第26小節目:ガロン

『なんだか、あなたは、さっきから断る理由を探してるように見えるわ』

『どうして、青春リベリオンに出たいの?』


 昼休みになってもなお、今朝の広末ひろすえからの問いかけが頭の中をずっとぐるぐる回っていた。


 青春リベリオンに出たい理由は……なんだっけ?


 ……そうだ。


『……あのね、私、amaneを最強のバンドにしたいんだ』

『まあ、最強って曖昧あいまいだし、本当は音楽って優劣をつけるようなものでもないと思うし、矛盾むじゅんだらけなんだけどね』

『……だけどね、だからこそ、青春リベリオンは高校生最強バンドを選ぶコンテストなら、少なくともそのグランプリを取らないと、『最強』とは名乗れないでしょ?』


 先日のライブに向けて市川いちかわ邸に泊まった時に話し合ったのを思い出す。


 そうだった、そうだった。


 それに照らし合わせてみれば、最終的に戦う相手になってしまうIRIAに手を貸すことは出来ないはずだ。


 ……いや、『そうだった』ってなんだ?


 思い出そうとしないと思い出せないような理由は、本当に理由なのか? 動機なのか? 目標なのか?


 それは、もしかして、市川の願いであり、おれの願いじゃないってことなんじゃないのか?


 ……受けるのも、断るのも、どこか違和感がある。この正体は、なんだ?


「んー……」


 ……だめだ。教室じゃ集中して考えられない。


 なんか視界の端から心配してくれている視線を感じるし、腹が減っては戦も出来ないし。


 もちろん、彼女の心配はありがたい。


 ただ、今、市川と話をしたら、なんとなく、市川のしたいことと自分のしたいことを混同してしまいそうで、それが怖い。


 ……とりあえず、教室を出て、売店によりつつ、どこか別の場所を探してみよう。


 集中できないことを環境や腹の具合のせいにするという、ザ・だめな人のムーブをかますべく立ち上がり、教室を出ようとすると。


「タクトさん」


 なぜかおれのクラスのドアのところから顔だけ出した金髪一年生がちょいちょいと手招きしてくる。


広末ひろすえ……?」


「ちょっといいかしら?」


「はあ……」


 なに、いつの間におれはこんなになつかれてんの?


 ……いや、今気にするべきはそこじゃない。


 背後から刺さるような視線を感じて窓際の席を振り返ると。


「ふーん…………」


 やばい、めちゃくちゃむすーってしてる……。


「ねえ、タクトさんってば」


「いや、なんだよ……おれ、忙しいんだけど」


 ていうか心がお亡くなりになりそうなんだけど。


「朝は話途中でごめんなさい」


「お、おお……別に良いよ。それじゃ」


 いきなり謝られて意味不明だが、謝罪しゃざいに来ただけならそれを受け取るのは時間もかからないので問題ない。


 軽く相槌あいづちだけを返しておれは教室を出て、広末がいるのと逆方面に曲がって廊下を進んだ。


 ……なのに。


「ねえ、どこいくのよ?」


 後ろから付いてくる。


 なに、本当にいつなつかれたの?


「どこだっていいだろ、人のいないところだよ」


 そうだ、このまま神野じんのさんのベンチの方に行こうか。でも、神野さんの邪魔になるか……?


「人のいないところにウチと一緒に行ってどうするのよ?」


「広末と一緒に行ってるつもりはない」


「ウチはついていくわよ?」


「そうなあ……」


 2階の渡り廊下を渡り切ったあたり、事務室の前で肩を落として、振り返る。


 広末とのやりとりを完結させてからじゃないと考えごともさせてもらいそうにない。


「おれに何か用ですか……?」


「何か用ですか、じゃないわよ。今朝のこと、調べてきたの。同じ人が複数バンドでエントリー出来るかって」


「へえ、それで?」


「全員が同じメンバーじゃなければ問題ないそうよ」


「そっか」


 意外とくりっとしたアーモンドの瞳をこちらに向けて、こくりとうなずいた。なんで顔出ししないでやってんだろう。


「それで、返事は?」


 淡白な反応をじれったく感じたのか、眉間にしわを寄せる。


「あー……それを考えるために、ちょっとどこかに行きたいんだ」


「へえ? 前向きじゃない」


「いや、そうじゃなくて……」


 そうじゃないのかどうかもよく分からないんだけど。


 おれの方こそ、今日初めて話した後輩になんでこんな脳をかき乱されてるんだか。


「ふーん? それで、その……」


 おれが自分に呆れていると、広末が謎にもじもじし始める。


「ん?」


「その……ベースの人の意見も合わせて聞かせて欲しいのよ」


「もしかして、自分で聞きに行くのが怖いのか?」


 年相応の動作になんとなく可愛げを感じてからかうと、


「そ、そそ、そんなことはないけど……!」


 まんまと動じる広末亜衣里。


「そうか? まあ、怖いなら聞いておいてやるよ」


「こ、怖くないって言ってるでしょっ!? そんなに言うなら、じゃあ、次のタクトさんたちが集まるところに行かせてもらうわ! 次は、いつかしら?」


「次は……」


『もしよろしければ、自分にこちらの音源を預けていただけませんか? 3日……いや、2日で構いませんので』


「今日の放課後だな。平良ちゃんのしてくれたミキシングを聞くから」


「ああ、あれね」


 平良ちゃん大丈夫かな、昨日は広末こいつに邪魔されただろうし……。あとでちょっと連絡しとこ。


「じゃあ、今日の放課後のミキシングを聴くミーティング?に参加させてもらうわ。それで良いわね?」


「だめだけど……」


「はぇっ!?」


 なんだそのリアクション。


「なんで広末が参加するんだよ」


 広末のせいでちょっと空気悪いんだからこれ以上かき混ぜないで欲しい……。


「ほら、ウチ、ミキシング、プロ級だし……!」


「いや、だからって……。暇なの?」


「ひっ、ひまじゃないわよっ! とにかく、行くから! ロック部の部室でしょ!? そこでベーシスト先輩にも会うわ! それじゃ!」


「いや、来なくて良いから……!」


「いえ、会いにいくわ! 首を洗って待ってなさい!」


 おれを指差して鼻を鳴らし、立ち去っていく広末。


 いやあ、それにしても。


「広末ってなんであんな話し方なんだろう……?」

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