第3曲目 第79小節目:学校

 8:00。


 土曜日、ライブ本番の日。


 新小金井しんこがねい駅の改札を出て下を向いて歩いていると、少しだけ進んだところで、後ろから強めに肩を叩かれる。


「おはよ、小沼おぬま


吾妻あずま……」


 半分放心状態のおれに、


「お、は、よ!」


 と、力強く繰り返した。


「おお、おはよう……!」


 どんな時でも、挨拶あいさつは大事だ。相手が吾妻ならなおさら。


「何? もう緊張してんの? そんなんでどうすんの、まじで。今日ちゃんとやんなかったら許さないからね?」


「……わかってるよ」


「だったらしゃきっとする!」


 もう一度バシン! と、次はかなり強めに肩を叩かれた。


 ……そうだな、ちゃんとしないと。


「すまん! しゃきっとします!」


 おれは首を振って、ほほをたたいて前を向く。


「あはは、いきなり声おっきいな。でもまあ、その意気いきだよ。本番ちゃんとやってくれればそれでいいっての。おーけー?」


 見てみると、吾妻は優しくは微笑ほほえんでいる。


「おう」


 きっと、このかつを入れるために、きっと吾妻はおれの登校と時間を合わせてくれたんだろう。


 何度も迷惑をかけてばかりもいられない。おれは、もう一度、背筋を伸ばす。




 8:20。


「おー、小沼くん、由莉ゆり。おはよう!」


拓人たくと、ゆりすけ。おはよ」


 学校につくと、ちょうど校舎の入り口あたりで、市川いちかわ沙子さこが何かを話していた。


「珍しい組み合わせだな……打ち合わせ?」


「ん、今日のライブの話。ていうか、うちら一応バンドメンバーなんだけど」


「そうだよ、珍しくはないよ?」


「たしかに……」


 言われてみればその通りすぎる。


「……どちらかというと小沼くんと由莉こそどうして一緒に来たのかな?」


 市川が突然目を赤く光らせる。


「「い、いや、たまたま……」」


 と2人であたふたしていると、


「なんちゃって! 冗談冗談!」


 と市川は笑う。


「はあー……! もう、心臓に悪い冗談やめてよ、天音あまね!」


 といいながら吾妻がおれの肩をツッコミっぽく叩いた。


いたっ。いや、なんでおれを叩くんだよ?」


「だ、だって、amane様のことは叩けなくない……?」


「「おい信者……」」


 おれと沙子があきれ目で見ると、


「うう……!」


 涙目で吾妻がたじろぐ。



「あはは、出来れば痛くないのがいいなあ」



 と、市川だけなんか話を聞いてるんだか聞いてないんだかよくわからないことを言っていた。




 12:10。


「市川」


「…………」


 ホームルームが終わり、窓際の席に座って目を閉じている弊バンドのボーカルに声をかけるが、返答がない。


 よく見てみると、イヤフォンをしているらしい。


 きっと今日演奏する曲の音源を聴いているのだろう。


 4人でライブハウスに向かう予定だけど、吾妻と沙子のクラスがまだホームルーム終わってないかもしれないしちょっと待っているかあ、と、前の席にそっと横向きに座った。


 窓際のこの席からは、教室が見渡せる。


 おれの席に、ふと、夏休みのあの日の吾妻と自分が見える気がした。


『ねえ、小沼。自分で、考えなきゃ。自分で、選ばなきゃ』


『『本当』は怖いよ。『本当』は痛いよ。本当は……このままがいいよ。だって『本当』は、剥き出しの自分自身なんだから。だけど、』


『憧れられるくらいの意思を、見せてよ。小沼拓人の『本当』を、見せてよ』


 おれはもう一度、その言葉を見つめ直してみる。


 すると。


「小沼くん?」


「はいっ!?」


 いきなり声をかけられて肩が跳ねる。


 横を見ると、市川がじっとこちらを見ていた。


「市川、音源聴いてたんじゃ……?」


「うん、聴いてた」


 市川はしっかりとうなずく。




「私たちが間違えるわけにはいかないから」




「市川、もしかして……」


 ちょうどその時。


「おーい、おふたりさん?」

 

「拓人、市川さん、行くよ」


 教室の外から吾妻と沙子が呼びかけてくる。



「よし、行くよ、小沼くん!」



 ニコッと笑って、市川は立ち上がる。


「いや、ていうかもともとおれが市川を呼びに来たんだけど」




 13:30。


 吉祥寺きちじょうじのマックでご飯を食べてからディスクユニオンのほど近く、ライブハウス『惑星系わくせいけい』へと到着した。


 地下へと下がる暗くあやしげな階段を歩きながら、市川がはしゃぐ。


「わー、ライブハウスでのライブって初めてだなあ」


「あれ、市川プロはプロ時代にやってないんだっけ?」


「市川プロって何かな……? うん、タワレコさんのインストアライブくらいで、私、その……すぐに引退しちゃったから」


「そっか……」


 なんとも言えない雰囲気の中、地下にたどり着くと、そこにはかべかと思うくらい頑強がんきょうな扉があった。


 なんか、こういうのヤンキーとかヤクザが出てくる系の怖い映画で見たことある……!


「ねえ由莉、ここで合ってるよね……?」


「そ、そうだね……」


「なんか暗くない」


「開けていいのか? これ……?」


 ごくり……と4人でつばを飲み込んでいると、




「何やってんだー?」



「「「「わあっ!」」」」


 後ろから不意にかけられた言葉に4人で飛び上がる。


 振り返ると、Butterバターの3人が立っていた。


「声でっか……」「こっちがびっくりしちゃう感じだよねー」


 江里口えりぐちさんとしゃくさんも苦笑いしている。



「もう、驚かさないでくださいよ、舞花まいか部長……!」


 吾妻が胸元をおさえながら、恨みがましく神野じんのさんをにらんだ。


「いや、そんなところで突っ立ってる方がこえーよ。入らねーのかー?」


「これ、開けていいんですか?」


「はー? 今日出るんだろー? ……あー、ライブハウス初めてか。じゃ、一緒に入ってやるよ。ユリボウはいつまでも可愛い後輩こーはいだな」


「舞花部長がいつまでもかっこいい先輩なだけなんですけど……」


 だからそのツンデレはツンデレになってないんだよなあ……。



 にしし、と笑いながら神野さんがドアを開けると、中からマイクチェックの音が聞こえてきた。

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