第1曲目 第2小節目:初めての帰り道
「とはいえ、おれは歌詞が書けない」
「え? でも、私も歌詞書けないよ?」
……なんてこった。
おれは、
『音楽的に』という
すました顔で音楽の話をしながらも、心中では「やべえぞこれは」となっていた。
学校から新小金井駅までの唯一の信号に差し掛かったところで、市川が手を叩いて言う。
「あ、ファミマ寄ってこ。アイス買ってこ!」
「お、おう」
なんだ、意識する心臓が止まらない。BPM90くらいか。……いや、テンポに直すとあんま速くなさそうだな。
ファミマ特有の入場曲(っていうのか?)のあのジングルに迎えられ、弱冷房の店内へと入った。
「歌詞かあ、どうしようかなあ」
歌詞なら書いてたじゃんか、とは少し思ったが、市川が音楽を出来なくなった理由をかんがみたら、むしろ曲よりも歌詞の方が書けないのも納得がいく。
「ねえ、小沼くん、一旦書いてみられない?」
「いやだよ」
即答で断ると、
「あのね、小沼くん。詩を書けない瞬間なんてありえないんだってよ?」
市川が冷凍庫の中のアイスを選びながらも、呆れたような口調で言った。
「は、なんで?」
「『詩を書けない』って内容の詩を書けば良いから」
「はあ」
自分のことを棚に上げてよく言う。
だったら市川が書けば良いだろ、と思うが、それを指摘するのは
「だから、ほら、書いてみよう!
冷凍庫から取り出した、まだ買ってもない棒アイスをマイクみたいにしてこちらに向けてくる。
「あ、あ……」
慌てたおれは、反射的にぱっと出てきた歌詞をつぶやいた。
世界のどの曲よりも聞きこんでいる曲の歌詞を。
『ねえ、自分にしか』
と、そこまで言った瞬間、自分が何を言ってるか気づき、
それは、amaneの曲の冒頭の歌詞だった。
見やると、目の前で市川が顔を真っ赤にしている。
「それは、ダメでしょ......?」
うるんだ目、上目遣いでおれを見る。
「ちょ、ちょっと待て」
汗が吹き出る。暑いっての。
まだ六月なんだけど。店員さん、冷房強くしてもらってもいいですか?
なんて、心の中で悪質なクレームを入れていると、
「あの、お客さま、商品で遊ぶのやめてもらっていいですか? 溶けちゃいますんで」
通りがかった茶髪の若い女性店員(本物)に注意されてしまった。
「「あ、す、すみません......」」
しゅん、とする二人。
すると、店員は軽く片眉をあげて、
「……二人とも、
「「え、あ、はい......」」
うわ、なんか、学校に通報されたりするんだろうか?
目立たずに生きていきたいおれみたいな人間にとっては、恐怖過ぎる。
ビクビクしながら見ると、
「あたしも!」
そう言ってニッコリと笑う店員。
ゆるくパーマをかけているボブカット。大きい瞳に吸い込まれそうになる。
胸元の名札を見ると『
……と、高校生にしては膨らんだそこを見てしまったことに罪悪感を感じてすっと目をそらした。
「ていうか、市川さん、だよね? あたし、4組の
「え? あ、うん、よろしく……。あれ、私のこと知ってるの?」
「知ってるよー、何気に初絡みだけどね! で、そちらの男子は......何組だっけ?」
吾妻さんは、おれのことは知らないらしい。
いやまあ、おれも知らないんだから当たり前か。
「……6組の
「
ニッコリと笑う吾妻。
その、リア充の
吾妻は学校近くのこのファミマでバイトをしているのか。
「なになに、そんなに見なくても! っていうかさ、」
吾妻はそこから少し声をひそめて、いたずらっぽく笑う。
「……お二人って付き合ってるわけじゃないよね?」
「「はあっ!? なんで!?」」
「いや、なんかめっちゃハモってるし」
あはは、と笑われてしまう。
「てかさ、コヌマくん!」
「いや、オヌマ......」
今さっき覚えたって言ってたじゃないですか......。
「オヌマくん!」
「なんですか……」
「さっき言ってた歌詞ってさあ……」
……は? 歌詞?
隣では市川が目を見開いている。
こいつ、もしかして……?
警戒心で身を固くしていると、その後ろを通ったファミマの制服を着たおじさんがコホンと咳払いをした。
「あ、やば。ごめん、あんま話してると怒られちゃうからいくね、その溶けまくりのアイス、ちゃんと買ってってよ?」
そう手を振りながら吾妻はバイトに戻っていく。
市川の手元には、溶けかかったアイス。
「……割り勘にするか?」
「……大丈夫、自分で払う」
おれの提案に、すねたように市川が言った。
アイスを買ってファミマを出る。
市川は、封をあけた瞬間に出てくるクリームをはむっとキャッチするが、横から何滴か白い雫がこぼれていく。
それを指でぬぐう仕草になんだかどきっとしてしまう自分を自分で
「歌詞、さ」
ファミマの前の横断歩道を渡りながら、市川が呟く。
「一回も書いてみなかったの?」
「どういう意味だ?」
おれはそっと首をかしげた。
「だって、曲があって、メロディがあって、インストのつもりで作ってないなら、歌をつけようと思ったわけでしょ? そしたら、歌詞書こうと思うものじゃないのかなって」
「まあ、それは、そうだけど......」
なんだか居心地が悪く、頬をかく。
「書いてみた歌詞、あるなら見せて欲しいなあ」
市川は、そう言いながら、はむっと、最後の一口にかぶりつく。
「まあもちろん、無理にとは言わないけどね?」
そう言って、寂しそうに笑った。
その表情を見て、市川が誰かに歌詞や曲を聞かせてとせがむ気持ちがなんとなくわかる気がした。
「明日」
「ん?」
市川が棒をくわえたまま首をかしげる。
「明日、ノート持ってくるわ」
そう言うと、市川は、アイスを飲み込んで、
「ありがと!」
と、にっこり笑ってくれた。
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