第6.11小節目:夢のダンス

「やあやあ日直にっちょくさん。調子はどう?」


 放課後。


 2年6組の学級委員長・黄海おうみ英里奈えりな氏から『えりな部活あるからぁ、書くのはたくとくんに任せたぁー!』と押しつけられた学級日誌を書いていると、うしろから突然、中間管理職みたいな掛け声と共に肩をポンと叩かれる。


「なんですか部長……」


 振り返ると、


「……もう部長じゃないっての」


 元器楽部部長が「うぐ……」みたいな顔をして立っていた。


「すまん吾妻あずま。痛いところをついたかもしれない」


「それ、まじで反省してね……!?」


 つい今週、青春の全てをうしなってがらだかがらになっている吾妻と廊下で話したばかりなのに、そのあまりの中間管理職じみた行為につい彼女を部長職に戻してしまった。


「で、なんでおれが日直だって知ってんの?」


「あたしは日直が大好きだからね。全クラスの日直を覚えてるんだよ」


「へえ、そうなんですか……」


 さすが現役の青春部部長ですね……。


「うわ、まじで引いてるじゃん……。冗談冗談。昼休みに天音あまねに聞いただけ」


市川いちかわに?」


「そうそう」


 吾妻はコクコクと頷く。


「昼休み、天音が部室スタジオの方から楽器持って教室に戻ってきてたから『あれ、今日練習だったの?』って聞いたら、『ううん、放課後に用事があってホームルーム終わったらすぐ出ないといけないから持ってきたんだ』って言うから、『へー、小沼おぬまとどっか行くの?』って聞いたら『お、小沼おぬまくんは日直だから……!』って顔赤くして言ってた。うへ、ぐうかわ……」


「へえ……」


 吾妻は市川のセリフのところだけやや美化びかした感じの声真似こえまねをして、昼休みの一幕ひとまくの再現をする。


「で、何か用か? もしかして、知り合いが日直してると話しかけにくるタイプ?」


「そんなタイプないでしょ、何言ってんの?」


 眉間みけんにしわを寄せてすごんでくる吾妻ねえさん。いや、そういうことしそうじゃん……。


「しないっての。いや、ちょっと変な噂を耳にしたんだよ。小沼、武蔵野国際むさしのこくさい七不思議ななふしぎって知ってたりする?」


「七不思議……? いや、初耳だけど」


 モノローグに対してごくごく自然に返事がかえってきたのは仕様しようなので気にしないことにする。その後の問いかけの方がよっぽど興味をかれるものだったし。


「だよね? 良かった。あたしも知ったばかりなんだけどさ。昼休み、つばめが教えてくれたんだ」


「『良かった』ってなんだし」


「なんでもないし」


 その話はキャンセルです、とばかりに、腕を組む吾妻が首を横に一回だけ振る。


「で、平良たいらちゃんがなんて言ってたんだ?」


「ネットで調べてたら七不思議が出てきた、とかなんとか」


「ふーん……」


「……何、その何かを期待するような目は」


 どうやらさっきの市川との会話の再現ドラマみたいなモノマネはしてくれないらしい。吾妻版の『あのあの、聞いてください師匠ししょう!』的なやつが聞けるかと思ったんだけど。


「別になんでもないです」


「そう? ならいいけど。それでね、その七不思議をちょっと検証したくて。それに付き合ってくれない?」


 吾妻が首を少しだけかたむける。


「え? 吾妻が検証すんの?」


「そう、あたしが検証すんの」


「うちの学校、ミス研なかったっけ?」


「あるよ。めっちゃある」


 めっちゃはないだろ。一つしかないはずだ。


「じゃあ、ミス研の仕事なんじゃないの?」


「うん、まあ、小沼には珍しくそれは正論せいろんだと思う」


 吾妻は目を閉じて一つ頷いてから、続ける。


「でもさ、そんないかにもザ・高校!みたいなこと、みすみす見過みすごしてミス研に渡すなんてミスするわけにもいかないじゃん?」


「はあ」


 みすみす言っててよくわからないけど、まあ、とにかく自分でやりたいってことらしい。それがミステリーであっても校内で起こったことは青春部の活動範囲ということなんだろうか。


「まあ、分かったよ、それはいいとして……吾妻、幽霊苦手じゃん」


 これは最大の問題な気がする。


「七不思議とかああいうのってだいたい怪談かいだんなんじゃないの?」


 おれが指摘すると、吾妻が下唇を噛んだ。


「そうなんだよ……。で、一人じゃ無理だから、小沼のところに助けを求めにきたってわけ」


「なんでおれだし。リア充なんだから、他にも付き合ってくれる人いないの? それこそ平良ちゃんとかミス研の人とか」


「小沼と一緒の時はは肝試きもだめしがちゃんと出来た実績があるのと、小沼が今日暇だって知ったから」


「いや、あれを『ちゃんと出来た』って言っていいのか……?」


 ずっと吾妻本人がお化けみたいになって『無理無理無理無理……』って言ってた記憶しかないんだけど。


「うっさいなあ……。いつからそんなに舌が回るようになったわけ?」


「そうでもないだろ。……で、七不思議ってどんなのがあるんだ?」


 実は興味があるのでそう聞いてみると、


「……これ」


 と、自分のスマホをこちらに差し出してくる。


 その画面にはメモ帳機能に長い文字列が踊っていた。


「読み上げてくれればよくない?」


「……読むの、怖いじゃん」


「……吾妻、向いてねえよ」


 おれはあきれ目を作って見てやる。


 文章を読むのも怖いやつが検証なんて出来るはずない。


「む、向いてるかどうかは関係ないでしょ? 才能がないからって諦められるなら元々夢なんか見てないっての」


「いや、これそういう話なのか?」


「そういう話でしょ。あたしの向上心こうじょうしんまないで」


「分かったよ……」


 向上心の話をされるとなんだかこちらが悪いことをした気分になる。


 おれは仕方ないのでスマホを受け取り、その文字列を目で追いかけた。


* * *

①3:53

軽音楽室に置いてあるドラムセットのバスドラムの穴の中に2メートル離れたところからしゃがんだ状態で五円玉を放り投げて入れるとそこに未来の自分の姿が浮かび上がる。

②4:03

事務課しか見えない地点から右を向いて数歩歩いて見えた景色の中に、今後のキーパーソンが浮かび上がる。

③4:22

図書室から1階までの階段を一段ずつ数えた直後、1階から数えながら同じ階段を登ると1段多くなっている。

④4:46

散らかった理科実験室のすみっこに立っている二体の人体模型のうち、古い方にベージュのカーディガンをかけてあげると、大切なものが浮かび上がる。

⑤5:17

売れ残った数本のカルピスウォーター(缶)のうち1本は表示よりも1%濃度が高い

⑥5:45

※不可能?誰もいなくなった食堂の外のテーブルから、西日を手持ち鏡に反射させて積み上がったトレーの一番上に当てると、文字が浮かび上がる。

⑦6つの不思議を時間通りたどった者にだけ浮かび上がる。

* * *


 はあ、これはまたなんというか。


「まず、この数字は何だ?」


「この数字は『時間』だって。例えば①なら、3時53分にそれをしなさいってことみたい」


「ふーん、七不思議の割にどれも夜中とかじゃないんだな。ほら、音楽室で誰もいないのにピアノの音がする、みたいな」


「まあ、夜中の学校なんて誰も入らないから、不思議なことが起こってても発見されないってことなのかもね。本当は何かすごいことが起こってるのかも……? 観測されていない事象はないのと同じ、みたいな?」


「『みたいな?』って言われても」


 なんだそのSFを聞きかじったみたいなへぼい設定は……。


「へぼいって言うなし」


 言ってないし。


「それにしても、浮かび上がるの好きだな……。その割には浮かび上がるで統一されてないけど」


「好き嫌いの問題じゃないでしょ、そういうもんなんだから仕方ないんじゃないの」


「あと、⑤のカルピスウォーターって。七不思議なんだろ? 妙に現代的な……」


「でも武蔵野国際むさしのこくさいってあたしたちが39期でしょ? カルピスってもう100年くらいあるし」


「⑥の『※不可能?』って、いきなりなんで注釈?」


「それは書いた人が入れたんじゃない? もしかしたら季節によっては太陽が沈んじゃってるのかも」


 ああいえばこういう状態の吾妻をじっと見てみる。


「……なに」


 居心地いごこち悪そうに吾妻が身をよじった。


「いや、やけに七不思議の肩を持つな、吾妻」


「いやいや、肩を持つっていうか、そもそも実在するかもよく分からないものにケチつけても仕方なくない?」


「まあ、それもそうか……。……ていうかもうすぐじゃん」


 時計をみると、午後3時40分。最初は3:53だから13分後にやらないといけない。


「じゃあ、行くかあ……」


 おれはそっと立ち上がる。


「え、付き合ってくれんの?」


「なんだよ、自分が誘ったんだろ……? まあ、今日くらいしか出来る日ないし」


「うん、ありがとう……」


 いきなりしおらしくなるなし……。


「あ、その前に職員室に寄っていいか、これ持ってかなきゃ」


 そういいながらおれが日誌を閉じると。


「いや、ちょっと、小沼」


 手首をガッと掴まれる。


「ん……?」


「日誌、ちゃんと全部書いてからにしなよ」


「書いたよ、もう提出するだけだよ」


「嘘だ、『一日の感想』のところ空白だったでしょ?」


 う、見られてたか……!


「ちゃんと書きなって。あとでどんな一日だったかみんなが思い出せないじゃん」


「……なんでそこいきなり厳しいの?」


 青春部部長は学校に関わることには厳しいらしい。


「日誌をかけるのは日直の特権で、高校生の特権だから」


 そのまっすぐな視線にため息がれる。


 どちらかというと吾妻が正しいだろう。


「分かったよ……。なんて書けば良いんだよ、『一日の感想』。おれの感想でいいのか?」


「小沼、日直何回目? 自分の感想でいいんだよ。」


「毎回ここ何書けばいいか分かんないんだよ」


「……『楽しかった』って書いときなよ」


 なぜかぽつりとつぶやかれた言葉に、


「いや、書けって言った割には雑だな」


 おれは突っ込みながらもさらさらと書き殴る。


「よし、これでいいか?」


 おれが日誌を見せると、「へへ」となんだか嬉しそうに笑ってから、


「よし、急ごう。53分になっちゃう」


 とキリッとした顔になるのだった。

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