第3曲目 第42小節目:メトロ
「
「ま、まあ……」
翌日の放課後、市川がにやにやしながら声をかけてくる。
今日は、
「6時に待ち合わせなんだっけ? ここから1時間ちょっとでついちゃうから結構早く着くかもね?」
「そうなあ……」
結構近いんだな……。なにやら昨日とんでもなく長い乗り換え案内を聞いた気がするが、あとで改めて調べて行こう。
「
「お、おう、
その時、教室に吾妻が迎えに来てくれた。
「なに、小沼もう緊張してんの? そんなんじゃ身がもたないよ?」
「いや、そうなんだけど……」
「小沼くん、
「緊張するだろ……。大人だぞ大人」
「そうだねー?」
市川はからかうように笑っている。
「なんかご機嫌だね、天音。なんかいいことあった?」
「ううん、なんとなく小沼くんが面白いだけ。えへへ」
なんとなくで小沼くんを面白がらないでね、
「あはは……、そんじゃ、なんとなく面白い人をちょっと借りていくね。あれ、ていうか
吾妻が苦笑いしながら問いかけると、市川は首を横に振った。
「ううん、学校のスタジオ予約空いてたから、練習して帰るよ。曲が出来そうなんだ」
「まじか。あたしたちも、うかうかしてる場合じゃないね……。こっちも必ず何か掴んでくるから」
「うん、よろしくお願いします!」
そう言って市川は敬礼みたいなポーズを取って見せる。
「ふぅぅぅぅぅ、よし、じゃあいくか……!」
「いやまだ学校なのに気合い入れすぎだから……」
席を立ち、
「あ、小沼くん」
「ん?」
「えーと……頑張ってね! あと、由莉、小沼くんをよろしくね?」
市川がニコッと笑いかけた。
「お、おう……」
「わかりました。ぐへ」
おれたちは答える。……「ぐへ」って言った?
再度駅に向かって歩きだすと、
「
と、吾妻が「ぐへ」の種明かしををしてくれた。
「ぐうかわって……」
おれは呆れながらも再度スマホを取り出し、乗り換え案内に目的地を打ち込む。
「……市川の言う通り、一時間くらいで着くな」
「そんなに近いんだ。まだ3時50分だけど大丈夫?」
「早く着いたら着いたで連絡くれって言ってたから、それでいいんじゃないかな」
「おっけー、あたし東京のことよくわかんないから任せた」
「おう、任せろ! ……東京のことよくわかんないの?」
……約
「「やっと……ついた……」」
ぜえはあ……と息を切らしている。
1時間近く前に着く予定だったのに、結局夕方6時まであと10分という時間での到着になってしまった……。
吾妻がじとっとこちらをにらんでくる。
「小沼を信じてついてったあたしがバカだった……!」
「う……!」
なんせ、おれはここまでの間に大失態をおかしていたのだ。
「『
「すみません!!」
深く頭を下げる。
おれは昨日、しっかり赤坂と聞いていたはずなのに、なぜだろうか、どこかで記憶をねじまげてしまい、ごくごくナチュラルに浅草に向かう電車に乗っていた。
疑問を持たないまま浅草駅に着いて、「
「ていうか吾妻も途中で気づいてくれよ……。赤坂に向かってないことなんか途中でわかるだろ」
「わかんないよ! あたし、東京23区の
「なんで東京のことわかんないんだよ! 吾妻、都民だろ?」
「
「ああ……それで……」
じゃあ、仕方ないか……とおれが引き下がる。
「ちょっと、納得されるのもシャクなんですけど。都外から来てるくせに青梅をばかにした?」
「青梅はバカにしてないけど、吾妻が想像以上に方向音痴なのはびびった」
吾妻は吾妻で、浅草から赤坂までの道中、道を間違えまくっていた。
乗り換えで歩いていると、いつの間にかおれの隣から気配が消えていて、周りを見回すと全然違うところにいるので何度も呼びに走ることになった。
「あんなの、表示にしたがって歩けばいいだけだろ?」
「乗り換えに何分歩くんだって話でしょ!? なんで乗り換えに改札出るわけ? 迷ってると思うじゃん!」
「迷ってると思った時になんで立ち止まらないで
「それはまじでごめん!!」
特にひどかったのが
『おい、吾妻、こっち!』
などとおれに指摘されるのにだんだんイライラしてきたらしく、
『もうやだ! 連れてって!』
などと子供じみたことを言って、それ以降はおれのカバンをがしっと
「さすが、魔王城……。一筋縄ではつけないってわけね……!」
額をぬぐいながら、吾妻がなんか言い始める。
「魔王城ってなんだよ……?」
「いや、それがさ、あたし昨日考えてたら、今日のこれって結構アツい展開だなってことに気づいたんだよ」
「……どういうこと」
おれの中のさこはすが目覚めた。ジト目で見てやるが、そんなこと気にせず吾妻は説明を始める。
「有賀さんって、つまりamaneの育ての親みたいなものでしょ? その親が今はラスボスになってるの。いわばダース・ベイダーだよね。だけど、amaneを思う気持ち、親心みたいなものはその心に宿していて、あたしたちはそれを手がかりにするために魔王城に乗り込むってことなわけ。なんていうの、この、関係性の
「わかんない」
「わかんないの!? 小沼は分かってくれると思ってたのに……」
期待に答えられなくて大変残念だが、これに関してはおれが多数派な気がする……。
「まあいいや……。ほらほら、小沼、有賀さんに電話してください」
吾妻はスマホに表示された時刻を見せながら、おれに指示をする。
「そうなあ……」
深呼吸をしてから、昨日かかって来た番号に電話をかけた。
2、3コールで、電話の向こうから女性の声が聞こえる。
『はい、有賀です』
「は、はいっ! 小沼ですっ! 一階につきました!」
『はは、まだ緊張してる。そこらへんに入館証発券機見える? そこまで行ってもらってもいい?』
「は、
「小沼、
めちゃくちゃ広い1階ロビーを見回すと、意外と近くの壁沿いにそれらしき機械があった。おれはその前まで移動する。
タッチパネル式になっている画面に『いらっしゃいませ。発券番号を入力してください』と表示されている。
『これからいう番号をそこに打ち込んでください』
「は、はい」
言われた通りに打ち込むと、『ようこそ、小沼様』と表示されて、機械から2枚の入館証が出て来た。み、
『その入館証でゲートを通れるので、13階まで上がって来てください。エレベーターホールで待ってます。……大丈夫かな?』
「は、はい……!」
電話をそっと切る。
「吾妻、入館証を手に入れたぞ……!」
「すごい、『さいごのかぎ』だ……!」
若干テンションがおかしくなっている2人だった。
「じゃあ、いくか……!」
「あ、ちょっと待って小沼」
「ん?」
歩みだしたおれを吾妻が呼び止める。
「ネクタイ、だらしなくなってる」
そう言いながらおれのネクタイを直しはじめた。
「お、おい……!」
「ん?」
とは言うものの、吾妻があまりにも真顔なので、変に意識するのも……と思ってしまう。
「い、や、なんでも……」
すると、吾妻はそのままの姿勢でそっと顔をあげておれをジト目で見てくる。
「……今度は顔がだらしなくなってる」
「なってねえだろ……」
「あはは、うける。……なってないね。んじゃ、行こうか」
吾妻は「これでよし」と言いながら、ぽん、とおれの胸の上あたりをたたいた。
「おう……」
「いざ、魔王城へ……!」
「それ、有賀さんの前で絶対言うなよ?」
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