第6.12小節目:Simple
* * *
①3:53
軽音楽室に置いてあるドラムセットのバスドラムの穴の中に2メートル離れたところからしゃがんだ状態で五円玉を放り投げて入れるとそこに未来の自分の姿が浮かび上がる。
②4:03
事務課しか見えない地点から右を向いて数歩歩いて見えた景色の中に、今後のキーパーソンが浮かび上がる。
③4:22
図書室から1階までの階段を一段ずつ数えた直後、1階から数えながら同じ階段を登ると1段多くなっている。
④4:46
散らかった理科実験室のすみっこに立っている二体の人体模型のうち、古い方にベージュのカーディガンをかけてあげると、大切なものが浮かび上がる。
⑤5:17
売れ残った数本のカルピスウォーター(缶)のうち1本は表示よりも1%濃度が高い
⑥5:45
※不可能?誰もいなくなった食堂の外のテーブルから、西日を手持ち鏡に反射させて積み上がったトレーの一番上に当てると、文字が浮かび上がる。
⑦6つの不思議を時間通りたどった者にだけ浮かび上がる。
* * *
「軽音楽室って、スタジオのことでいいんだよな?」
「多分ね、他にないし。30年くらい前はそう呼んでたのかも」
「いや、でも、あそこって元々放送室なんじゃなかったっけ……?」
「まあどうでもいいでしょ、細かいことは」
日本語のことでやや投げやりになる吾妻は意外だったが、他に思い当たる候補がないのはおっしゃる通りなので、とりあえずスタジオに向かうことにした。
「今、誰かが練習してないといいけどな」
「学祭終わったばっかだからその可能性は少ないんじゃない? 熱心なバンドってamaneくらいで、他はみんなロックオンとか学祭とかの発表会の直前に入るだけでしょ」
「それはそれで部活的にどうなんだろうな……」
おれが苦笑いを漏らすと、吾妻が一瞬きょとんとしてから、にやにやと笑い始める。
「小沼が部活の将来を心配してるのうけるんだけど。もしかして、青春の才能があるんじゃない?」
「だとしたら吾妻のおかげだよ……」
「……へ?」
これだけ近くで青春のすべてだなんだと言われ続けてれば、人によっては部活がそれなりに大事なものだってこともさすがに理解するというものだ。
自覚がないのか、なぜかもう一度目を丸くしている吾妻に目を細めていると、すぐにスタジオにたどり着いた。吾妻の予想通り、今日は誰も使っていないらしく、部屋は暗いままだ。
部室の鍵をすぐ前の事務室でもらい、電気をつけて中に入る。
「で、一個目はなんだっけ?」
「えっとね、これ」
おれがスマホを取り出す前に吾妻が自分のスマホの画面を向けてきた。
* * *
①3:53
軽音楽室に置いてあるドラムセットのバスドラムの穴の中に2メートル離れたところからしゃがんだ状態で五円玉を放り投げて入れるとそこに未来の自分の姿が浮かび上がる。
* * *
「なるほど」
ついでにそのスマホに表示されている時計を見ると、あと5分くらいでその時刻になるらしい。
「おれ、五円玉持ってるかな……」
「はい、これ」
おれがポケットに入れている財布を取り出そうとすると、吾妻が五円玉を差し出してくれた。
「さっきから段取りいいな……。吾妻って五円玉を常に持ち歩いてんの?」
誰かとお近づきになる時に使う言い訳にも五円玉を使ってるくらいだし。
「そんなわけないでしょ? だってこの謎は昼休みにもう知ってたんだもん。用意くらいするでしょ」
「謎?」
「……七不思議。どっちでもいいでしょ、別に」
「おれはいいけど……」
いつもは吾妻が突っ込んできそうなもんだけど。
それにしても。
「2メートル……って、大体でいいのか?」
「どうなんだろうね。まあ、さすがのあたしもメジャーとかは用意できなかったからちょっとくらいの
「ぴったり170センチ」
「へえ、ぴったり2メートルだったら分かりやすかったのに。寝転んだら一発じゃん」
「一瞬でも2mあるかもしれないと思った?」
「まさか、」
そう言いながら吾妻はおれの
「これが50センチ近くあるようにはさすがにあたしにも見えないって」
「そ、そうかよ……」
おれは吾妻がおれの頭の上に手を乗せるために背伸びした瞬間、思った以上に近づいたことに少し動揺していたのだが、吾妻本人は気にも
「あ、でも、ぴったり170センチなんだ。レコードってちょうど30センチらしいから、それでジャスト2メートル
と、壁に飾りとして立てかけられているレコード(多分一回も再生されたことはない)を見ながら吾妻が嬉しそうに言う。
吾妻はそのレコードをまたしても少し背伸びをして取ったかと思うと、
「はい、じゃあ、そこに寝転がって」
と床を指差す。
「ええ……まじで?」
「大丈夫だよ、一瞬だから」
「何が大丈夫なんだよ」
おれは上着を脱いで
「ありがと。で、レコードがここか……」
吾妻がおれの頭にレコードをあてて、上から
「ちょっと吾妻ねえさん……」
「し、仕方ないでしょ、小沼の頭からぴったり測らなきゃいけないんだから……。よし、これでいいや。はい、小沼、起き上がっていいよ」
「はいよ……」
吾妻が少し離れたのを確認してからおれが起き上がってお尻をはたいていると、吾妻が優しく背中をぽんぽんと叩いてくれる。いや、優しいも何も、寝転がれって言ったのこの人なんだけど。
「はい、そんじゃ、この線から投げて」
とレコードのおれの頭があったところと逆側を指差す。
「ほい」
おれはそこにしゃがんで、先ほど受け取った五円玉をバスドラムに空いている穴に投げてみた。
「ちょっと小沼、まだ53分じゃないんだけど」
「いや、練習。一発では入れられないだろ。……あれ、ていうかこれって吾妻が投げるんじゃなくていいんだっけ?」
「いいのいいの。あたしが投げて
「おれ、
まあ、元々そういう約束でここに来てるしな。見えるのは未来の自分であって死後の自分とかではないだろうし。……ないよな?
とはいえ、おれは運動神経がからっきしなので、何度か入れようと頑張ってみているがなかなか入らない。横にしゃがんだ吾妻は
「あ、53分になっちゃったよ、小沼」
何度かやっているうちに時間が経ってしまったらしい。
「まじか。え、これ1分以内にやればいいのかな?」
「そうなんじゃない?」
「よし、数打ちゃ当たるか……!」
先ほどよりもペースアップする。投げて、外して、拾って、戻って、投げて……を何度か試していると、横から焦った声が聞こえてくる。。
「やばい、もうちょっと! 10、9、8、7……」
「カウントするのやめてください」
吾妻のカウントダウンに焦りながら放り投げた一発がやっと。
「「入った!」」
バスドラムの中でトコントコンと音が鳴る。
そして、おれはバスドラムの鏡みたいになっている黒色の
「……小沼、何か見えた?」
「……いや、おれしか見えない」
「ほんとにそれだけ……?」
「うん……」
……いや、実際は隣にしゃがんでいる吾妻も見えているのだが、しゃがんでいるせいで太もものあたりが、その、何がとは言わないが、見えないながらもなんだか
「ふーん……。まあ、じゃあ、未来の小沼は今の小沼にそっくりそのままなんだね」
吾妻が不満げにため息を漏らしながら、そんな風に一つ目の不思議の結果をまとめる。
「何それ普通……」
「そうでもないよ、あんた今ガリガリだけど、中年太りとかするかもしれないじゃん。それからしたら良かったね、あんまり変わらないってさ。ついでに未来の小沼は一人で隣には誰もいないってことで。はい、じゃあ、
やけに投げやりに言い捨てて立ち上がり、自分のスカートをパンパンとはたく
「え、なんか怒ってんの?」
「怒ってないよ、ばーか」
「いや、ばかって言っちゃってるじゃん……」
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