第2曲目 第33小節目:ホーム
やがて、バスは学校に到着する。
僕は結局、緊張で
「ふわー、よく寝たー……。あれ? 小沼くん、目の下にクマ出来てるよ?」
市川が首をかしげておれの顔を覗き込む。
いや、
「がおー、だね?」
市川が『がおー』のポーズ付きでご機嫌に笑う。……いやいや、可愛すぎない?
バスから降り立って、積み下ろし作業も終え、合宿参加者全員が正門前に集まる。
「ロック部のみなさん集まりましたかー?」
「「「はぁーい」」」
「器楽部全員いますか?」
「「「はい!!」」」
この3日間ですっかりお決まりになった感じのこのやりとりも、これで最後になるのだろう。
「いよいよ、最後の
市川が感慨深そうに何度かうなずく。
「それじゃ、私からかな。3日間、本当にありがとうございました! はい、それじゃあ、由莉!」
照れ臭そうに、吾妻にバトンタッチした。
「え、それだけ!? えっと、まずは、3日間、お疲れ様でした! あたしも、今年の合宿は本当に色々なことを感じました。青春の匂い、青春の光、青春の味、そして青春の音……青春に詰まったこの合宿に来られて、本当に良かったです! ありがとうございました! 器楽部、引退まで、死ぬ気で練習して、今日の演奏を超える演奏をロック部のみなさんに聴いてもらいましょう!」
「「「はい!!」」」
青春がゲシュタルト崩壊してるな……。あの人、
「ほら、天音、恒例のやつを言っちゃって!」
吾妻が嬉しそうに市川に振り返した。こ、恒例のやつ……?
「あ、うん……。それでは……言いますね」
コホン、と咳払いをして、大きく息を吸った。
「家に帰るまでが、合宿です! みなさん、気をつけて帰ってください!」
あ、そんなやつね!?
「ねぇ、みんなみんなぁー、ヨ地下に寄っていかない!?」
出た、ヨ地下! ちなみにヨ地下とは、武蔵境のイトーヨーカドーの地下のフードコートのことです。おれも最近知りました。
「あー、あたし、行きたいけどパス……さすがに疲れちゃった……」
吾妻があくびをする。そりゃそうだよな、お疲れ、青春部部長。
「ごめん、うちも。明日の準備しなきゃだし……」
沙子も0.数ミリ眉を下げて、申し訳なさそうに言う。明日の準備?
「オレは行けるぞ、なんか食ってこうぜ」
ちなみに安藤含むチェリーボーイズの面々は早々に
っていうか……んん?
吾妻NG、沙子NG、
おれと市川が行かなければ、英里奈さんと
「あ、私も行ける……」「市川はおれと用事あるな!」
市川が挙手しようとする手を掴んで下ろさせて、おれはなんとか
「……へ?」
市川がこちらを振り向いた。
とりあえず話を合わせてくれ、と、おれは市川にウィンクをする。こういう時にウィンクをするなんて、おれってばなんてリア充さん……。平良ちゃんに怒られちゃうぜ。
「えっと、なんで、いきなりすごくまばたきしてるのかな……?」
市川がほけーっと不思議そうな顔をしている。まったく、この天才美少女はウィンクもしらんのか……?
おれがあきれていると、吾妻ねえさんがおれの耳元で、
「小沼、両目つぶっちゃってるから……!」
と小声で教えてくれた。
……ウィンクなんか初めてだから! 仕方ないから!
「と、とにかく、ほら、おれら、用事あるだろ!?」
おれがそう言うと、市川は、何かに気づいたようにハッとした顔をして、
「う、うん、そうだね……」
と、頬を微妙に赤らめつつ、うなずく。え、何その反応?
「ふ、ふぅーん? そしたら、仕方ないねぇ、健次、2人でもいいかなぁ……?」
「おう、全然良いぜ!」
英里奈さんがこちらをちらっと見て、ウィンクをして、口パクする。
『ありがとぉ、たくとくん』
ほお、これが本場のウィンクですか……。
おれが
「ちょっと、小沼くん……手……痛いから、もう少し、優しく……」
「はえ!?」
気づくと挙手を止めたまま掴みっぱなしだった手をパッと離す。いや、優しくとかじゃないよね!?
ということで、とりあえず武蔵境の駅まで6人で連れ立って歩いて行き、英里奈さんと
「みんなぁ、また、夏休み明けねぇー!」
ニッコニコで英里奈さんが手を振る。うん、いつもの小悪魔スマイルじゃなくて、そういう風に笑ってるといいと思うな。
「じゃな、合宿楽しかったわ!」
手をピシッと上にあげる。
「それじゃね。合宿ほんとありがとう。小沼、曲できたら、すぐに送ってね」
「……おう」
1人、逆方面の電車に乗る吾妻が
「……なに?」
おれがほけーっとしてると、
「……グータッチ」
と恥ずかしそうに言う。
グータッチ……?
ああ! ベイマックスでヒロとベイマックスがやってるやつな!(バラララララ〜)
いや、グータッチとか、
「ちょっと、はやくして……!」
「お、おう……」
なぜか
すると吾妻は満足そうにニヒッと笑う。
「じゃ、天音もさこはすも、元気でね!」
そう言って、反対側のホームへと駆けていった。
「なんで私たちにはしてくれないんだろう? グータッチ」
「……知らない」
女子2人がなにやら
ほら、それは多分、あれだよ。……なんでだ?
ホームで電車を待ち、とりあえず新宿方面行きの中央線に乗り込む。
「で、2人は、なんの用事があんの」
電車が少し進んでから、沙子が不機嫌そうに訊いてくる。
「いや、あの、ちょっとな……」
おれは言葉を
沙子には特に、英里奈さんが
「ふーん……」
「ご、ごめんね……」
沙子にじろーっと見られて、市川はまた照れくさそうにうつむいている。なに謝ってるの?
『間もなく、吉祥寺、吉祥寺です』
車内アナウンスが流れた。
「降りなきゃ、ね? 小沼くん?」
「あ、ああ、そうな! じゃあな、沙子。おつかれ」
「うん、まあ、明日があるからいいけど……」
沙子は、明日なにがあるんだろう。よほど楽しみなことがあるんだね。
首をかしげながらおれは市川と電車を降りる。
「拓人、あとで連絡する」
閉まりかけたドアの向こうで、沙子が手を振りながらそう言った。
「お、おう」
……何で?
「……それで、何か、私に、話、あるのかな?」
降り立った吉祥寺駅のホームで、頬を赤らめて、市川が
「あーいや、あの、」
どうしよう、何も考えてない。ごまかせない……。
「うん……?」
市川が何かを期待するような目でこちらを見上げる。何ですかその目は!
「ちょっと、
冷や汗をかきながら、とりあえず思いついたことをベラベラと話す。……いや、今思いついたにしては完成度高くない? 構成作家さんついてるんじゃないの?
すると、市川の表情がぐんぐん不機嫌そうになっていく。
「ふーん……? そういうこと……?」
「あ、はい……」
あれ、市川さん、おこだよぉ……。
「小沼くん。私は嘘が嫌いです。あんなに楽しかった合宿の最後がこれは悲しいなあ……」
市川は斜め下を見ながら、ぽしょぽしょとつぶやく。
「いや、もう、合宿は終わって……」
「家に帰るまでが合宿って、私、言ったよね?」
と思ったら、顔をあげて、ずいっとこちらに近づけてくる。
「そ、そうなあ……」
おれがタジタジになっていると。
「だから、嘘を本当にして?」
「……どういうこと?」
おれが訊くと、市川は不敵に笑って言うのだ。
「小沼くん、これから、
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