Interlude:『はじめ』

<作者コメント>

今回、おかげさまで200話目なので(あとがきとカクヨムさんに載せてない短編も含みますが)記念のssです!

いつも読んでいただき本当にありがとうございます!

明日からまた本編です。


=====


「あれ、つばめちゃん?」


「ほんとだ」


 吉祥寺きちじょうじの貸しスタジオで練習を終えたamane4人がエレベーターから降りると、少し離れたところに小動物後輩を発見した。


 アコースティックギターを背負ってがしら公園の方に歩いていく。


「そういえば最近平良たいらちゃん、吾妻あずまのところにあんまり来てない気がするな。気のせい?」


「いや、気のせいじゃない。なんか、『ロック部の部長、そしてリア充になるために鍛錬たんれんをするのですっ!』とか言って色々してるみたいなんだよね。ギターの練習とか歌の練習とか、クラスの人に話しかけるとか」


「へえ……」


 ていうかロック部の部長の先にリア充があるのか……。それはまた別のものな気はするけど。


「ゆりすけ、寂しいの」


「へっ!? なんであたしが……! そ、そりゃあ、たまには進捗を報告しなさいとは思うけど……」


 0.数ミリ意地悪な顔をしたさこはすの質問に吾妻は赤面する。


「でも、どうしてギター背負ってあっちに行くんだろうね? スタジオならこっちだし、楽器屋さんは駅の向こうだけど……」


「さあ、知らない」


 吾妻は平良ちゃんの去っていった方をしかめっつらで見ている。


「ゆりすけ、気になるの」


「気にならないし!」


 また吾妻がふいっと視線をそらす。


「なあ吾妻、そのツンデレ意味あるか? 別にいいじゃん、弟子でしのことが好きな師匠」


「ツンデレじゃにゃい!」


 噛んでるし……。


「んじゃ、尾行びこうしてみよう」


「「「ええ?」」」


 沙子がいつになく楽しそうに提案をして、残り3人が声をあげた。





 戸惑いながらも平良ちゃんをつけてきて着いたのは、やはり井の頭公園。


 平良ちゃんは池を背に立ち止まり、なぜか深呼吸を始めた。


 おれたちはといえば近くの公衆トイレの影に隠れてその様子を見ている。


「ねえ、やっぱり尾行なんてよくないんじゃないかな?」


「いや、市川さんも来てるじゃん」


「私は家がこっちの方向なんですう」


「じゃあそのまま帰りなよ。バイバーイ」


「……」


 あーあ、黙っちゃったよ。あんまり市川をいじめないであげてね、沙子ちゃん……。


「あの子、もしかして……!」


 演奏組がじゃれている横で吾妻が小さく声をあげる。


 視線を平良ちゃんに戻すと、平良ちゃんは背負っていたギターケースをおろし、中からアコースティックギターを取り出して、首にかけているところだった。


「路上ライブやるつもりか……!?」


「わあ、YUIさんが福岡でやってたやつだ……」


 まじかよ……。


 ロック部部長になるためのギターの練習、歌の練習。そして、リア充になるためのコミュニケーション力、度胸どきょうのトレーニングの合わせ技的なことなのだろうが、それにしても、からやぶり方が尋常じんじょうじゃない。


 その勇気はロック部部長にもリア充師匠にも多分ないだろ……!


 平良ちゃんは小さくお辞儀じぎをして、ギターをつまき始める。


 しかし……。


「歌い始めないね……?」


「いや、あそこでギター構えて弾いてるだけで相当な勇気だろ……。第一声なんか想像しただけで意識が遠のきそうだ……。声かけるか?」


「だめ。今、自分で頑張ってるところだから」


 吾妻が下唇を噛んでおれを制す。きっと自分が出て行きたいくらいなんだろう。お弟子さん大好きだな……。


 その平良ちゃんの姿は、なんとなく7月のロックオンで『わたしのうた』を歌おうとしてなかなか歌い出せなかった時の市川と重なって見えた。


 何度か口を開くがそっと閉じる、を繰り返している。


 公園を歩く人たちはストリートミュージシャンには慣れているのだろう。ちらっとだけ視線を送り、なんでもないように通り過ぎていった。


 ややあって平良ちゃんは一度演奏をとめて、しゃがんでギターケースを開き、その中から小さなノートを取り出す。


「なんだろう……?」


「あれは『つばめノート』。つばめが思いついたこととか、好きな言葉とかを書いてるの」


「よく知ってるな……ていうかつばめノートって……」


「あたしが名付けた」


「師匠が命名してるのかよ……」


 平良ちゃんはとある1ページをじっと読んでそっとうなずいてから、つばめノートをしまう。


「がんばれ……!」


 そして、平良ちゃんはもう一度すぅ……っと大きく息を吸って。




『一人ぼっちで書いた たった一文字 たった一単語 そこから物語が始まったんだ』




 ギターを弾くと同時、歌い始めた。




「つばめ……!」


「吾妻、これって……」


「うん。あたしの……山津やまづ瑠衣るいの歌詞。学園祭の頃に書いた歌詞かな」


「なるほど……」



 吾妻は平良ちゃんから目を離さずに、そっと頷く。



「すげえな、平良ちゃん……」



 平良ちゃんは、しっかりと声を出して、歌い続けていた。



* * *

『はじめ』


一人ぼっちで書いた たった一文字 たった一単語

そこから物語が始まったんだ


まだ誰にも届かない まだどこにも響かない

だけど生まれ落ちた たった一つのうた


一人目はあなただった たった一言 たった一文で

どこまでもいけそうな気がした


まだそんなに強くない まだそんなに響かない

だけど進み始めた たった一つのうた


一滴ずつ大切に注ぎ足して

いつの間にか泳げるくらい

たまには溺れてしまいそうになって

そんな時には『わたしのうた』を口ずさむ


一人一人増えていった たった一言 たった一文で

世界を変えられそうな気がした


まだ見たい景色がある まだ知りたいことがある

だから進み続ける たった一つのうた


一歩一歩進んだその先に

いつの日にか最後がくるだろう

クライマックスのあとのエンドロール

だけど流れる名前は

もう一人じゃない



一人ぼっちで書いた 一文字 一単語

そこから物語が始まったんだ


* * *


 歌い終わり、市川が小さく小さく拍手をする。吾妻は感極まった様子で「うう……」とか言ってる。


 すると、おれたちから離れたところで拍手が聞こえる。


 いつの間にか遠巻きに見ていたらしい1組の男女が手を叩いていた。


「は、あ、ありがとうございますっ!」


 平良ちゃんはお辞儀じぎをする。


 2人は目を見合わせて、2人それぞれの財布から100円ずつを出して、ノートを出す時に開きっぱなしになっていたギターケースに優しく投げ入れる。


 びっくりした平良ちゃんはまた、お辞儀を何回もして、手を振って立ち去っていく2人を見送った。


「おひねりまでもらって……!」


「おひねりって?」


「おひねりは、路上ライブとかで見た人にもらうお金のことだな」


「へえー……すごいなあ……」


 平良ちゃんはしゃがんでギターケースに入った硬貨を取り出す。そして目の高さまで持ち上げ、子供がビー玉を覗き込んでいるみたいに、不思議そうにしげしげと見ていた。


 やがて、その200円をぎゅっと握り込むと立ち上がり、もう一度深々とお辞儀をしてから、ギターをしまう。


 たった一曲だったが、路上ライブは終わったらしい。


「行こっか」


 誰ともなくそんなことを言って、おれたちもその場所を後にした。








 翌日。


 昼休み、練習をしている4人のもとに、


「あのー……」


 おずおずと平良ちゃんが入って来た。


「ああ、平良さん、昨日は良か」「沙子」


「なに」


 なに、じゃないよ。今言おうとしただろ……。


「んー? どうしたのつばめ?」


 なんでもないように、吾妻が首をかしげる。


「あのあの、師匠と天音部長に、こちらを……!」


 すると、平良ちゃんは手のひらに乗る程度の小さな袋をそれぞれに渡した。


「これは……」「ピック?」


 二人が開封すると、吾妻の手元にはベース用のピック、市川の手元にはギター用のピックが。


「ですです! あのあの、なんと説明すればいいのでしょうか……。こちら、その……あ、初任給しょにんきゅうっ! んん、初任給……? とにかくとにかく、そんなようなものなのです!」


「「……!」」


 吾妻と市川は目を見合わせる。


 なるほどな……。


 吉祥寺駅前の楽器屋で、ピックは1枚100円だ。


 昨日の『おひねり』であのあと買いに行った、ということなのだろう。


「その、詳細は言えないのですが、お二人のおかげで……お二人がここに連れて来てくださったおかげでいただけたお金なので、お二人に何か贈りたいと思いまして……!」


「つばめ……!」「つばめちゃん……!」


 吾妻と市川の瞳がうるむ。


 そして、二人して平良ちゃんのことをぎゅっと抱きしめた。


「あれあれ……お二人ともどうされたのですか!? そんなたいそうなものではないのです、ただのピックなのですが……!?」


「ううん、ただのピックなんかじゃないよ」「ありがとう。ずっと大事にするね」


「は、はいです……!」


 二人の憧れに包まれて、平良ちゃんはとびきり幸せそうに笑う。




「こちらこそ、いつも、本当にありがとうございます!」

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