第12小節目:戻れない明日


 ひがし小金井こがねい駅近くの公園。


「たくとくんは、本当にたくとくんだなぁ」


 うなだれていた首をもたげると、


英里奈えりなさん……!」


 おれに目線を合わせるように、しゃがんで微笑む私服の英里奈さんがいた。


「大丈夫ぅー?」


「どうしてここに……?」


「さこっしゅがね、えりなに電話掛けてきたの。『拓人たくとを助けて』って」


沙子さこが……」


「えりなはヨ地下で健次けんじとポテト食べてたんだけどさぁ、戻ってきちゃった。家に帰ってたら戻ってこなかったんだけどなぁ」


 英里奈さんはへらへらと笑いながら、ベンチのおれの隣に座り直す。


「だとしても……どうしてここにいるって分かったんだ?」


「たくとくんに付けてるGPSを辿ったらずっとここに座ってたからだよぉ」


「え……!?」


 何それ、知らないんだけど。


「あははぁ、うそに決まってるじゃんかぁ」


 制服のポケットを漁るおれを見て笑う英里奈さん。


「……死ぬほど探したに決まってるでしょぉ?」


「……すまん」


 英里奈さんが私服な理由に今更思い当たって、頭が上がらなくなる。


「スマホを見るクセ付けよぉね、たくとくん?」


「うす……」


 まだこんな陽キャの基礎講座みたいなことを言われてるのか、おれは……。

 



 今日までにあった色々なこと——青春リベリオンの審査に落ちたこと、IRIAイリアのカバー動画がものすごい再生回数を叩き出したこと、バンドを解散することになったこと、市川いちかわとも解散したことを、つらつらとおれは話す。


 途中途中で喉がつっかえて止まってしまうのを、急かすわけでもなく、英里奈さんは聞いてくれた。


「そっかぁ……」


「って、すまん。おれが上手くいかないことなんて、英里奈さんにとってはどうでもいいことなのに……。こんなの、日常茶飯事っていうか、よくあることっていうか……」


「たくとくんは、くそだなぁ……」


「またいつもの……え、『くそ』って言った?」


 英里奈さんはおれの耳を引っ張る。痛い。暴力反対。


 ため息を吐き出した英里奈さんは、目の前のくうを指差す。


「この公園で、えりながたくとくんに助けてって言ったことあったでしょぉ?」


 ちょうど、そこらへん、スポットライトみたいな蛍光灯の下で、そのやりとりは行われた。記憶のホログラムをそこに投影する。


『だから、ね。無理はするよぉ? 『無理して笑った顔がすごくかっこいい』んでしょぉ?』

『じゃあ、英里奈さんは無理し続けるのか……?』

『ねぇ、たくとくん……? えりな、もう無理かもしれない……!』


「ああ……覚えてるけど。それが?」


「……その時でも、たくとくんは、そぉ言ったかなぁ?」


「どういうこと?」


 おれが尋ねると、英里奈さんはそっと咳払いをする。


「こほん……『英里奈さん。失恋なんて、今日だけで何百人がしてると思ってんの? ダメ元で告白したのに、なんで振られて泣き喚くほど傷ついてんだよ。バカじゃないのか? 思い上がってたんじゃないか?』……って、そう言った?」


「いや、おれどんだけ嫌なやつだよ……」


 英里奈さんのおれの真似、悪意あるな。ていうか、微妙に語彙力上がってるな?


「でも、自分自身にはそういうことってるよぉ?」


「…………たしかに」


 きっとそれは、おれの処世術なんだ。


「どうしても、思われちゃう気がするんだ。『あんな曲で本当に上手くいくと思ってたのかよ』『どう見ても釣り合ってなかっただろ、少し付き合えただけでも良かっただろ』って」


「誰に?」


「誰かが転んだ姿を笑うやつはたくさんいるだろ」


「えぇー、でもそれってぜーんぶモブキャラでしょ? そんなモブのこと、えりなはどぉでもいいもん」


「モブって……」


 いきなり鋭いこと言うなし……。


「たくとくんが苦しいなら、苦しいでいいんだよ、周りから見たらかっこわるいかもとか、周りがどう思うかとか、どうでもいいんだよ」


 英里奈さんは空を見上げて、ふうー……と息を吐く。


「そんな簡単なこと、どうして自分のことだと分からなくなっちゃうんだろぉねぇ……」


「そうなあ……」


 それこそ、今まで何万回も言われていることだろうに。


「たくとくん、そこでずっと泣いてたら、足下がぬかるんで、どんどん立ち上がれなくなるよぉ?」


 英里奈さんはおれの足下、黒いシミがついているあたりを指差す。


「そこまでではないだろ……」


 泣いていたのは事実だが、このみずけのいい公園の足元がぬかるむほど水分が出たなら、大問題だ。


「ううん、ぬかるんでるよ。だから、たくとくん」


 英里奈さんは立ち上がり、おれの方を向く。



「お願い。無理してでも、立ち上がって」


「無理をする、か……」


「そぉ。無理しないといけない時はあるよぉ。えりなは今もそう思ってる。でも、」


 英里奈さんはおれに手を差し伸べる。


「別に一人で無理しなくたっていいんだよぉ」


「……!」


 たしかに、足下はぬかるんでいるらしい。


 今英里奈さんの手を握って立ち上がることが、なんだか、怖い。


 でも、そうだよな。


 これ以上ここにいたって仕方ない。


 おれが、その手を借りて立ち上がると、英里奈さんはおれの手を引っ張って、抱きついてくる。


「はぁい、立ち上がれたご褒美だよぉ?」


「おい……」


 傷心しょうしんの男にそういうことしないでほしいなぁ……。色んな意味でなぁ……。


 おれがやんわりと身体を離すと、からかい上手の英里奈さんは、にひひ、と意地悪な笑みを浮かべていた。


「もしも人肌恋しかったら、いつだってえりなが相手してあげるからさぁ?」


「いや、意味分かって言ってる……? 帰国子女だからって——」


「分かってるよ」


 おれの呆れ笑いを、英里奈さんは真顔で受け止める。


「えりなは、たくとくんが苦しくなくなるなら、なんでもするに決まってるじゃん」 


 とす、と英里奈さんはおれの胸元を優しくパンチする。


「考えるのもへたっぴで、伝えるのもへたっぴで、本当に、たくとくんはたくとくん過ぎて……」


 その声は、段々と震えはじめる。


「でも、えりなは、」


 そして、英里奈さんは、


「たくとくんのおかげで、今、笑えてるんだよ?」


 涙をぼろぼろと流しながら、そう言った。

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