第2曲目 第6小節目:HURTS

「で、合宿では何を練習するの」


 準備の整った部屋で、沙子が今回の目標を確認する。 


「んー、基本的には、最終日に演奏する曲の練習と、9月の学園祭でやる曲の練習かなあ」


「『平日』と、『わたしのうた』はやるの」


 お得意の、語尾あげない系疑問文。


 んー、と人差し指を口にあてて市川は考えるポーズをする。


「合宿最終日は1バンド1曲で良いんだけど、学園祭は教室を一日中借りてライブするから、持ち時間が長いんだよね。1バンド25分くらい」


「25分か……」


 2曲しかないおれらの現状だと、場は持たせられてせいぜい10分くらいのものである。


「1曲5分くらいだとして、MCで5分くらいつなぐとしても、あと2曲は作らなきゃ持たないって感じか」


「そういうことになるねー……」


 ふーむ……。


「カバーは」


 沙子が提案している(多分)。


「たしかに、その手もあるね! 誰か、カバーしたいアーティストとかいる?」


「うち、あんまり邦楽聞かないんだけど、洋楽でもいいの」


 沙子は両親が家に洋楽、もっというとブルースやカントリーのCDをたくさん貯蔵しているため、ほとんど洋楽ばかり聞いているのだ。


「私英語歌うの苦手だから日本人アーティストの方がいいかな……。小沼くんは? 好きなアーティストとか」


 おれかあ、おれも、そんな沙子の家のCDを聞いて育ったばかりに、聞くの洋楽が多いからなあ。


 日本の音楽だと、なんだろう……。一番好きなの……。


「んー、一番好きなのはamaneかな」


 瞬間、市川が顔を赤くしてうつむく。


「あ、ありがと……」


「あ、いや、別に……」


 ああ、いつものパターンだ……。


「拓人、学習しろっての……」


 はい、おれもそう思います……。もう、沙子は叩いてもくれない。


 市川はコホンと咳払いをして、


「えっと、その……それは嬉しいんだけど、それだと解決しないから、やっぱり2曲作るしかないよね?」


「そうなあ……」

 

 ていうか、うーん、と思案して、おれは挙手する。


「はい、小沼くん」


 すぅーっと息を吸う。


「その……市川は、曲とか詞とか、書けるようになったのか?」


「えーっと……」


 この間のロックオンで、市川は、自分の曲を歌うことについては、復帰をしたはずだ。


 であれば、作詞や作曲も、もう一度出来るようになっているのかもしれない。


 ただ、そこは復帰したばかりの市川にとってはデリケートな問題だろう。


 もしかしたら市川を傷つけてしまうかもしれない、と、おれが恐る恐るしたその質問に、市川は意外な反応を返してきた。


 なぜか、目が、泳いでいるのである。


「えーっと、やってみるっていうか、やってみたっていうか……」


「ん?」


「どうしたの市川さん」


 たははーみたいなことを言いながら、


「実は、」


 一拍おいて、


「出来ちゃいました……」


 と告白をしたのである。


 え、何、何が出来ちゃったの?


 そんな相手がいるなんて父さん聞いてないけど?


「拓人、まさか……!」


 沙子が目を剥く。え、おれ!?


「いやいや、曲の話ね! 当たり前だけど! ていうか沙子さんノリノリだね!?」


 市川がブンブンと胸の前で手を振る。



 というか、それにしても、だ。


「曲、出来たのか……?」


「……うん」


「そっかあ……」


 やっぱり、市川はシンガーソングライターとして復活していたのだ。


「良かったなあ……」


「……ありがとう」


 ずっと、おれが求めていたことが、実現したらしい。


 きっかけは、あのロックオンであることは明白だ。


 そこに立ち会えて、その状況を生み出せたことの喜びを感じ、感涙かんるいでむせび泣くシーンだろう。


 本当なら。




「そしたら、それ、聴かせてもらってもいい」


 沙子がそっと声をかける。おれは自分の手が震えるのが分かった。


「う、うん……」


 市川がおれの方をちらっと見て、


「ちょっと、小沼くん、むこう向いてて……」


 と言う。


「え、なんで?」


「なんでも!」


 なんだよ……。


 おれが意味もわからず壁の方を向くと、市川がコホン、と咳払いをする。


 ギターのチューニングをする音が聞こえる。


 ふぅーっと息を吐く音。すぅーっと息を吸う音。


 そっと、軽やかに明るく、爽やかな曲が始まった。


「おお……」


 思わず声が漏れる。


「『ラ……ララララ』……」


 市川がかすれた声で、歌い始める。


 歌詞はまだ出来ていないのか、全部ラララで歌うらしい。


 最初の方やっぱり少し言いよどむみたいに始まったのは、自分の曲を歌うことのリハビリがまだ出来きっていないからだろうか。


 柑橘かんきつの香りがするような、初夏の追い風みたいに綺麗で甘く爽やかなメロディ。


 やっぱり、amaneの曲はめちゃくちゃ良いなあ……と、おれは奥歯で噛み締めていた。


 やがて、アコギのジャーンというストロークとともに曲が終わる。


「良い曲だね」


 沙子が珍しく素直に褒めている。


「おう……良かった」


 おれも、それに続いた。


「えへへ、ありがとう……」


 市川は照れたように笑ったあと、


「でもね、」


 と、表情に影を落とす。


「ん?」


「どうしたの」


 市川はすぅっと息を吸って、


「歌詞が、出来ないんだ」


 と困り顔で笑った。


「歌詞が出来ない?」


「うん……」


 下唇を噛む。


「ていうか、その曲出来たのいつ」


 沙子が質問している(多分)。


「んーとね、ロックオンの次の日の朝、かな」


「早っ……。でも、そしたら、曲出来てから2週間も経ってないでしょ。それくらいの間歌詞書けなくても普通じゃないの。うちは作詞とか作曲のことはよく分からないけど」


「そっか……そうだよね。そうかも、だけど……」


 なんだか煮え切らないな。


「書いてみたのか? 歌詞」


 おれが質問すると、


「えーっと……うん」


「それに納得がいかないってことか?」


「まあ、そんな感じ……」


 ふーん……。


「じゃあ、市川さんが納得いくまで書いてみるしかないんじゃないの」


「そうだよね……うん、やってみる!」


 沙子が珍しくポジティブなことを言う。


「そしたら、」


 市川が、


「この曲が一曲と、小沼くんにもう一曲作ってもらったら、2曲かな?」


 と首をかしげる。



 まあ、そうなるよなあ……。



「それなんだが、」


 おれは抱えていたものを放り出すように、


「曲、おれが作る意味あるか?」


 と、そう言い放った。


 空気が止まる。


 唖然あぜんによる無言が部屋の真ん中に無造作に放り出された。


「「……はあ!?」」


 やがて、沈黙を破るように、市川と沙子が大きな声でハモった。仲良いじゃん。


「小沼くん、頭大丈夫!?」


「何言ってんの拓人」


 ひどい言われようだ。


「いや、だって、元々おれはamaneが曲がもう一回歌えるように『平日』を渡したわけだろ? その目的は達成されて、しかも市川が曲作れるようになったんだったらもうおれが曲作る理由なくないか?」


 多分、それは、おれが思ってることじゃないのに、おれの口からはそんなどうしようもない言葉がつらつらと吐き出されていった。


 市川の顔がだんだん赤くなっていく。


「だから、次は小沼くんの番だって言ったじゃん! 小沼くんが、小沼くんの曲を小沼くんの曲だって言えるようにするんだって!」


 小沼くんてめっちゃ言ってる。


「だから、それはいいって言ったじゃんか」


「よくないよ! なんで小沼くんってそんなに小沼くんなの!?」


 いや、小沼くんを悪口に使っちゃってるから市川さん。


「……拓人は、作りたくないの」


 沙子が真剣な表情でおれをじっと見据える。


 その目を見て、おれが固まってしまう。


「作りたいとか作りたくないとかじゃなくてだな……」


 ごにょごにょと言いかけた言葉を遮り、沙子はこっちを見て言った。


「拓人は、もう作らないの」


 幼馴染の痛いほど純粋で、すがるようで、責めるような目に、つい、身がすくんだ。


 ふう……。


 まあ、遅かれ早かれ、白状することか。


 すぅーっと息を吸う。


 誰かさんが大切な歌を歌う前みたいに。




「すまん、おれ、曲が作れなくなったかも知れない」

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