第1曲目 第16小節目:マック

 ということで、英里奈さんに連れられてマックの前まで来たわけだが。


 そこで英里奈さんは振り返って、


「もぉ、このタイミングでおさななじみくんの登場は困るんだよなぁー」


 と口をとがらせる。


「は? え?」


 おれは相変わらず情けなくぼけた反応しか出来ないまま。


「さっきのやりとりでなぁーんか感じなかったぁー?」


「なんかって……?」


 英里奈さんは眉根まゆねを寄せるおれを一瞥いちべつして呆れたように軽くため息をついた。


「んんー、まぁー、あれだけじゃーさすがに無理かぁー」


「……なに?」


 おれが質問を重ねると、英里奈さんは意地悪そうな笑顔になる。


「んじゃまー、シェイクおごって!」


「は? おれが? なんで?」


「なぁーんでもっ!」


 断る間も無く、おれは英里奈さんに引っ張られてマックへと突入する。


 不本意ながらもなんだか男女でマックに入るということはそういうものなのかも知れない、と、英里奈さんのチョコシェイクと、自分のためにホットコーヒーを買って二階にあがり窓際の席についた。


「コヌマくんの、それなにぃー?」


「え、コーヒーだけど」


「ふぅーん、オトナなんだねぇ」


「いや、そんなことはないけど」


「まぁ、それはさておきだよ!」


 英里奈さんがガバッと前のめりに話を始める。


「さっきの続きね。健次けんじとさこっしゅの話」


「おう、なんか、雰囲気悪かったな、あの二人」


「はぁー、それをキミが言うかぁ…」


 大げさにため息をつかれてしまった。


「え、おれのせい?」


「そうだよぉ。まぁ、別にコヌマくんは悪くないけどさ」


「どうゆうこと?」


 おれのせいだけどおれが悪くないって何?


「あのね、秘密にして欲しんだけどぉ」


「ん?」


 そこまでいうと、英里奈さんは一瞬だけ周りを気にするような仕草しぐさを見せてからすっと声をひそめて、


「健次、さこっしゅを狙ってるんだよねぇ」


 と、おれに耳打ちした。


「……はあ、そうなんすね」


 対してなぜか敬語になってしまうおれ。


 狙ってるっていうのは、恋愛的な意味でってことだよな……?


「実際さこっしゅとも良い感じだったんだぁ。さこっしゅ、かなり分かりづらいけど、ずぅーっと一緒にいたら、表情の変化くらいは分かるから」


「まあ、それは」


「あ、そっか、おさななじみだもんねぇー。えりななんかよりもずぅぅぅーっと一緒にいるのかぁ」


 えへへぇーと笑う。


 なんだか表情が読めないけど、悪い人ではなさそうだ。


「でも、そしたらなんで今日までコヌマくんとさこっしゅが一緒にいるところ見たことないんだろぉ……?」


 英里奈さんがあひる口を作って小首をかしげた。


「いや、それはまあ、色々あるんだが……。っていうか、英里奈……さんは健次……さんと付き合ってないのか?」


 少しだけ誤魔化しながら質問すると、


「ええっ!? 付き合ってないよぉ! なんで? そう見える? どこらへんが?」


 えりなビックリ! みたいな顔で訊いてきた。そして、心なしかどこか嬉しそうだ。


「え、いや、二人で吉祥寺でアイス食ってたから……」


「あ、なぁんだ......。いやいやぁ、それ、そっくりそのまま返すよぉー。さこっしゅとコヌマくんが二人で歩いてたから、健次の機嫌が悪くなったんじゃんかぁ」


「えっ!? えっ? おれと沙子は、そ、そそ、そんなんじゃ……」


 慌てふためくおれ。(ダサい)


「分かってるよぉ、コヌマくんじゃないんだから」


 いや、失礼!


「でもさぁー? そりゃあ狙ってる子と知らない男子が一緒に歩いてて、おさななじみで、下の名前で呼びあってたら、なぁーんにもないって言ってもやーっぱ気になるくない?」


「そういうもんすか……?」


「そういうもんすよぉ」


 はーぁーと呆れたようにため息をついて、英里奈さんはシェイクをズズズと飲み込む。


「だから、きゅーきょ! えりなが二人の時間を作ってあげたんだよぉ」


「はあ」


 なんか、リア充はリア充で色々と大変なんだな。


「でもさ、なんで、そんなに気にするんだ? こう言っちゃなんだけど、別に、二人のこと、関係なくないか?」


「......関係なくなんて、ないよ」


 英里奈さんが窓の外を見ながら、急にしっとりとした口調でポツリとつぶやいた。


「......へ?」


 すると、英里奈さんのスマホが震える。


 画面を見た英里奈さんが、あっ、と声をあげ、バツの悪そうな顔をする。


「コヌマくんー、さこっしゅが怒ってるよぉ……」


 そう言って見せてくれた画面には、


さこっしゅ☆『英里奈、明日、覚悟してて』


 と書いてあった。


 怖っ。さこっしゅ怖っ。


「そんじゃま、話せたし行こっかぁ……」


 意気消沈した様子で英里奈さんがトレイを持って立ち上がる。


「あれ、ちょっと待って」


 おれは、マックに連れてこられてからずっと気になっていたことを訊いた。




「球技大会のことで伝えたいことって何……?」




 すると英里奈さんは1度目を大きく見開いてから閉じて天井を仰ぎ、


「マジっすかぁー……」


 と何かを嘆いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る