第27小節目:Yellow

 結局、答えが出ないまま、放課後がやってきた。


 ロック部のスタジオには、現状、amaneの4人だけ。


 おれは平良たいらちゃんが来た時にスムーズに音源を流せるようにスピーカーの設定をしながら、背中で妙な空気を感じていた。


 今朝の話をどう捉えれば良いのか、きっとそれぞれが考えて、それぞれがなんとなく分からないままなのだろう。


「ねえ、あのさ」


 そんな雰囲気の中、市川が口火を切る。


「今朝の亜衣里あいりさんの話って、どうしたらいいんだろうね……?」


「そうなあ……」


 誤魔化ごまかしきれないと思ったのか、じれったく思ったのか、それともただ単に素直な性分しょうぶんゆえか。


 いずれにせよ、彼女の一言で、おれたちは、やっとバンド全体で向き合うことになる。

 

「有名になれることは、きっと青春せいしゅんリベリオンのあたしたちの審査にも良い方に作用するんだよ」


 ふう、と小さなため息をついてから、吾妻あずまねえさんが整理を始めてくれた。


「どうして」


あおリベってね、音源を送って、事務局での一次審査を通過したら、二次審査は一般投票……つまり、サイトに音源をあげて『人気投票』されるの」


「そうだったかもな……」


 そういえば、青春リベリオンのポスターにそんなことが書いてあった気がする。


「ていうか、一次審査っていうのは、実は大した審査じゃなくてね。音源として最低限のクオリティさえたもてていれば、基本的には通過するみたいなんだ。単純な足切りって感じ。だから、実質的な一次審査は、その一般投票ってわけ」


「なるほど……。で、IRIAイリアはそこで得票するだろう、と」


「そういうこと。そんで、まあ、同じメンバーが半分在籍してるバンドがあるって分かったら、まあ、何もないよりは、『聴いてみるか』って感じにもなるでしょ?」


「それは、そうかもしれないな……」


 ドラムとベースが一緒だということがどれくらい作用するかは分からないが、それにしても、無いよりはいいのはたしかだろう。


 おれたちの場合、市川天音amaneがいるものの……。


「シンガーソングライターamaneの曲はやらないし、そもそも、今現在のamaneの認知度なんてほぼないようなものだもんねえ」


 おれの脳裏をよぎった、微妙に言いづらいことを市川本人が言ってくれた。


 ロックオンや先日のようなライブを重ねても、ほとんど誰にもそういう意味では声をかけられたりはしていないことからしても、認知度はそこまでではないのだ。


 一般投票に大きく作用すると言うこともないだろう。


「まあ、だから、受けるって言うのも、良いとは思うんだ。なりふり構ってられないところもあるし。だから、あとは……」


 吾妻は苦笑い気味に、吐き出した。


「気持ちの問題、かな」


「だよなあ……」


 んー……と、天井てんじょうを4人で見上げたその時。


「すみませんすみません! 遅くなってしまいました!」


 平良ちゃんが汗をかきながらぜえぜえとスタジオに飛び込んできた。


「そしてそして、重ね重ねすみません! 亜衣里あいりさんが来ちゃいました!」


「来ちゃいましたとはご挨拶あいさつね……」


 後ろからスタジオに入ってきた金髪の一年が、やっぱり妙に形式ばった喋り方でつぶやいた。


「やっぱり来たんだ……」


「行くって言ったじゃない」


「そうなあ……」


 そして、ロック部のスタジオでは、amane feat. 平良つばめ & AIRIが結成された。ラッパー集団みたいになってきたな。いや結成されてないし。


「何しにきたの、この子。タクトのことがそんなに好きなの」


「いや、沙子のこともだろ……」


「自分のことを好きなのは否定しないんだね?」


 市川が頬を膨らませて脇腹をつついてくる。いや、そういうことじゃなくて、言葉のあやですというかわざわざ否定するまでもないくらい当然のことだと思っているだけですでもすみません。


「改めて、頼みに来たの……だわ、です」


 沙子の顔色を窺って、広末がややこしい敬語で話す。


「なんせ、これからレコーディングしないといけないとすると、時間がないのよ」


「あー、ちょっとタンマ」


 吾妻が片手で頭を押さえながら割って入る。


「あなたが、うちの小沼とさこはすをスカウトしたいのは分かった。でも、その話は、あたしたちの中でもちゃんと考えておきたいから、ひとまず今日の本題を先に進めさせてもらってもいい? 今日と、多分昨日も、あたしたち、あなたにペースを乱されっぱなしで大事なことが進められてなくて」


「……そうね、ごめんなさい」


 意外と素直に広末は謝る。


「もちろん、構わないわ。ツバメのやったミキシングを聞くんでしょう? ウチ、それも聴きに来たのよ」


「はあ、なんで……?」


 吾妻がおれの方を見てくる。


「いや、おれに聞かれても……」


 おれの担当じゃないから……。


「ではでは、流させていただきますね……!」


 平良ちゃんはきっとここにいたるまでに何度も押し問答もんどうがあったのだろう。もはや広末がいることの是非ぜひを完全に無視して、持ってきたパソコンを広げて、セッティングしておいたスピーカーにつなぐ。


「それでは……!」


 その小さな指がボタンを押して、音楽が始まった。〔以下削除〕

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