第3曲目 第41小節目:僕らの音
「わー、はじめて降りるなあ」
「おれも……どこに何があるか全然わかんないわ」
「私も! 探検しよう」
電車の中でいつの間にか
とはいえ、探検するような街なのか? ここ。(失礼)
市川に手を引かれ、壁に貼ってある駅のデパートのショップリストを見る。
「小沼くん、楽器屋あるよ」
「おお!!」
おれの声に市川がびくっと身をすくませる。
「うわ、びっくりしたあ……」
「す、すまん……。でも、とりあえず早く行こうぜ、楽器屋」
おれがそういって市川を見ると、その首をこてりと傾けた。
「……引っ張ってってくれないの?」
「何いってんの?」
さておき、デパートの8階までエレベーターで上がり(高いところにありますね!)、楽器屋が視界に入ってくる。
楽器屋に近づくにつれ
「あっ」
つながれた犬のように、右手をくいっと引っ張られた。
「な、なに? 歩くの早かったか?」
「ううん、そうじゃなくて。ほら……」
「ん?」
市川の視線の先にいたのは。
「あれ、
3年生の元器楽部部長、ドラマーの
「どうしてここにいるんだろうね?」
「さあ……ここらへんに住んでるんじゃないの?」
神野さんの手元を見ると、楽器屋のロゴがプリントされたビニール袋からスティックの先が飛び出している。さしずめ、スティックを買った後にポスターに気づき、それを眺めていると言うところだろう。
おれが完璧すぎる名推理を心の中で
ん? とそちらを見ると、市川が両手でおれの腕をとっていた。
「ねえ、隠れよう?」
「なんで?」
「ほら、手、つないでるから……」
「さっきまでそんなの全然気にしてなかったじゃん……。ていうか離せばいいじゃん……」
「離すのはいやだって言った」
わがままかよ。
やれやれ系代表たるおれは仕方ないので言われた通りに隠れて見ていると(というか少し離れたところに移動しただけだけど)、神野さんはちょっと経って我に返ったようになり、エスカレーターの方へと立ち去っていった。
「行ったね……」
「おう……」
ブレザーのポケットに手を突っ込んで歩く後ろ姿がなんだかかっこいい。姿勢がいいのかな、やっぱりドラム上手くなるには姿勢が肝心なのか……?
盗めるものがあるかもしれない、とその背中が見えなくなるまで見ていると、
「……私……
とむすっとした声がする。
「は? なんで?」
「なんか……『憧れてる』感じがする」
なぜかむくれている天音さま。
「いや、憧れては……えっと、そういうんじゃないだろ」
「……そこで『憧れてなんかないよ』ってスッと言えないところが小沼くんだよね」
「なんだそれ……」
「しらなーい。舞花先輩、なんのポスター見てたのかな?」
そう言いながら市川は楽器屋に近づく。
その青いポスターを見てみると、そこに書いてあったのは。
『
「なんだこれ?」
「んーと……高校生限定のバンドコンテスト、だって」
「ほーん……?」
おれもポスターを読んでみる。
『
「第3回か……何回かやってるんだね? 知らなかったなあ。舞花先輩、これに出たいのかな?」
「かもしれないな。とはいえ、3月の本選だけならともかく、予選もあるから厳しいんじゃないか? ギターの先輩とベースの先輩、受験があるんだろ?」
「そうなあ……」
「うん……」
なんか最近市川が特に冗談っぽくもなく『そうなあ……』とか言い始めていて、心がくすぐったくなるな……。
「あ。『主催:バディ・ミュージック』って書いてある」
「ああ、有賀さんのところのレーベルか」
今日のお昼に有賀さんが電話をかけてくれた時に『バディ・ミュージックの有賀です』って名乗ってた。
……と思っていると、市川が
「なに……?」
「いや……、どうしてシンガーソングライターamaneのレーベルって言わないんだろうって思っただけ。いやってわけじゃけど」
たしかに……。有賀さんの会話があまりにも直近だったからつい……。
「ま、いいや。入ろう?」
「おう……」
そう言いながら、楽器屋に入っていく。
ていうか……。
楽器屋に手を繋いで入ってくるカップルとか見るたびにおれはいつも「はあ?」と思ってたし今も自分を見てそう思うんだけど、市川さんはあまり気にならないタイプなんでしょうか……。
おれはそんなことが気になるタイプなので周りをキョロキョロと見回してみるが、結構広い店内に、客はおれたちくらいしかいなさそうだ。店員さんも視界には入っていない。
少し、胸をなでおろす。よかった、おれらを見て殺意を覚える人はいないのだ……。
「ねえねえ、エレキギターってそれぞれ、何が違うの?」
おれの心の
「そうなあ……」
おれはどう説明したものかと考える。
なにを基準に選べばいいのかってことだと思うんだけど。
……よし。
「まずは種類からだな。そこらへんにあるのがFender系のストラトキャスター、テレキャスター。ロック系で使うスタンダードなギターだな。そっちにあるのはムスタングとかジャズマスター。まあ他にも色々だ。そんで、バラードとかならGibson系のレスポール、セミアコ系。レスポールはあれだよ、けいおんの
あいづちも打たずに静かになった横に目を向けると、市川が含み笑いでニヤニヤしていた。
「語るねえ、小沼くん?」
うわあ、小沼くん、やっちゃったね? amaneについて語り倒す
「……なんでもない。音と見た目が違うんだよ。以上」
「ええー、教えてよー」
「だってほら、真面目に聞いてないし」
「いや、すっごく聞いてたよ!?」
「じゃあ今おれなんて言った?」
自分でもたいがいめんどくさいな、と思いながらもなんとなく照れ隠しに引っ込みがつかなくなって、そんな意地悪な質問をしてしまう。
「んーとね……」
市川が上を見上げて思い出すような顔をするので、「ほら、やっぱり言えないだろ」と話を切り上げようとしたが。
「『まずは種類からだな。そこらへんにあるのがFender系のストラトキャスター、テレキャスター。ロック系で使うスタンダードなギターだな。そっちにあるのはムスタングとかジャズマスター。まあ他にも色々だ。そんで、」「もういいです」
どうなってんのこの人の記憶力……。
「おれも自分が言ったことなんかそんなに覚えてないんだけど……」
「えー? でもこのあいだ
「キモいって……。それは、夏合宿の時に市川が言ったことをそのまま披露した時に直接言われたよ。他の時にはそんなことはない」
「ふーん、私なんだ……?」
ふむふむ、と頷いてから。
「私、語ってる小沼くん、好きだよ?」
「うるさいなあ……もういいだろ……ていうかなんでいきなりそんなにエレキギターに興味持ってんの?」
なんとなく話題をそらそうと、質問を返す。
「んーとね、私が作った新曲、もしかしたらそっちの方が向くのかなって。ロックっぽい曲はエレキギターでしょ? ほら、ジャカジャーンって!」
右手をお腹のあたりでストロークしながら『ジャカジャーン』とか言ってる市川天音氏。
おれはそれを見て「可愛い」とかそんなことじゃなく、ただただ思う。
「本当にあのamane様なのか……?」
完全に
「あれ、あきれてる?」
おれがじとーっと見ていると、市川はニコニコと笑って見上げてくる。
「なんで嬉しそうなんですか……?」
「あのね、私ね」
微笑みをたたえて、市川は話し始める。
「ずっと、女の子である前にミュージシャンでいたつもりだったし、それは『誓い』みたいなものでもあるから、今もそうであるつもりなんだけど」
「うん……?」
誓い? と首をかしげると、えへへ、と市川は照れくさそうに笑う。
「でも、小沼くんの前だと、いつの間にか本当にただの女の子になっちゃうんだ」
ちょっとだけ困ったように、だけど幸せそうに。
「そう、か……」
不意を突かれて、おれは口を開けたまま固まってしまう。
「嫌われるのが怖い。離れてっちゃうのが怖い。怖がって、どんどん自分の嫌なところを見つけて、悲しくなる。バカだなあって思う。悔しいなあとも思う」
一つずつ、大事そうに言葉をつぶやく。
「それでね。それと同じだけ、毎日みたいに一緒に帰ってるのに、毎日改めて嬉しいし、毎日改めて……好きだなあ、って思う。それで『また明日も一緒にいたいな』とかって、どんどんわがままになってっちゃうんだよ。……ほんと、自分でも自分がめんどくさい」
笑った天音は、ぎゅっとおれの手を強く握って問いかけた。
「ねえ、小沼くん?」
「ん……?」
「もし、明日の朝起きて、私のことを好きじゃないって思ったら、その時は……ううん、違うな」
小さく首を振り、そして、えへへ、ともう一度笑った。
「明日の朝も、私を改めて好きだって思ってくれたらいいなあ」
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