第12小節目:戻れない明日
「たくとくんは、本当にたくとくんだなぁ」
うなだれていた首をもたげると、
「
おれに目線を合わせるように、しゃがんで微笑む私服の英里奈さんがいた。
「大丈夫ぅー?」
「どうしてここに……?」
「さこっしゅがね、えりなに電話掛けてきたの。『
「
「えりなはヨ地下で
英里奈さんはへらへらと笑いながら、ベンチのおれの隣に座り直す。
「だとしても……どうしてここにいるって分かったんだ?」
「たくとくんに付けてるGPSを辿ったらずっとここに座ってたからだよぉ」
「え……!?」
何それ、知らないんだけど。
「あははぁ、うそに決まってるじゃんかぁ」
制服のポケットを漁るおれを見て笑う英里奈さん。
「……死ぬほど探したに決まってるでしょぉ?」
「……すまん」
英里奈さんが私服な理由に今更思い当たって、頭が上がらなくなる。
「スマホを見るクセ付けよぉね、たくとくん?」
「うす……」
まだこんな陽キャの基礎講座みたいなことを言われてるのか、おれは……。
今日までにあった色々なこと——青春リベリオンの審査に落ちたこと、
途中途中で喉がつっかえて止まってしまうのを、急かすわけでもなく、英里奈さんは聞いてくれた。
「そっかぁ……」
「って、すまん。おれが上手くいかないことなんて、英里奈さんにとってはどうでもいいことなのに……。こんなの、日常茶飯事っていうか、よくあることっていうか……」
「たくとくんは、くそだなぁ……」
「またいつもの……え、『くそ』って言った?」
英里奈さんはおれの耳を引っ張る。痛い。暴力反対。
ため息を吐き出した英里奈さんは、目の前の
「この公園で、えりながたくとくんに助けてって言ったことあったでしょぉ?」
ちょうど、そこらへん、スポットライトみたいな蛍光灯の下で、そのやりとりは行われた。記憶のホログラムをそこに投影する。
『だから、ね。無理はするよぉ? 『無理して笑った顔がすごくかっこいい』んでしょぉ?』
『じゃあ、英里奈さんは無理し続けるのか……?』
『ねぇ、たくとくん……? えりな、もう無理かもしれない……!』
「ああ……覚えてるけど。それが?」
「……その時でも、たくとくんは、そぉ言ったかなぁ?」
「どういうこと?」
おれが尋ねると、英里奈さんはそっと咳払いをする。
「こほん……『英里奈さん。失恋なんて、今日だけで何百人がしてると思ってんの? ダメ元で告白したのに、なんで振られて泣き喚くほど傷ついてんだよ。バカじゃないのか? 思い上がってたんじゃないか?』……って、そう言った?」
「いや、おれどんだけ嫌なやつだよ……」
英里奈さんのおれの真似、悪意あるな。ていうか、微妙に語彙力上がってるな?
「でも、自分自身にはそういうこと
「…………たしかに」
きっとそれは、おれの処世術なんだ。
「どうしても、思われちゃう気がするんだ。『あんな曲で本当に上手くいくと思ってたのかよ』『どう見ても釣り合ってなかっただろ、少し付き合えただけでも良かっただろ』って」
「誰に?」
「誰かが転んだ姿を笑うやつはたくさんいるだろ」
「えぇー、でもそれってぜーんぶモブキャラでしょ? そんなモブのこと、えりなはどぉでもいいもん」
「モブって……」
いきなり鋭いこと言うなし……。
「たくとくんが苦しいなら、苦しいでいいんだよ、周りから見たらかっこわるいかもとか、周りがどう思うかとか、どうでもいいんだよ」
英里奈さんは空を見上げて、ふうー……と息を吐く。
「そんな簡単なこと、どうして自分のことだと分からなくなっちゃうんだろぉねぇ……」
「そうなあ……」
それこそ、今まで何万回も言われていることだろうに。
「たくとくん、そこでずっと泣いてたら、足下がぬかるんで、どんどん立ち上がれなくなるよぉ?」
英里奈さんはおれの足下、黒いシミがついているあたりを指差す。
「そこまでではないだろ……」
泣いていたのは事実だが、この
「ううん、ぬかるんでるよ。だから、たくとくん」
英里奈さんは立ち上がり、おれの方を向く。
「お願い。無理してでも、立ち上がって」
「無理をする、か……」
「そぉ。無理しないといけない時はあるよぉ。えりなは今もそう思ってる。でも、」
英里奈さんはおれに手を差し伸べる。
「別に一人で無理しなくたっていいんだよぉ」
「……!」
たしかに、足下はぬかるんでいるらしい。
今英里奈さんの手を握って立ち上がることが、なんだか、怖い。
でも、そうだよな。
これ以上ここにいたって仕方ない。
おれが、その手を借りて立ち上がると、英里奈さんはおれの手を引っ張って、抱きついてくる。
「はぁい、立ち上がれたご褒美だよぉ?」
「おい……」
おれがやんわりと身体を離すと、からかい上手の英里奈さんは、にひひ、と意地悪な笑みを浮かべていた。
「もしも人肌恋しかったら、いつだってえりなが相手してあげるからさぁ?」
「いや、意味分かって言ってる……? 帰国子女だからって——」
「分かってるよ」
おれの呆れ笑いを、英里奈さんは真顔で受け止める。
「えりなは、たくとくんが苦しくなくなるなら、なんでもするに決まってるじゃん」
とす、と英里奈さんはおれの胸元を優しくパンチする。
「考えるのもへたっぴで、伝えるのもへたっぴで、本当に、たくとくんはたくとくん過ぎて……」
その声は、段々と震えはじめる。
「でも、えりなは、」
そして、英里奈さんは、
「たくとくんのおかげで、今、笑えてるんだよ?」
涙をぼろぼろと流しながら、そう言った。
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