第2曲目 第5小節目:ソングライン
かくして、おれたち合宿場に到着した。
機材や荷物の積み下ろし作業を終えたおれたちは、一度、ホールと呼ばれるところに集められていた。
前方にはちょっとしたステージがあり、そこには器楽部用に、椅子やピアノ、アンプが並んでいる。
そのステージの上には、市川と吾妻が2人で立っている。ユニットでも組んだの?
「それでは、今回の合宿の説明を私、ロック部部長、市川と、」
「器楽部部長、吾妻からさせていただきます!」
市川と吾妻がそう口火を切った。
ロック部のみんながぬるく拍手を送る。器楽部の面々はなんか少しピシッとした拍手をしている。
へえー、説明してくれるんだ。それはちゃんと聞かないとな。
…………え、吾妻って器楽部の部長なの!?
「それでは、手元のしおりを見てください」
おれの心中の動揺なんぞ無視して、吾妻が引き取って話し始める。
「まず日程は、2泊3日です。今日と明日は、各部、各バンドに分かれて練習します。えっと、次のページを開いてください」
カサカサ、と紙をめくる音が響く。ホールは音がよく響くなあ。
「合宿場には大きく分けて3つの棟があります。1つ目は中央棟。中央棟にはフロント、食堂、ホールがあります。器楽部はこのホールで練習します。2つ目はスタジオ棟。バンド用のスタジオが沢山ある部屋です。ロック部は各バンドにスタジオが用意されています。天音、これってロック部の全バンド分あるの?」
「うん! そうだよ!」
ブイっとピースサインをして市川が答える。それだと2つしかないみたいだけども。
「へえー、すごいね。器楽部も、個室スタジオを1部屋借りているので、ホールでの練習に参加しないドラムやベースやピアノの人はそちらで練習してください。くれぐれも
「「はい!!」」
器楽部の一年生だろうか、ピシィっと答えている。
「おお、すごいね。ロック部のみんなはもちろんだけど、器楽部のみなさんもスタジオの使い方で何か分からないことがあれば、私に聞いてください!」
「天音ありがと。えと、音出しは、朝5時から24時までです。練習、死ぬ気でやりましょう」
「と言っても、一応22時消灯なので! それ以降は部屋の中で過ごしてください! ……一応、ね?」
いたずらっぽく市川が笑い、みんなも誘われてくすくすと笑顔になる。
「ちょっと、天音……。あと、最終日に、このホールで各部がそれぞれ演奏をしますのでそれをお互いに聞きます。器楽部は、これが学園祭の本番だと思って死ぬ気で演奏してください」
あ、そうなんだ。演奏聞けるの楽しみですね。
てか吾妻ねえさん死ぬ気すぎじゃない?
「寝るところは寝室棟です。さっきみなさんが荷物を置いたところです。3人から5人くらいで一部屋で別れています。部屋割りはしおりに書いてあります」
さっき荷物を置いてきた。おれはチェリーボーイズの4人と一緒だった。
「夜は花火とか肝試しとかあるから、みんな覚悟しててね!」
覚悟ってなんだし……。え、肝試しあんの? 怖いな……。
「それじゃあ、一旦解散です! ロック部は夜ご飯まで、各自スタジオで練習でーす!」
「「「はーい」」」
「器楽部は、このままここで練習するので、40秒で支度してください」
「「「はい!!」」」
2つの団体での応答の差がすごい。
なんというか、市川と吾妻の性格の違いかなあと思って見ていたけど、どちらかというと、部活のゆるさの違いなんだろうな。
それにしても、吾妻のラピュタギャグは何人くらいが受け取れてるんだろうか? なんかみんな必死の
『器楽部、9月の文化祭で2年生は引退になるんだけどさ、そこにあたしのここまでの青春を全部つぎ込まないといけないと思ってて』
不意に、そう話していた吾妻の真剣な顔がよぎる。
今は7月。そうか、あいつの青春は、もう、ラストスパートなんだ。
ホールでの説明を終えたので、おれは荷物をよいしょっと抱えて、市川と沙子について早速スタジオに向かう。
「えーっと、私たちの部屋はここだね」
「「おお……」」
おれと沙子の声が重なる。
別に何か特別なスタジオというわけではない。
スタジオにしては珍しく窓が付いていて、外の景色が見えるくらいだ。
だけど、これをプライベートスタジオみたいに使いまくれるっていうのはすごいことだなあと素直に感心する。
「……で、いつツッコもうかと思ってたんだけど」
「ん?」
「なんで拓人、そんなに大荷物なの」
「ああ、これ、一応持ってきたんだ」
「これはおれの宅録グッズだな」
ジャジャーンと脳内で音が鳴る。
「へえー……?」
準備がてら、秘蔵のグッズたちを見せてやろうか。
おれは床にあぐらをかいて、リュックから一つ一つ物を取り出す。
「まず、これがお馴染みMacBook Pro。 DAWソフトは、Pro Toolsが入ってる」
「だうそふと……? ぷろつーるず……?」
「そしてこっちがオーディオインターフェイスだ。これがあるおかげで16チャンネルまで同時録音出来るってわけだな。普段は8チャンネルで十分なんだが、一発どりするかもだから今回のために買ってみた」
「おーでぃおいんたーふぇいす……?」
なんで市川は幼女化してんだ? まあいいか。
「で、マイクも持って来たぞ。とはいえ、高校生の財力だとそんなに揃えられないから、このスタジオにあるゴーナナとゴッパと組み合わせて使うことになるだろうけど。歌まで同時録音になるなら、コンデンサー系よりはダイナミックの方がいいだろうしまあこれはいいかなと思ってる。ファンタムはとれるようになってるんだけどな」
「「……」」
ここまで揃えてきたおれの機材に感動しているのか、2人とも黙ってうなずいてくれている。ふはは。
「んで、モニターヘッドフォンは3つだな。残念ながらこれは、みんな同じ音が流れる仕組みになっちゃうな。一人一人ではいじれない。すまん。でも、2つは新調したんだ。生ドラムでちゃんとレコーディングするのは初めてだからうまくいくかは分からん」
んー、どんな感じでセッティングすれば良いんだろう。
「えっと、ちょっと、いいかな」
市川が小さく挙手している。
「はい、市川さん!」
挙手したので指名する。何気に、こっちの立場はじめて!
「私たちの部屋だけそんなの繋がってたら、さすがに小沼くんが宅録やってることバレちゃうかも、と思うけど……?」
スゥ……っと、空気が止まる。
「気づいてなかったの」
沙子が0.1ミリの呆れ顔で訊いてくる。
「え……じゃあ、これ、無駄ですか……? せっかく、持って来たのに……?」
おれは機材を抱えながら、2人を見上げる。
「「うっ……」」
市川と沙子の声が重なる。
「ちょ、拓人、そんな顔すんなっての……」
2人は困ったように眉を下げてこちらを見ている。
「そうだよな、しまうわ……。普通にバンドの練習は出来るからな。頑張ろうな……」
勇んで出した機材をカバンに詰め直すと、
「……いいよいいよ、出そう! 小沼くんはただのレコーディングオタクってことにしよう! ロックオンでもPAやってたし、きっと大丈夫!」
「うん、そうそう。拓人そういう顔してるし大丈夫、だと思う」
とフォローしてくれた。
「本当か……?」
「「うん」!!」
「そうか……。ありがとう……!」
よかったよかった……。
おれは嬉しくて口角をあげながら、機材をもう一度並べる。
「なんか私、人生で初めて自分の母性本能を自覚したかも……」
「うちは、何回目だろ……」
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