第17小節目:E.O.W.
* * *
「むむむ……」
夕暮れの教室。1年6組。
ノートパソコンにつないだヘッドフォンを外して首にかけて、腕を組んで
画面には、amaneのみなさんの演奏がひとつひとつ波形のデータになって並んでいます。
絶賛、ミキシングと格闘中です。
『今、この音源を聴いて、もしかしたら、初めて自分がお役に立てるかもしれない、と思ったのです』
『どんなに細い針の穴でもいいのです。自分が自信を持って『これは出来る』と言えることが、欲しいのです』
下級生の身分であんな啖呵を切るくらいですから、あの時には、なんだか本当に出来る気がしたのですが、あの時に浮かんでいた気がするアイデアはいつの間にか霧散してしまったようです。
……結局、楽器を左右に振り分けて、なんとなく音量の調整をしただけで行き詰まってしまっていました。
「んんん……」
腕組みをして
「はにゃっ!?」
そこにはいつの間にか、自分と同じようにヘッドフォンを首にかけた同級生が自分のことを見下ろしていました。
「……何をそんなに悩んでいるのよ」
頬の真ん中あたりでピシッと切り揃えられた金髪はとてもアーティスティックで、その猫みたいな吊り目と相まって近寄りがたいトゲトゲした
彼女は
9月生。要するに9月に転校してくる帰国子女のことです。
自分の幼馴染、
亜衣里さんがどこからの帰国子女かは存じ上げません。
それどころか、自分は彼女の名前しか存じ上げません。
なぜなら、彼女は……。
「何しようとしてるかしらないけど、その
「は、はい……!?」
入り組みかけた自分の思考を、なぜか攻撃的でなんだか失礼なセリフが
「モニターヘッドフォンを知ってるんですか!?」
「知ってるに決まっているわ。あなた、ウチのことをなんだと思ってるわけ?」
「九月生さんですよね……?」
自分が首をかしげると、その言葉が気に食わなかったのか、軽く舌打ちが返ってきました。
そんなに不機嫌なら自分になんて話しかけないで欲しいのですが……。
「……なんで学校でミキシングなんかしてるわけ?」
そして、不機嫌そうなまま、質問を重ねてきます。
「あのあの、えっと……家でやることも考えたのですが、学校の教室の空気感を感じながらできればと思いまして」
「はあ……? 教室の空気感……?」
見下すような目で見下ろしてくる彼女は圧倒的な威圧感を出してきています。いやですいやです、苦手です……。
「えっとえっと……この方達はamaneっていうバンドなのですが」
「アマネ……?」
「はい、ロック部の2年生のバンドです。そしてそして、バンドのコンセプトが青春を奏でるバンドなのです」
「……青春? ロック部?」
彼女は不快そうに
納豆嫌いの外国人の前で納豆をかき混ぜて匂いをかがせたらこんな顔するんだろうなっていうような顔です。
なのに相変わらず立ち去ろうとしません。
「えっと……」
「…………」
亜衣里さん、無言です。
「あのあの、宅録、なさるんですか?」
「……まあ」
沈黙に耐えかねて質問してみると、やっと肯定的な答えが返ってきました。
「えっと……それじゃあ、こちら、聴いてみていただけませんか?」
自分がヘッドフォンを首から外して差し出すと。
「ちょっと、貸してみなさい」
その言葉を待っていたのかもしれません。
安物とさっき
首にもヘッドフォンをかけているので、なんだかヘッドフォン大好きな女の子って感じでちょっと面白いです。
「……ムカつく顔で笑ってないで再生して」
「はいー……」
なんでほとんど初対面の方にこんなに言われないといけないのでしょうか……。
再生が終わると、「なるほど……」と呟きながらヘッドフォンを外して、自分の方を見ます。
「……これ、演奏しているのはうちの生徒って言ってたわよね? 何年何組?」
「えっとえっと……、どちらの楽器ですか?」
「ドラムとベース。急務はドラムかしら? あ、ギターはどうでもいいわ」
「急務……? とにかく、ドラムの
そこまで言いかけたところで、
「うげっ……」
亜衣里さんのスマホの振動音が静かな教室にこだまします。
「ああ、もうっ……!!」
画面を見た亜衣里さんはじれったそうに、
「明日の朝、8時に学校に来て」
ピシャリ、とそんな一方的な要求をしてきました。
「は、はい……?」
「いいから! や……やく」
「焼く……?」
焼かれてしまうのでしょうか……?
「や、やくそきゅ!」
「……噛みましたか?」
「う、うるさい!」
顔を赤くした亜衣里さんは走って教室を出ていきます。
あんなに急いでどこへ向かうのでしょうか?
……最後の言葉は、「約束」と
* * *
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