。


「小沼くん、吾妻さん。……答えは出た?」


「「……はい」」


 おれと吾妻は揃ってうなずく。


「そっか、その顔が見れれば大丈夫そうだね。今日、楽しみにしてる」


「かーっこいいねー!」


 すると、がばっと肩を組んでくるのは大黒おおぐろ月子つきこさん。


師匠ししょう弟子でしのやりとりって感じだったじゃん、今の」


「うるさいな、月子は……。あんまり馴れ馴れしくしないでよ……」


 頬を赤くして拒絶をする有賀さん。


 なんかこれはこれであるな……。(なにが?)


 それにしても。


「前から気になっていたんですけど、今日は2人は休日じゃないんですか?」


 おれが聞いてみると、「かははー」と大黒さんは快活に笑う。


「いいのいいの、アタシは休日出勤。有賀は?」


「私は……仕事として来てないから普通に休日のつもりだけど」


「ふーん? 仕事にしちゃえよー。『審査員やる』って一言ひとこと言えば、今日休日出勤にできるのに」


「……どうせ振休ふりきゅう取れるわけじゃないんだから変わらないでしょう?」


「アタシはそういうことを言ってるわけじゃないんだけどねー」


 大黒さんは苦笑いしながら小さくぼそっとつぶやいてから、


「ま、なんにせよ今日はしっかり見極めちゃうからー! 頑張って!」


 と元気よくおれたちに言ってくる。


「はい!」


 市川が元気よく答えたその時、パッとフロアの照明が落ちる。



 17:30。



 1番目のバンドが舞台に上がる。


 まばらな拍手と共に、その演奏が始まった。


 2番目のバンドが終わり、3番目のバンドが終わり。





「よし、じゃ、いくかー」




 スティックを持った手首を回すストレッチをしながら、神野さんたちが舞台袖ぶたいそでへと向かう。

 



 19:30。


 いよいよ、Butterバターのライブが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る