第1曲目 第47小節目:STUDY
その声が聞こえた瞬間、おれの腕がガッと引っ張られる。
おれは進みかけていた足を止め、振り返る。
「しーっ……」
吾妻が人差し指を唇にあてている。
もう一度前を向きなおすと、すぐそこに、右に入る路地があり、そこから声は聞こえているみたいだった。
「たくとくんは、バンド始めたからみんなと仲良くなってるだけなんだよぉ」
おれの名前が出ている。
息をひそめてもう一度吾妻の方を見る。
吾妻は、首を振りながら、おれの腕を引っ張る。
『引き返そう』ということらしい。
でも、それで始業に間に合うか? 他に道でもあるのか?
「まあ、なんか由莉とも仲良いらしいしな」
そうこうしているしているうちに会話が進んでいる。
「そうなんだよぉ、だから、」
吾妻の引っ張る力が強くなる。
たしかに、おれが聞いてはいけない話な気はする……。
そう思い、離れようかと足を踏み出した瞬間。
「健次ー、さこっしゅ、まだ全然無理じゃないよぉ。 なんなら、えりなが……」
……は?
「あそこの路地裏は、カップル
「はあ」
吾妻はちょっと戻ってまた別の道に入った。
もっと遠回りになる道だが、来た道を戻るよりは早い、ということらしい。早歩きしてるけど。
「遠回りの道で誰も通らないから、ほら、……ね?」
「あ、うん……」
そんなリア充ロードみたいな道だったのかあそこは……。
「でも、普通は下校の時だけどね……朝はほんとに誰もいない道のはずだったんだけど」
「はあ」
「別に英里奈とケンジはカップルじゃないんだけどね……知ってると思うけど」
「まあ」
英里奈さんは、どうして
「ちょっと、小沼」
「ん?」
「大丈夫?」
吾妻がおれを心配そうに見ていた。
「ん、まあ、はい……」
混乱とまではいかないが、おれは少なからず動揺していた。
英里奈さんの意図がいよいよ分からなくなってしまった。
吾妻はそんなおれを見かねたのか、そっと口を開く。
「英里奈は、純粋なだけなんだよ」
「え?」
英里奈さんが、純粋?
吾妻は真剣な顔で続ける。
「英里奈、前に言ってたんだけどさ」
「うん……?」
「『恋』と『愛』かだったら、何が何でも、『愛』を選ぶんだってさ」
「はあ……?」
何の話だ?
「……あたしには、どっちも分かんない」
いつになく弱気に、吾妻はそう呟いた。
学校に到着して、朝のホームルームが始まる。
「本日から試験前期間です。部活も休みになるので、みなさん、試験勉強に専念してください」
やば、忘れてた。
今日から試験前の休部期間だ。
おれはこれまで部活に入ってなかったからなあ……。
ていうか、おれ、まだ入部届けとか出してないんだけど、大丈夫なんだろうか?
すると、やや前方に座っているふわふわツインテールがこちらを振り返って片目をつぶった。
あれが本場イギリスのウィンクか……! ウィンクの本場がイギリスかどうかは知らん。
いやいや、ていうか。
いくら本場のウィンクされても、おれはあなたの考えてることが全然分からんので、力になることは出来ないと思うんですよね……。
と、その時、ポケットでスマホがぶるっと震える。
机の下でそっと見ると、
『Erinaがグループ「Study Meeting;)」にあなたを招待しています』
と表示されている。
え、帰国子女ってまじでこんな顔文字使うの!? すたでぃーみーてぃんぐ……!?
幼女化した自分に戸惑いつつも『参加』をポチッとする。おれもかなりLINEが上手になったと思いませんか?
放課後。
おれは図書室の中にあるガラス張りの個室にいた。
「こ、ここは……?」
動物園のオリの中に突然連れてこられたパンダさながらに怯えていると、
「えー? 勉強会と言えばぁ、グル
「ぐるがく……?」
「グループ
「はい、そっすね……」
「大丈夫だよ、小沼。誰でも、最初は初めてだから」
グル学でガクブルしているおれに元ぼっちの吾妻が優しい。
「私も初めてだよ、小沼くん!」
天使がにっこり笑顔でおれに言ってくれる。
「え、そうなのか?」
あれ、amane様も実はぼっちガールですか?
「うん、勉強はいつも一人でやるから!」
そうでしたこの人成績優秀なんでした。ばーかばーか!
「オレと波須と英里奈は試験前は結構入ることが多い。なあ、波須?」
「うん」
ほーん。
まあそんな感じで、英里奈さん、
図書館の中だけれども、空間が区切られていて、ホワイトボードなんかも用意されており、教えあいっことかグループでの自由研究みたいなことを出来る部屋らしい。
すげえな、ぼっちじゃない方が使える施設って多いんだな。
「よし、じゃあやりますか!」
スタジオの合奏を始める時さながらに、市川が号令をかけた。
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