第3曲目 第40小節目:No Way
「
「えっと、
怒ってるのか
「ふーん……小沼くんは遠回りしたかったの?」
「そうなあ……」
いや、遠回りしたいという気持ちはなくはないが、どちらかといえば
「……ふーん?」
その声のトーンが少し上がった気がしてその顔を見ようとすると、ふいっと顔をそらされる。
おれが
「なんで小沼くんなのにこんな道を知ってるの?」
「小沼くんなのにって……。
「
「痛い痛い……。いや、違うって! ……いや、違わないけど、その……付き合う前に、amaneの話をするために使っただけで」
「ふーん……」
痛みは少し引いたものの、さっきちょっと上向いたっぽい声のトーンは元どおりになってしまった。
はあ、今、切り出しづらいなあ……。切り出しづらいけど、もう言わないといけないなあ……。
ふう、と息を吐く。
「あの、それでですね、このまま行くとそろそろ
「それはそうでしょ、新小金井駅に向かってるんだから。それがどうかしたの?」
もう、遠回りの道が終わるT字路にさしかかっている。
ここを右に曲がると吾妻がバイトしているファミマの前に出て、いつもの新小金井駅までの道と合流することになる。
それにはちょっとだけ気がかりな点が……。
「いや、だから、みんないるから、その……」
「私、手を離すのはやだって言ったよ?」
そう、市川の左手はまだおれの右手をぎゅっと握ったままなのである。
校門を出たところで『手を離さないから』と
でも、もうタイムアップだ。突き当たってしまった。
「えーと……」
と、その時、
最近お世話になっているあっちの駅があるじゃないか。
「じゃあ、こっち行かないか?
東小金井駅はギリギリ徒歩圏内ではあるものの、学校から30分程度かかるため、武蔵野国際生からあまり
今おれと市川が立っている
「どうして
市川さんは
「ほら、その……そっちの方が遠回りだし」
「ふーん……? ここから
「15分くらい、かな……」
「
「2、3分「じゃあ、
市川は食い気味に言い放って、直角に左に曲がった。
「おう……」
せっかくの遠回りなのだが、市川はあまり何も話さない。
おれも何を言っていいのかいまいち分からず、「あの自動販売機、ペットボトルのお茶が2種類売ってるね」とか「この駐車場、車があるね」とか「ほら、あれ……信号だね」とかの
そんなダメダメな感じのまま、東小金井駅にたどり着き、改札前でおれは一つ提案をした。
「あのさ、市川」
「……」
無視。
「あの……
「はい、なんですか、
なんだその呼び方新しいな……。
「今日の……その、今日のデー……、出歩くの、
「……どうして?」
「いやー……」
東小金井駅から吉祥寺に向かうために上り電車に乗ると、結局、
一方、下り電車を使っている生徒は少ないので、ここからは下って行く方が安全だ。
この人はおそらく強情モードに入っているので、どうせ離す気などないのだろう。
であれば、『この状態』とうまく付き合っていく方法を提案したい。
「ほら……その方が、このままでも大丈夫だから……?」
「このままって?」
「……手」
おれが頬をかきながらそういうと、二つの手の結び目をしげしげと眺めながら、
「……ほう」
とつぶやく。ラスボスかよ。
「小沼くんは、その方がいいの?」
「そりゃそうだろ」
下り電車に乗ろうと提案してるのはおれなのだから、小沼くんはその方がいいに決まっている。
「ふーん?」
突然声を再び上向きにし、何かをこらえるように唇をもにょもにょしている市川さんだけど、おれは気が気ではない。
「ほら、早くいこうぜ」
そう言って、市川の手を引っ張ると、
「ほえっ? あ、うん……!」
となぜか驚いたような顔をして付いて来た。
改札を入ったあたりで、市川が質問してくる。
「……小沼くん、どこにそんな強引なところ隠してたの?」
「強引って?」
「自覚ないの……?」
周りに生徒がいないかキョロキョロしまくっているこの
……あ、腕を
「すまん、痛かったか……?」
ホームに上がるエスカレーターで一段上に乗った市川に問いかける。
左はギターを押さえる方の手だ。
その腕をおれが
「ど、どうしていきなり心配してくれるの……?」
「いや、心配するだろ……大事な腕なんだから……」
「ふーん……?」
また少し声が上向いた気がする。
と思ったら、市川は、小さく首を振り始めた。
「いや、違うよ、天音…… 。これはマッチポンプなんだよ、天音……。この人はみんなにこうなんだよ、天音……」
「はあ……?」
天音さんがなにやらぶつぶつと失礼そうな呪文を唱え始めるのでおれが市川の方を向き直ると、うつむいていたその顔を想像以上に近くから覗き込む形になり。
「はぅっ!?」
と、聞いたことない声とともに、ふいっと顔をそらされてしまう。
「心臓に悪い、暑い……!」
耳元を真っ赤にして自分を右手で
「もう、マフラー持って来ておけばよかったあ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます