第1曲目 第6小節目:ごえんだま
翌朝。
くあぁ……と、あくびをしながら廊下を歩いていると、向かいから吾妻が他の金髪ギャル女子と歩いてきていた。
あの女子は怖い……、本能的に目を
ライオンをなんとかやり過ごせたシマウマよろしく、ふう、と息をついていると、
「あ、ごめん、さこはす、ちょっと先行ってて!」
背中越しに
タッタッタッとローファーの靴底が廊下を叩く音。
振り返ると、目の前に吾妻の顔があった。
「ちょ、いきなり振り返るなし!」
「おおおおお、ご、ごめん」
いやーバクバクする……。
「ちょっと、こっち来て」
小声でそう呟いて、タタターっと吾妻は廊下を走っていく。
え、なに、行けばいいの? それとも幻聴?
立ち尽くしてると、5メートルくらい進んだ吾妻がこっちを振り返りキッとおれを睨む。
ああ、ついて行っていいんですね。
ゆっくりついていくと、吾妻は朝は人がほとんど来ない視聴覚室の前で立ち止まった。
おれも合わせて立ち止まる。
すると吾妻は振り返り、腰に手を当て、眉間にしわを寄せる。
「昨日メールしてって言ったじゃん!」
「いや、吾妻がアドレスも教えないで行ったから……」
たじろぎながらも割と正論を返した。
「そうだけど、なんとかしてあたしのアドレス聞くために連絡取るとかあるじゃん! ライン持ってないの?」
「やってるけど、吾妻のラインとか知らんし……」
「そう! それなんだよ!」
「どれ?」
「あたしがアドレス教えてなかったの悪いなあと思って、あたしも6組のみんなに恥をしのんで訊いたわけ! 『小沼くんのライン分かる人いるー?』って」
恥って。
ていうか、それって。
「そんなことしたら、歌詞書いてんのがバレるきっかけにならないか?」
「いやいや、そんなヘマしないっての……。『うちのコンビニで買い物してったんだけどお釣り渡しそびれちゃって! 5円なんだけどね』って言って訊いたよ」
吾妻があきれたように小さなため息をつく。
「ほーん、なるほど……。いや、待てよ? 吾妻、昨日、市川の時も同じこと言ってなかったか?」
「え? あ、うん、まあ、うん」
そわそわとキョドりはじめる吾妻。
「もしかして、市川のやつも……市川に近づくための嘘?」
「ふぇっ!? え、えーと、いや、そんな、嘘っていうより、
「アレってなんだよ……」
「五円玉だけに、ご縁があるかなって……」
吾妻は、てへ、みたいな顔をして舌を出した。
「そんなとこまでポエマーか……」
「ポエマーって言うな!」
肩を強めに叩かれる。
いや、ツッコミとかじゃなくて暴力じゃんそれ。といいつつ、女子の貴重なボディタッチに少し嬉しくなっている自分の気持ちを咳払いで
「で、なんだっけ? ライン?」
「そう、ライン! 6組の
「いや、そりゃそうだろ、その人おれ喋ったことないし……」
英里奈さんというのはたしか学級委員長か何かをやっているくせに委員長っぽくないギャルの人だ。ギャル同士はつながってるんですね……。
「いや、でもクラスラインに入ってれば分かるでしょ! そしたら『探してみたけど、小沼くんいなさそう』って言ってて!」
「くらすらいん……?」
初めて聞く単語に
「なに、『はて……?』みたいな顔してんの? クラスのラインでしょ! 6組の! それくらい入っときなよ! なに、あんた、孤高の天才気取ってんの?」
「……クラスのラインなんてあんの?」
「え、招待されてないの……?」
「え……?」
そのあと吾妻がしてくれた説明によると、各クラスにはクラスのライングループなるものがあり、それが非公式の連絡網として機能しているということらしい。
「言われてみれば、心当たりがある……」
この間ホームルームに出た時には、今度の球技大会での出場する種目が決まってて、『あれ? おれ一週休んだかな?』と思ったものだったが、あれは既にクラスラインで会議がされていたんだな……。
ちなみに、おれは勝手に卓球にされていた。
なるほど、地味なだけだと思っていたおれは本当はただのぼっちだったのか……。
「えーと、うん、なんか、ごめん……」
吾妻が一転、バツの悪そうな表情をしている。
「まあ、そういうこともあるよ。群れからはぐれることは悪いことじゃないよ、はぐれ者ほど、経験値が高いじゃん……ね?」
ポエムで励ましてくれる吾妻の優しさに、逆に胸が痛くなる。
「あ、あたしでよければライン交換しよ? 曲送って欲しいしさ」
潤んだ目で吾妻を見る。
気まずそうに
この人、いい人だな……。ポエマーでギャルだけど......。
ありがとうありがとうと言いながら、ラインを交換する。(交換の仕方がよく分からないので、スマホを渡してやってもらった。)
「それじゃあね! えーっと、頑張ろうね!」
ラインを交換し終えると、引きつった笑顔のまま吾妻はタッタッタッとテンポよく自分の教室へと帰っていった。何を頑張ろうと言われたのかはよく分からないけど。
よし、おれも戻ろう。
ライン友達の一人もいない教室へと。
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