第1曲目 第46小節目:遠回り

 日曜を終え、翌週がやってきた。


 ちなみにおれは、日曜日は泥のように眠っていた。成長期のおれにとって、2日で実質2時間しか寝てないわーな状態は結構身体に来ていたらしい。


「たっくん、大丈夫……?」


 土曜日に帰ってご飯を食べて寝て、ゆずに起こされてゆっくり目を開けた時には、もう日曜日の夕暮れ時だったのだ。


 あー、めっちゃヘコむ……。


『寝すぎて眠い』という、睡眠すいみん玄人くろうとみたいなことを考えながら登校する道。


 はわぁ……と間抜けなあくびをしていたところ、


「小沼っ」


 肩をパシンと叩かれ、振り返る。


 この叩く強さだけで誰か分かる。


「おお、おはよう、吾妻」


「お、おはよ。あいさつちゃんとしてるじゃん……」


 おれの方が先におはようを言ったことに対して面食らったらしい。


 おれはぐんぐん成長しているんすよ、吾妻ねえさん。


「本当にありがとな、」


 おれは周囲を見て、小さな声で


「歌詞」


 と伝える。


「なんか、気遣いも出来てるし……なんかあった?」


 吾妻が顔をしかめて首をかしげている。


「まあ、色々と、おかげでな」


「ふーん?」


 丸顔のリアルリア充は首をかしげてから、イタズラそうにニターっと笑って、


「そんで、プラス20%のところはどうだった?」


「ああ、あそこな」


 おれもつられて笑ってから、


「吾妻ねえさん、まじでいきだわ」


 と伝える。


 すると、


「……ああー!」


 と吾妻がうめき声みたいな叫び声みたいな声をあげる。


「どうした?」


「小沼と話したいこと色々あるのに、もどかしい!」


「そうなあ……」


 多分、市川の歌のことも含めて、沙子からLINEとかで聞いているのだろう。あれだけのことがあったんだから。


「あのさ、小沼」


「ん?」


「遠回り、しない?」


 吾妻はそう言って、いつも左へ曲がる分かれ道の、右側を指差した。




「へえ、こんな道あるんだ」


「知らなかった? 遠回りの道」


「ほーん……」


 吾妻が連れて来てくれたのは、普通の登校道から外れた遠回りの道。


 朝の通学路で、遠回りの道を使っているやつなんていない。


 つまり、学校に近づきつつ秘密の話をするには持ってこい、ということらしい。


 こんな道、秘密の話をする相手のいなかったおれが知るはずない。


 でも、小学生の時に『冒険』とか言って知らない道を歩いた時の感覚がよみがえってきて、なんだかすごく面白い。


「小沼、目、輝かせすぎじゃない?」


「あ、ああ、すまん……」


「いや別にすまんくないけど」


 すまんくないらしい。良かった。


 吾妻ねえさんが姉笑いでこちらを見ている。やめてその顔、なんか照れるので……。



「で、なんか色々あったらしいじゃん?」


「そうなんだよ……」


 おれはかくかくしかじかと土曜のスタジオで起こったことを説明する。


 そもそもの起爆きばくスイッチは吾妻の追加の20%の歌詞だ。


 市川が吾妻の歌詞に曲を付けたこと、そのあとに市川がamaneの曲を冒頭の少しだけ歌ったことを話した。


「ああー、めっちゃその場にいたかった……amane様があたしの歌詞に曲を付けてくれたとか、考えるだけで昇天しそうだし、しかもamane様の生ライブがたった1フレーズでも聞けたとか、小沼、よく生きてられるね?」


「ああ、まあ……」


 吾妻は本当に来なくて良かったと思う。


 本当に昇天してただろうし……正直生ライブだなんて、良いものではなかった。


 吾妻くらい感情移入が出来るやつがあれを見ていたら、耐えられなくなっていたかもしれないとすら思う。


「なんというか、フルで聞ける時が来ると良いな」


 ほんの少し話をはぐらかすように返事をする。


「……そだね」


 ……まあ、それくらいのことは吾妻も分かってるか。


「でさ、小沼」


「ん?」


「amane様があたしの歌詞に付けた部分の録音とか、ないの?」


 期待した目で吾妻が言う。


「それが、ないんだよなあ……」


 そうなんだよ、おれもそれは後悔してるんだよ……。


「たった一回しか歌ってないからな、録れなかった」


「まあ、仕方ないか……。ね、どんなんだった?」


 吾妻が何かをねだる目つきでこちらを見てくる。


「……どんなんって?」


「歌って」


「やだ」


 即答だそんなもん。


 何で朝一の登校道で歌わなきゃならんのだ。おれはそんな陽気なキャラクターではない。


「お願い! 一生のお願いです! onuma様!」


「いや、吾妻……」


 onuma様って。悪い気はしないけど、最終手段に出すぎだろ。


「……だめでしょうか?」


 吾妻が手を合わせてこちらをおがむように見てくる。


 その姿は市川や英里奈さんと違って、全然あざとくない。(市川は天然だけど)


 あざとくないんだが、それが逆に真剣さを助長じょちょうしていて、結果、あざというというか、同志としては応えないわけにはいかない感じになってしまう。


「ああもう! 一回だけだからな」


 おれは自分の頭をくしゃくしゃとする。


「ありがとうございます! この恩は必ず!」


 吾妻は大喜びだ。


 おれは咳払いをして、息を吸い込む。


「『知らないふりして また笑ってみせた たった一つだけの 当たり前の平凡な日常

』」


 うろ覚えなんかじゃない。


 おれは、たった一回なのに耳にはっきり残っているその1フレーズを歌った。


 吾妻はそれを聞いて、少しの間ほけーっとしたあと、


「やば、めっちゃ良い曲じゃん……てか、小沼の歌がうまいって誰得なの?」


 と言った。


「なんだそれ」


 褒めてるのかけなされてるのか、全体的によくわからん。


 よくわからんけど、「ふひひ」と吾妻が笑ってるのはいいことだと、そう思った。


 


 そんなことを思いながら歩いていると。


「だからぁ、健次。さこっしゅと、たくとくんは、別になんでもないんだってばぁ」


 道の外れから、聞き慣れた声が、聞こえた。

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