第2曲目 第43小節目:マリアとアマゾネス
「えっと、2人は何してるのー……?」
トレイを持って立ちっぱなしの市川が首をかしげた。
「何って、そりゃぁ、デー……」
英里奈さんはそこまで言ってから、視界のはしっこに、こわばって首を振る顔のおれを見つけたらしい。
……だって、これがデートだと認めたら、おれは一昨日市川に嘘をついたことになってしまうじゃないですか。
「あぁ……」
と軽く息をついて、
「……えりなの悩みを聞いてもらってただけだよぉ」
と言ってくれた。
英里奈さん、優しいな……。
「別に、無意味にかき乱したいわけじゃないんだよぉ、えりなだって……」
おれにだけ聞こえるよう、小声で言う英里奈さん。あ、そうなんだね。誤解してたよ英里奈さん。……え、ほんと?
「悩み相談かあ、そうなんだ。えっと、じゃあ、私はお邪魔だね……?」
市川は進むことも戻ることもできず、なおもそこに立ち続けている。気の毒だ、ごめん……。
「ううん、いいよぉ、もう話終わったし! 一緒に座ろぉー!」
英里奈さんが誘い、
「う、うん……じゃあ、失礼します」
市川がそっとおれの隣に座る。
「天音ちゃん、さりげないというか、抜け目ないねぇー……」
「な、なんのこと?」
「別にぃー?」
小悪魔がにひひーっと笑う。
「それにしても……、小沼くんは、誰とでもマックに来るんだね」
おれの耳元でぼそっと、市川がつぶやいてから、ずずずっとシェイクをすする。
「はい……?」
いや、別にマックくらい誰とでも来るだろ……。それとも、『マックに来る』ってなんかの隠語なの?
全然関係ないけど、英単語を辞書で引くと、大抵の単語の説明の最後に『〇〇の隠語』って書いてない?
「天音ちゃんも、たくとくんとマックに来たことあるんだっけぇ?」
おれが余計なことを考えているうちに、英里奈さんが市川に妙なことを訊いている。
「うん……ある、けど?」
「ふぅーん、いつー? 何回ー?」
「おととい、一回……」
市川が唇をとがらせる。
対する英里奈さんはニタァーっと笑う。
「ふぅーん?」
「ううー……、これについては私が後だから何も言えない……」
えーっと、もう一回言うけど、マックに来るってなんかの隠語なの?
「それで市川は、何しにマックに来たんだ? シェイクの味が忘れられなくなったか?」
おれはそれとなく話題を変える。
「あ、うん。歌詞を書こうかなって、思って」
「歌詞ぃー?」
「うん!」
市川はニコッとうなずいて、少し分厚いノートを取り出した。
その表紙には『作曲・作詞ノート』とかそういうタイトル的なものは一切書かれていない。
へぇー、ノートかぁ……。
…………ノート!?
こここ、これは、もしや、本物の……!?
おれの心の中の吾妻が首をもたげる。(『いや、あたしを勝手に心の中に飼うなし』)
「あ、ああ、あの、amaneさん?」
「……天音さん? いつの間に名前呼びぃ?」
「あ、うん、天音です……」
脇で英里奈さんが首を傾げている気がするし、前で市川が頬を染めている気がするけど、そんなことは今、関係ない。
「そ、それは、歌詞の、ノートなのですか……?」
「え、うん、そうだけど……?」
「いつから、使ってるものですかな? 見た感じ、結構年季が入っているようにお見受けしますが……」
なんでも鑑定団員の小沼拓人が心の虫眼鏡でそのノートをあらためる。
「曲を作り始めた時からだから、中1くらい……だけど……」
「ぴにゃ……!!」
つい叫び出しそうになって、自分で口をふさいでなんとか止める。
なんだよ、こんなアイテム、もっと早く出せよ! そりゃあるか、そりゃそうか、そうかも知れないけど!
そこにあったのは
吾妻よ、おれはやっとたどり着いたよ、このノートの元へと……!
「たくとくん、大丈夫ぅー……?」
横から、英里奈さんが心配そうにおれの顔を覗き込む。
「え、な、なにがですか!?」
「いやぁ、よだれ垂れてるけどぉ……?」
「なっ!?」
おれは急いで口元をぬぐう。
い、いかん、そんなことになっていたとは。
「すまん……」
我に返ったおれは頭をさげる。
「ううん、大丈夫……嬉しかった……」
市川が身をよじる。妙な空気が流れる。嬉しかったってなんですか。
「てゆーか、天音ちゃん、中1の頃から曲作ってるんだぁー! すごいねぇ!」
「ううん、すごくはないよー……」
市川が
「ねぇねぇ、天音ちゃん」
「なに……かな?」
市川が両手でシェイクを持って、身体をこわばらせて英里奈さんの方をみる。
いや、なんか知らんけど、英里奈さんにビビりすぎだろ……。
「合宿でやってた曲、すっごくいい曲だったぁ! えりな、あの曲大好き!」
満面の笑みで言う英里奈さんに。
「へ? あ、ありがとう……?」
なんだか、拍子抜けしたように市川がお礼を言う。
その様子を見た英里奈さんが
「なぁに、その反応はぁー……?」
「ううん、英里奈ちゃん、何かまた意地悪言うのかと思ったから……」
市川さんって結構正直ですよね。
「もぉー、えりなのことなんだと思ってるのさぁー……」
「意地悪な子だと思ってるけど……」
「はぁー!?」
英里奈さんが怒って立ち上がる。いや、市川も無駄にケンカ腰なのよくないと思うよ?
「英里奈ちゃんまで私のほっぺひっはらないへ!(引っ張らないで!)」
英里奈さんも沙子も市川のほっぺ引っ張るの好きだね。なんか柔らかそうだもんね。おれと吾妻はそれしたら多分失神するから無理。平良ちゃんも多分ダメ。
「というか、なんでマックで作詞? 気が散りそうなもんだけど……」
「あーいやーえーと……」
英里奈さんの手から解放された市川が頬をさすりながら、
「……なんでだと思う?」
おれに質問を返して来る。
いや、おれが聞いてるんだけど……。なんか、照れ笑いみたいなのしてる意味も全然わからないし……。
「まあ、
おれがぼやくと、
「あーっ」
と市川が怒ったように声を出した。
「え、なんですか……?」
「んんー!」
「えっと、英里奈さん、市川は何を……?」
「ああー!」
頬をふくらませる市川。
「え、天音ちゃん、どうしたのぉー……?」
「……英里奈ちゃんはなんで英里奈さんなの?」
「「……え?」」
あぁロミオ、あなたはなんでロミオなの、的な……?
「ハモってるしー……」
みるみるうちにどんどん不機嫌になる市川さんは、
「何が違うんだろ……あ、自分のこと名前で言えばいいのかな……?」
意味不明なことを1人ぼやいてから、おれをじーっとみる。
「な、なんでしょうか……?」
おそるおそる尋ねてみると、市川はすぅーっと息を吸ってから。
「あまね、タピオカとか飲みたいよぉー?」
と猫なで声で言う。
「は? えりなのことバカにしてる?」
英里奈さんが語尾を全く伸ばすことなくそう言った。
「ち、ちがいます! うらやましかったの! ちょっと、ほっぺ、いたい! いたい!」
そこには、ちょっとおイタが過ぎた天使のほっぺを無表情で引っ張る悪魔の姿。
……まあ、今回は結構市川も悪魔でしたね。
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