第28小節目:ハイファイメッセージ

* * *

『おまもり』


あなたがたった一言で 世界をひっくり返したあの日

心の底から かっこいいと思ったんだ 


あなたはきっとこれからも この視線を奪い続けていく

おなかの底から かなわないとわらったんだ 



その勇気を分けてもらって

そこから糸をつむいで 縦と横にんだら

ほら 一つ 曲ができたよ



なんの足しにもならないかもしれないけど

きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい

あなたのことが好きだよ

それがどういう意味合いかは内緒だけど


そしたら「なにそれ」って

あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら

ちょっとでも その心があったかくなるのなら

泣くほど嬉しくなるんだ

ねえ それだけで 伝えて良かった



あなたが誰かのために 世界をひっくり返したあの日

心の底から 幸せを願ったんだ



その覚悟を貸してもらって

その言葉をつむいで 大切にんだら

ほら 一つ 歌ができたよ



なんの役にも立たないかもしれないけど

きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい

あなたのことが好きだよ

それがどういう意味合いかは内緒だけど


そしたら「なにそれ」って

あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら

ちょっとでも その心が前を向いてくれるなら

あの人だって同じはずだよ

ほら それだけで 伝えて良かった




苦しいときは歌って

それが いつもみたいな笑顔の力になるなら

ちょっとでも その心があったかくなるのなら

泣くほど嬉しくなるんだ

ねえ 好きになれて 本当に良かった


長くなってごめんね

ありったけの思いと ありったけのいのりを み込んで

おまもり 作ったから


もしよかったら

この歌だけ あなたのそばにおいてね


この歌だけでも あなたのそばにおいてね

* * *


「なるほど……!」


 聴き終えて、小さく拍手が起こる。


 平良たいらちゃんのしてくれたミキシングは、各楽器の音像おんぞうがすごくはっきりしていて、非常に聴きやすくなっていた。


「素敵だね、つばめ」


「そうでしょうか!」


 師匠ししょうに褒められて、ぱぁっとその顔が明るくなる。


「聴きやすくなってて良かったと思う」


「うん、良かった! ミキシングですごく変わるものなんだね!」


 沙子さこ市川いちかわも嬉しそうにうなずいていた。


「ありがとう、平良ちゃん」


「いえいえ、お役に立てたなら何よりなのですっ!」


 おれがお礼を言うと、満点の小動物的な笑みをこちらに向けてくれる。


 と、同時に、ふと思いついたことがあった。


「これ、手紙を読んでるみたいなニュアンスにしたいんだけど、どうしたらいいんだろう?」


「手紙、ですか……?」


「うん」


 平良ちゃんのおかげで、歌がちゃんと前に出て聴こえるようになり、それにつれて、歌詞が随分ずいぶんと聞き取りやすくなった。


 改めて聴いてみて、すごい歌詞だと思う。すごい覚悟だと思う。


 ……『思う』だなんて他人事ひとごとにしてはいけないことだと、思う。


 この歌詞にふさわしい演出ってなんなんだろうか。


 そんなことをプリプロを始めてから、頭のどこかでずっと考えていた。


 音源のクオリティが低い時は、演出というところまで至らず、つまりスタートラインに立つことすら出来ていなかったため、思い至らなかったが、こうして音源のクオリティが上がったことで、やっと気づけた。


 それが、『この曲は手紙だ』ということだった。


「ボーカルを、手紙を読んでいるみたいにしたい」


「私、歌、録り直す?」


 市川が首をかしげる。


「いや、微妙にそうじゃなくて……、なんていうんだろう……」


 市川の歌い方には、もう既に『手紙』のニュアンスがしっかり入っていると思う。だからこそ、おれも思い当たったわけだ。


 だから、歌自体じゃないと思うんだけど……。


 とはいえ、相変わらず漠然ばくぜんとした言い方しか出来なくて歯痒はがゆい。

 

 amaneのメンバーたちが汲み取ろうと耳をかけてくれる中、


「そんなの、ショートディレイをかければいいじゃない」


 広末があきれたように口に出す。


「ショートディレイ?」


「ええ。……もしかして、知らないの?」


「ああ、うん……」


「……そう、その程度」


 広末は何故か寂しそうにため息をついてから、話を続ける。


「普通のディレイって何度も反復させるものだけど、それを1度だけにして、反射の距離を……いえ、聴かせた方が早いわね、ツバメ、ちょっと借りれるかしら?」


「あ、うん……!」


 珍しくタメ口になった平良ちゃんがパソコンを明け渡す。


 ……いや、珍しくって言うか、初めてじゃない?


 おれは内心でちょっとテンションが上がっていたのだが、なんとなく雰囲気的にそれを表に出すのもはばかられて大人しくしておく。いや、タメ口の平良ちゃん、レアだ……。


 そうしている間にも広末はヘッドフォンを耳にかけて、真剣な顔でパチパチとPCに何かを打ち込んだり調整したりする。


「まあ、ラフだけど出来たわ」


 数分経つと、広末はヘッドフォンを外して、


「こんな感じよ」


 サビの1フレーズを再生してくれる。


「なるほど……!」


 歌い方はそのまま、ポツポツと、語りかけるようなニュアンスが加わっていた。


「ドラマや映画の回想シーンとかモノローグとかでかかるエフェクトと似たようなものね。こうすることによって、やや内省的な雰囲気になるわ」


「へえー……! やっぱり、広末ってすごいな……!」


「……べ、別に、当然よ、こんなの! あ、あなたこそ宅録家なら、これぐらいのことは身に付けなさいよ!」


 リアルに「ふんっ!」とか口にしながらそっぽを向く広末。それを見て吾妻が微笑ましそうに「なんだ、やっぱり……」とかつぶやいてる。なに、やっぱりって。


「……ん、でも、これはちょっと暗すぎるかも」


 沙子が口にする。


「暗い?」


「うん、たしかに内省的な感じっていうのは出てると思うんだけど、ちょっと後悔みたいなニュアンスが出ちゃってる気がする。この女は光属性だから、そういう闇属性みたいなのはちょっと」


「私、それ褒められてる?」


「別に褒めてもけなしてもない」


「ふーん……?」


 に落ちなさそうな市川の脇で、平良ちゃんの頭上の電球がく。


「あ、そしたら……!」


 平良ちゃんが立ち上がり、スタジオの外にあるロック部の倉庫をガチャガチャとひっくり返しはじめた。


「どうしたー?」


「少々お待ちくださいっ!」


「何をするつもりかしら……?」


 広末が興味ありげに背伸びをしてそちらを見る。


 ややあって、平良ちゃんが戻ってきた。


「こちらを先日、部室で見つけたのですっ!」


 その手には、古ぼけたラジカセコンポ。古いアメリカ映画とかでたまに見るようなやつだ。


「それをどうするの?」


「はい、えっとですね……。あれ、これ、どうやって……」


「こうすればいいんじゃないの」


 古い音響機器に詳しい沙子が横に座って、何かを指南している。


「出来ました! はいっ! 天音部長、こちらに喋って欲しいです!」


「歌い直すってこと?」


 首をかしげる市川と、興奮気味の平良ちゃん。



「いえ、そうではなく、喋って欲しいのです!」

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