第2曲目 第31小節目:Change

「これで、発表会は終わりです! おつかれさまでした! 各部、片付けをして、帰りのバスへの積み込み作業を始めてください!」


 器楽部の演奏が終わり、壇上だんじょうでは片付けが始まる。


 舞台の脇では、吾妻が星影さんの頭をなでて、星影さんがくすぐったそうに笑っている。


 いいなあ、あの先輩後輩な感じ……。


 ……あと、横でうらやましそうに見ている大友くん、やめときなよ。まあ大友くんの功績も大きかったから褒めてもらいたい気持ちはわかるけど……。


「小沼くん、沙子さん! 由莉、すっごくカッコよかったね!」


 市川が目をキラキラと輝かせてこちらに話しかけてくる。


「ほんと、そうなあ……」


「うち、もっともっと練習しなくちゃ……」


 沙子が床をにらんでつぶやく。


 まあ、たしかに、あんなの見せられたら、そうなりますよね……。


 なんらか励ましの言葉をかけようとしたところ、後ろから腕がくいくいっと引っ張られた。


「小沼先輩、ちょっと、ついてきていただいてもいいですか?」


 振り返ると、平良ちゃんが真剣な顔をしてこっちを見上げていた。


「え、どこに?」


「吾妻先輩のところです」


 そういった平良ちゃんは、顔をひょこっと横にずらしてて、


「天音部長、波須先輩、ちょっと小沼先輩をお借りします!」


 と、弊バンドメンバーに許可を取ろうとする。


「え? あ、はい、ちゃんと返してください……?」


 市川さん、いきなり許可の申請をされて意味不明なのはわかるけど、その返事はどうだろう?


「どんだけ練習したらええねん……」


 アイデンティティがクライシスした結果ついにエセ関西弁で独り言を言い始めた沙子はもはやこっちの話なんか聞いてもいない。あなた一夏町ひとなつちょう生まれ一夏町ひとなつちょう育ちでしょうが。


「ではでは、行きましょう、先輩」


 平良ちゃんはあくまで真剣な顔のまま、おれの腕を引っ張って、歩みを進める。


「ちょ、ちょっと」


 足をもつれさせながら、おれは平良ちゃんの後ろをついていった。


「あれ、どうしたの? 小沼……と、つばめさん?」


 吾妻が近くに寄ってきたおれたちを見るやいなや、


「本当に本当にすみませんっ!!」


 平良ちゃんは、深々と頭を下げた。


「つ、つばめ……?」


「えっと、何が……?」


 星影さんと吾妻が揃って首をかしげる。


「自分、ステラちゃんが合奏に参加できないことを、先輩の嫉妬しっとのせいだって、勝手に解釈して、失礼な態度をとってしまって……」


「ああ……そんなの別にいいよ」


 吾妻が合点がてんがいったという風に、優しく笑う。


「まあ、才能への嫉妬が、あたしに無いとは言えないし、」


 吾妻は、頬をかきながら、


「むしろ、その凡才らしい嫉妬がなかったら、あたし、こんなに練習してないもん」


 


 眉をハの字にして笑った。


 その笑顔はまさに、もともとおれが吾妻らしい、と思っていた笑顔で。


 その笑顔が出来上がるまでに過ごした『本当のこと』を思うと、おれは改めて吾妻のことをすごいなあ、と思うのだった。


「あのあの、自分、思うんですけどっ!」


 平良ちゃんは小さく挙手し、上目遣いで吾妻を見据える。


「吾妻先輩は、凡才なんかじゃ、絶対ないです!」


 ぐぐいっと顔を寄せた。近いなあ、距離感……。


「いやいや、あたしのベースはそんな……」


「ベースの話じゃありません!」


 吾妻が首を振るのを、平良ちゃんがさえぎる。


「吾妻先輩は、『天才を天才にする』天才だと思いますっ!」


「「天才を天才にする天才……?」」


 吾妻とおれの声が重なった。


 なに、早口言葉……?(別に言いやすいけど)


「はいっ! どんな大きな才能も、正しく活かすことが出来なければ、それは『才能』とは呼ばれないと思うのです。ですから、どんな天才も、きっと、1人だけでは天才になりきれないのだと思うのですっ!」


「ほお……」


 それは確かに、そうかもしれない。


「吾妻先輩のおかげで、ステラちゃんは今日、ステラちゃんのやりたいビッグバンドの舞台で、その天才性を発揮できたのです! その吾妻先輩が凡人だなんて、そんなことはありえないと思うのですっ!」


 そこまでつらつらと言ってから、


「だから、吾妻師匠は『天才を天才にする』天才なのですっ!」


 平良ちゃんが満面の笑みで吾妻をたたえる。


「し、師匠!?」


 吾妻が頓狂とんきょうな声を出した。


「あ、老師ろうしの方がいいですか……?」


「いいわけないでしょ! 普通に、吾妻先輩とかって呼んでくれたらいいから! ていうかさっきまで普通にそう呼んでたじゃん!」


 吾妻がタジタジになっている。


「いえいえ、今の自分はさっきまでの自分とは違うのですっ! 自分はもう、吾妻師匠を尊敬ソンケーしてやまない自分としてしまったのですっ!」


 平良ちゃんが吾妻に、さらにぐぐっと顔を近づける。


「いいから! 恥ずかしいからやめて!」


 のけぞる吾妻を見て、おれはつい吹き出してしまう。


 その吾妻に向かう平良ちゃんの姿が、amaneに対する吾妻の態度とそっくりだったから。


「いや、あたしはここまでじゃないし!」


 スキル《読心術どくしんじゅつ》を使った吾妻ねえさんが、おれのモノローグにツッコミを入れてくる。


 だから勝手に心を読むなし。


「ちょ、ちょっと、つばめ、部長が困ってる、から……」


 星影さんに止められて、平良ちゃんは少し落ち着く。


「ふう、すみません……。それにしても、amaneさんは小沼先輩と波須先輩がいたからまた歌うことが出来ましたけど、山津瑠衣やまづるいさんのそばに吾妻先輩がいたら、どんなに素敵なことだろうって、自分は思います」


「や、やや、やまづ、るい……!?」


 吾妻が目を白黒させる。


 まあそりゃ、いきなり知らない人の名前出されたらそうなりますね。平良ちゃんも知らない人の名前いきなり出さないの。


「あ、あたし、にゃんのことか、わからにゃい……!」


「……わからにゃい?」


 どうしたの吾妻ねえさん? 猫なの?


「う、うるさいうるさい! とにかく片付けに、戻らなきゃだから! あたし、部長なんだから、油売ってたら怒られるんだから!」


 何かいきなり汗をかいた吾妻が、照れ隠しをするツンデレ(CV:釘宮理恵)みたいなことを言って立ち去っていった。


「あ、部長……! じゃ、じゃあ、また、あとで、ね、つばめ」


 星影さんもそれに慌ててついていく。


「えっと……、師匠はどうなさったのでしょうか?」


「さあ知らん……とりま、おれらも片付けなきゃやばたにえんだよ」


「ああっ、またっ! ……いや、先輩、リア充言葉使うの下手じゃありません?」


「それな」

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