第2曲目 第32小節目:スウィートセブンティーン
amaneのスタジオに戻り、片付けをしている
「小沼くん、あのさー……」「ねえ、拓人……」
「はい、すみません」
分かってる、分かってるから、その先はどうか……。
「「
「やめてー!!」
そうなんです、わざわざ今回のために買い揃えて、わざわざ
「「はあ……」」
息のあった2人のため息に平謝りをしながらも、おれは片付けに追われる。ほんとすみません!
約一時間後、積み込みも終えて、バスに乗り込むことになる。
「それじゃあ、テキトーに好きな席に座ってくださーい」
行き同様に、残酷な天使がそんなことをのたまった。窓辺からやがて飛び立っちゃうぞ?(危険なのでだめです)
その号令をきっかけに、ロック部員がわらわらと乗車していく。
おれが行き同様に立ち尽くしていると、
「はぁーい、たくとくん、さっさと乗るよぉー」
優しい悪魔がおれに声をかけて横を通り過ぎていく。
「お、おう」
英里奈さんは帰りも一緒に乗ってくれるらしい、ありがてえ……。
と、乗り込もうとしたところ。
バスの入り口でグイっと、腕を掴まれた。
「えっと……?」
振り返ると、市川が上目づかいでおれを見ている。
「な、なんでしょうか市川さん……?」
「小沼くん、帰りも英里奈ちゃんと2人で座るの……?」
「え、あ、はあ、まあ……」
突然のストレートな質問にしどろもどろで返すと、
「んーそっか……」
と、もじもじしている。えっと、市川、それは、もしかして……?
「たくとくぅーん、まだぁー?」
英里奈さんがバスの中から戻ってきて声をかけてくる。
「ん、あれぇー? 天音ちゃん、どしたのー?」
が、状況を見たとたんに何を察したのかニヤーッと小悪魔の表情になって、市川に質問を投げかける。
「えっと、あのね……」
言いよどむ市川の耳元にそっと唇を寄せて、
「どうしたいか、自分の口でちゃんと言わないと、何もしてあげないよ?」
「英里奈ちゃん……!」
市川は目を見開く。
なに、なんの話……? そしてなんかドキドキするプレイ……ま、間違えた、ドキドキするやりとりなんだけどこれはいかに……?
英里奈さんの言葉に、市川がそっとうなずいた。
おれはゴクリとつばを飲む。英里奈さんは相変わらずニヤリと微笑んでいる。
すぅーっと息を吸って。
「あのね、私……」
市川は言った。
「人生で一回でいいから、後ろの5人席に座ってみたいんだ……!」
「「ほえぇ……?」」
ということで。
「わー! やっぱり5人座るとちょっと狭いねー!」
おれと英里奈さんと市川は、
「なんで市川さんはそんなにテンション上がってるの」
沙子が市川越しにおれに質問してくる。
「さあ……」
おれが聞きたいわそんなん……。
「天音ちゃん、たまにほんとぉーに意味わかんなくて怖いんだけどぉ……」
英里奈さんが窓際で
「アマネ、オレは分かるわ! 後ろの席ってテンション上がるよな!」
「おおー!
いえーい! と沙子を挟んで2人がハイタッチをする。
「ふぅーんだ……」
その様子をジロリと横目で見た英里奈さんが再度ため息をつく。
「まあまあ、英里奈さん……」
ということで、並び順は、英里奈さん、小沼、市川、沙子、
「市川さん、この席の何がそんなにいいの」
沙子が質問している。
「あのね、
はい?
「うち、見たことあるけど」
「えりなも、さこっしゅがカラオケで歌ってた時に見たことあるよぉー」
「ていうか波須は、あの曲結構歌うよな」
「まあ」
へえ、さこっしゅはZONE歌うんだ。「あの花」見てたの?
「そのMVの中でね、引っ越しちゃう男の子が、この一番後ろの席に座って、振り返って椅子に膝立ちになって、手を振るシーンがすっごく泣けるんだー……」
えへへーと市川は照れたように笑う。
「だから……?」
「うん! だから、一番後ろの席、ずっと座ってみたくて! ここで手を振ってみたかったの! でも市バスでそんなことするわけにもいかないし、合宿のバスでやるしかない! って思ってて!」
鼻息荒く市川が力説してくれる。
「「そ、そうなんだぁ……」」
おれと英里奈さんが首を傾げていると、バスがエンジンをふかして、ゆっくりと出発した。
「じゃあ、手を振りなよ、ほら」
沙子がそう言って、窓を指差した。
ちなみに、
「うん!!」
市川はニコッと笑って、本当に座席に膝立ちになり、バスの後ろの窓から手を振った。
……合宿場に向けて。
「合宿場さん、ありがとう! 10年後の8月また出会えることを信じてるよ!」
「「「いや、10年後来ないでしょ」」」
3人のツッコミがかぶる。
「アマネはロマンチストだな!」
さては市川、寝てなくてテンションがおかしくなってるな……?
バスは進み、心地よい揺らぎに合わせて、市川は
おれも、睡眠時間は市川とそんなに変わらないはずなんだが、なんとなく眠れず、目を開けたままにしていた。
左側を見渡すと、市川の先で、沙子も
おれのすぐ右側に座る英里奈さんも眠っているみたいだった。
行きとは違い、肩にはよりかかってきてないけど、顔をこちらに向けている関係で、顔が近くてドキッとするので、小沼、ちょっと緊張してます……。ていうか多分これが眠れない理由です。
あまり顔が近づき過ぎないように背筋を伸ばして座っていると。
英里奈さんが身をよじりながら、
「んんー、たくとくぅん……」
……お、おれの名前を寝言で呼んでいる!?!?
「それ以上は、だめだよぉ……」
それ以上!? どれ以上がダメなの!? ……どこまでは許したの!?
「……えへへ、もぉ、仕方ないなぁ……」
……え、それ以上を許したの!?
あまりの衝撃に目を見開いて英里奈さんの方を向いた瞬間。
「なぁーんちゃってね?」
大魔王がパチッと目を開けてニターッと笑う。
「お、おお、起きてたんですか……!?」
おれは大きな声を出さないように気をつけながら抗議する。
なんてことをしやがる英里奈さん! 男の夢をもてあそびやがって!
「本当にからかいがいがあるなぁー、たくとくんは」
くそー、高木さん……間違えた、英里奈さんめ……!
「寝言で男の子の名前を呼ぶなんて、現実にあるはずなくなーい?」
「そういうもんすか……」
「そういうもんすよぉ」
そう言って、英里奈さんは嬉しそうに笑う。
「……最初にマックでお話したときも、こんなやりとりしたなぁー」
「そうだっけ?」
おれが聞くと英里奈さんは優しい表情になる。
「そうだよぉー、コヌマくん?」
「その呼び方懐かしいな……」
「懐かしいって言っても、まだ2ヶ月くらいしか経ってないけどねぇー。こうして毎日みたいに会ってると、2ヶ月前って、もう懐かしく感じるよねぇー」
「そうなあ……」
確かに、そうだ。
全部で3年しかない高校生活で、2ヶ月って何気に18分の1も占めているもんなあ……。
と、なんとなく感慨にふけっていると。
おれの左側から、
「んん、小沼くん……」
そんなくぐもった声が聞こえた。
「え、え、英里奈さん、こ、これも、本当は起きてるんですかね……?」
「いやぁー、これはきっと、本当に寝言だねぇー……。ある意味本当に小悪魔なのはこれを天然でやっちゃう天音ちゃんなんじゃないかなぁー……」
「それ以上は、ダメだよー……」
……だから、どれ以上だよ!?
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