第58.1小節目:Sing

「……なあ、沙子さこ


「なに」


「いや、『なに』じゃなくて……」


 小沼おぬま家。おれの部屋にて。


 机に向かってパソコンをいじっていたのを中断して顔だけ振り返り、なぜかそこ・・に居る金髪の幼馴染に声をかける。


「うちに来るのは百歩譲って、まあいいよ。ゆずの家でもあるから、ゆずに会いにきてるっていうことかもしれないし。今日もゆずの漫画借りに来たわけだし。おれの部屋に入るのも、用事さえあれば、まあ」


 いや、本当はそれもきっと問題で、amane様が慈悲じひ御心みこころで見逃してくださってるに過ぎない。


 というか、これまで沙子がおれの部屋に入ったのはバンドに関係あることが理由だったので、なかば無理やり黙認してもらってるだけだ。


 おそらく許される回数は多く見積もっても3回というところだろう。天使の顔も3度までである。


 そして、今のこの状況は、明らかにバンドに関係もなく、見られたら言い訳も出来ない。ていうかおれも意味がわからない。


「でもさ……」


「何か問題あるの」


 沙子が0.数ミリ意地悪な口角こうかくを上げてこちらを見上げてくる。わかってるくせに……。


 おれはもう一度ため息をついてから、沙子に向き直る。




「……おれのベッドの上に寝転がるのはやめてくれない?」




 ……ベッドの上であおけで顔だけこちらを向けている沙子に。


「なんで」


「なんでもなにもねえだろ……。用が済んだなら帰れよ」


「ふーん、用済みになったら捨てるんだ。ベッドの上で制服で寝てるうちのことを」


 沙子は自分の着ているカーディガンのボタンを外しながら目を細める。何してんの?


「人聞きの悪いことを言うなよ……! 沙子の用であっておれの用じゃないし、ベッドの上には沙子が勝手に寝てるだけし、制服は沙子が勝手に着てるんだろうが……。ていうかなんで今日休日なのに制服着てんだよ」


「なんか、拓人、言い訳がましい。うちの名前をすっごい言ってるし」


「おれの社会的な生命がかかってるからね!」


 もう一度大きくため息をついた。そして、どうして休日に制服を着てるかという質問には答えてくれないらしい。


「おれなんも悪いことしてないのにお父さんに顔向け出来ないよ……。この間有賀さん紹介してもらってお世話になったばかりなのに……」


「今、うちのパパのこと、『お義父とうさん』って呼んだ?」


 沙子がくるんとうつ伏せになり、ベッドの上でひじをついてガバッとこちらに身を乗り出す。


「……沙子の・・・お父さんに」


 おれは『沙子の』を強調して答えた。ていうかなんでそんなとこで珍しく語尾上がってんだよ。


「ふーん……。でも、今日は漫画の他にもう一個用事があるの」


 沙子はおれのベッドにもう一度仰向けになり、両手を広げてわしゃわしゃしてみたり、端から端まで寝返りを打ったりしている。


「おれのベッドでごろごろすることが用事とか言わないよな?」


「言うよ」


「そんなわけねえだろうが……」


「そんなわけある」


「いやいや……」


 あきれて物も言えなくなってきたが、おれもあまり強く言えない部分がある。


 沙子は今、英里奈えりなさんとちょっと関係がぎこちなくなってしまっていて、眠りが浅いというようなことを言っていた。


 今朝、やっとおれの肩で熟睡とは言えないだろうが、一定の睡眠を取れたところなのだ。


 自分の家のベッドじゃなきゃ寝れるかも……みたいなことを考えている可能性もある。いや、とはいえ、おれのベッドなら寝れるってなってもさすがに貸せないけど。


 おれに出来るのは英里奈さんとの関係修復に協力することくらいだ。


「んー……」


 0.数ミリのしかめっつらを作ると、沙子はスマホを取り出して腕を伸ばしてかかげた。


 カシャッ。


「は? え、今、写真撮ったの?」


「うん。自撮り。LINEのアイコン画像にしようかな」


「本当にやめて!?」


 なんでそんな意味わかんないことすんの!? 普段自撮りとかしないくせに!


「よし、いったん帰る」


 そう言って沙子はぽんっと跳ね起きて、帰り支度を始める。


「なんだよいきなり……」


「なに、もっと寝転がってて欲しかったの」


「そんなわけはないんですけど……」


 沙子はブレザーのポケットに手を入れると、


「拓人。送って」


 と0.数ミリ首をかしげる。


「ああ……うん?」






 二人でのんびりと歩き、沙子の家に着くと。


「拓人、ちょっとここで待ってて」


「ん?」


 首をかしげているおれを放って、沙子は一度家に引っ込んでから、なんだか大きくて硬めのビニール袋に入った何かを持ってきた。


「はい、これ」


「なにこれ? あ、パーカー? やっと返してくれんの?」


「違う」


「違うのかよ」


 ツッコミながら袋の中を覗き込むと、そこには、白い布が折りたたんで入っていた。


「で、何これ?」


「ベッドカバー」


「はあ……なんで?」


 意味わからん。


「なんか、うちのママ……母親がうちの部屋のベッドのサイズをシングルだと思ってベッドカバー買ってくれたんだけど、うちのベッド、セミダブルなんだよね。他の部屋のベッドも全部セミダブル以上で。だから、拓人の家にもしシングルベッドがあればあげたいって母親が」


「ほーん……」


 要するに買い間違えたシーツをもらってくれないかってことか。まあ、捨てるのもなんだし、メルカリとかで売るのも面倒だろうし、気持ちはわかる。


「そんで、おれのベッドはシングルなのか? 自分で寝ててよく知らないんだけど……」


「うん、うちの計測によると。寝返り打てる数がうちのベッドより少なかった」


「はあ、さっきのは計測してたってこと?」


「そう。他にないでしょ。メジャー持ってくの忘れたし」


 他にないでしょと言われるとその通りな気になってくるけど、計測の仕方に明らかに問題があるだろ。


「まずおれに聞けよ、シングルかどうか……」


「知らなかったじゃん」


「知らなかったけど」


 なんか続々ぞくぞく言いくるめられてるけど、おれが間違ってんの? 


「まあ、でも……ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」


「うん。ちなみに、そのシーツ、間違いに気づかないまま何回かうちが寝転がってるから、うちの匂いがついてるよ」


「は?」


「……何に・・使うの」


 沙子が目を細めて妙になまめかしい表情を向けてくる。


「洗濯してからベッドに敷いて上に寝るのに使いますね!」


 そんでもってくのはゆずの部屋のベッドですね!


「あ、でも、さっき拓人のベッドにもうちの匂いつけたから、同じことだね」


「……今日はリビングのソファで寝ます」


 沙子のこういう冗談はどのくらいの温度で受け流していいのかもよくわからないのでやめて欲しいんだよなあ……。


「……まあ、とりあえずありがとう」


「うん、どういたしまして」


「そんで、パーカーは……?」


「……うち、今日、制服以外の全部の服が洗濯中なんだよね」


「そうですか……」


 まあ、返ってこないよね……。本当に制服着てるから謎に説得力あるし……。


「その内返してくれ。それじゃな、沙子」


「うん、帰り道、いろいろ気をつけてね、拓人」


 なんだか意味深な言い方に少しひっかかりを覚えながらも手を振ってから沙子に背を向けて10歩くらい歩くと、ポケットの中でスマホが震える。


 ベッドシーツを持っていない方の手で取り出してLINEグループ『amane』に届いているメッセージを見た瞬間、血の気が引いた。





波須沙子『@天音 報告。拓人のベッドはシングルです』



「んあ!?」


 とにかく弁解しようとおれがスマホを打とうともう一度画面を見ると、音速でリプライが返ってきていた。




天音『は?』




「おい、沙子……!」


 振り返ると、電気に照らされた沙子が、某悪魔によく似た、ニターっという意地悪な笑顔を浮かべてこちらを見ていた。


「帰り道、いろいろ気をつけてねぇ、拓人たくとくん」


「おい……!」


 ていうか。


 寝れないほど心配しなくても、確実に英里奈さんと沙子は相性抜群だよ……!

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