第1曲目 第17小節目:戻ってきた登校道

 金曜日の朝。


 家の最寄駅に行くと、改札を入ったところに、見知った顔があった。


 壁にもたれかかって、スマホをいじっている。


 これは、声をかけたほうがいいのか? いや、でも、何を待ってるか分からないしな……


 などと逡巡しゅんじゅんしてると、彼女は顔をあげて、


「あ、拓人たくと


 とおれの名前を呼んだ。


 沙子はそのままスマホをカバンにしまって、とことこと、ホームへの階段へ歩いていくおれの横に並んだ。


「今日一緒に行ってもいい」


 沙子が小声でつぶやく。


 語尾はあがってないけど、多分、質問されてるんだろう。


「お、おう」


 そう答えると、沙子は口角を0.数ミリあげて、歩き始めた。


「昨日、あのあと英里奈と何話したの」


「ああ、なんか、沙子の……」


 と、そこまで言って言葉を止める。あぶねえ。


「……いや、別に。6組の中で孤立してないか、とか聞かれた」


「はあ……何それ」


 さこっしゅは相当にいぶかしんでらっしゃる。そりゃそうだよな、そんなこと本当に聞かれてたら英里奈さんは先生かなんかだもんな。


「まあいいや。拓人、ライン」


 そう言って沙子はスマホを取り出す。


「ん?」


「交換しよ」


「お、おお」


 出た、ライン交換だ……!


 相変わらずおれはラインの交換の仕方がわからないので、スマホをラインの画面にして、沙子に渡す。


 受け取った沙子はおれのスマホをぴこぴこしている。


 数秒して、沙子の手が止まる。


「あ」


「ん?」


「ゆりすけと、友達なの」


「あ……」


 おれ、こういうミス多いな……。


「えーっと、なんか、吾妻あずまがバイトしてるコンビニで買い物した時にお釣りを受け取り損ねたみたいで、それで、連絡先、交換したんだよ」

 

 とっさに、吾妻の使っていた言い訳をそのまま使い回す。


「ふーん……」


 沙子はちょっと不機嫌そうになりながらスマホをいじって、おれに返す。


「はい」


「おう、ありがとう」


 画面をみやると、『友だち』のところに、『波須沙子』と表示されている。


 そのとき。


『間もなく3番線に急行、池袋行きの電車が参ります』


 ガーッと言う音と共に、電車が駅のホームにやってくる。


 ベッドタウンから乗る朝一の通勤・通学ラッシュは伊達だてじゃない。


 満員電車に、おれと沙子は文字通り閉口へいこうしながら乗りこむ。


 後ろに並んでいた人たちにギュウギュウと押し込まれ、沙子がおれの向かい合わせに密着する。


 おれはドギマギしながらも、窓際のつり革に手を伸ばし、踏ん張った。


 沙子は、密着しすぎないようにだろうか、おれの胸のあたりにそれぞれの手を置いた。


 少し下を向くと、形のいい沙子の頭と、染めてるのにサラサラの金髪がそこにある。


 沙子は少し横向きにうつむく。耳元が赤くなっているのは、夏の暑さからだろうか。


 なんか鼻息とかかかったらいやだな、ってかなんかいい匂いすんな。シャンプー? 朝シャン派?


 なんだか照れ臭くなって上を向くと、下から、


「なんかめっちゃ心臓ドキドキしてるし......」


 と小さく声がする。


 それが誰の心臓の話だったのかはわからないまま、おれは、電車の路線図をただただ無意味に目で追っていた。




 そんな満員電車を何本か乗り継ぎ、駅からも歩き、やっと学校に到着した。こんな遠くから毎日往復してるんだから偉いもんですよ……。


 学校の裏口みたいなところから教室までは結構距離がある。


 どこまで沙子の隣で歩いていてもいいものだろうか? おれなんかといるところ見られて大丈夫なのか? 健次さんとかに。


 そんな疑問が頭に浮かび、ひとり勝手におろおろしていると、


「おはよ!」


 そう言って、後ろから沙子とおれの間に女子が一人割り込んできた。


「あ、ゆりすけ、おはよ」


 吾妻由莉である。


「なになに、さこはすと小沼、どんな関係!?」


 演技がかった声で吾妻が言う。


「幼馴染」


 と沙子が答える。


「へえー、昨日もお昼休み話してたもんね、これまで話してるの見たことなかったけど! ね?」


「まあ、なんか、昨日からまた話すようになった」


「ふーん?」


 吾妻は茶化す感じで微笑ほほえんだあと、


「小沼、よく頑張ったじゃん」


 おれの耳元に、おれにだけ聞こえる声で、優しくささやいてくる。


 くすぐったい。耳もだけど、主に心が。


 きゃっきゃと騒ぐ吾妻と、淡々と返事をする沙子。


 そんな二人の様子になんとなくなごみながら、教室についた。


 おれは6組。吾妻と沙子は4組。


 新小金井からの登校だと6組の教室の方が先にあるため、


「じゃね!」

「ばいばい」


 二人に見送られながら教室に入った。


 すると、教室中からなんだか視線を感じる。


 なに……?


 見やると、市川と一瞬目があう。その時、ふふっと、ちょっと笑った気がした。


 ……どいつもこいつも、姉ちゃんみたいなポジションでおれを見やがって。



 席につくと、後ろの席の男子、安藤あんどうから話しかけられる。


「なあ、小沼、二人とどんな関係?」


「二人?」


「沙子様と、由莉嬢」


「さこさまとゆりじょう?」


 なに、日本史?


「お前がさっき一緒に登校してきた二人だよ!」


 あー。


「いや、別にどんな関係でもないけど……知人?」


「知人ってだけで、あんな校内でも人気の美少女二人と登校出来るわけねえだろ! どんなチートを使ったんだよ?」


 おお……!


 おれは密かに感動していた。


 いつの間におれはそんな学園ラブコメみたいな時空に入り込んだんだ?


「いや、別に、そんな……あいつらってそんなに人気なのか?」


 であれば求められた立ち居振る舞いをするべきだろ、と、鈍感どんかんかつ純粋を装って答えてみる。


「『人気なのか?』じゃないよぉー」


 すると、横から甘えた感じの女子の声がした。


「英里奈姫......!」


 えりなひめ?


「もう、その呼び方やめてよぉ」


 そこに立っていたのは英里奈さんだ。安藤はどうやら女子を片っ端から変な呼び方で呼んでいるらしい。


「コヌマくん、昨日マックで言ったこと覚えてるー?」


 ジトーっとめつけられる。


「マック? 英里奈姫とマックにも行ったのか!?」


 安藤うるせえ。


「覚えてるけど……」


 覚えてるけど、何か具体的に言われてたっけ?


「じゃあー、あんまり目立ったことしないでよぉ」


「はあ……」


 相変わらずのほうけた返事をしていると、


「……まさか、さこっしゅと地元から一緒に来たりしてないよねぇ?」


 と腰に手を当てて英里奈さんが口をとがらせる。


「え、あ、んんーと」


 ついつい答えにきゅうしてしまう。


「は!?」


 安藤うるせえ。


「はぁー……本当にコヌマくんはどこまでもだね……」


 英里奈さんにため息をつかれてしまう。


「もぉ、そんなんだと、英里奈の決心が揺らぐじゃん……」


 小さく呟いたその声は、予鈴に隠れきらず、おれの耳まで届いてきた。


 ……決心?

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