第29小節目:こいのうた

 目を爛々らんらんと輝かせた平良たいらちゃんはラジカセにマイクを繋げて、市川いちかわの前に立てた。


 平良ちゃんのアイデアは、


「あのですね、サビの要所要所で、天音部長に歌と同じタイミングで歌詞を『喋って』いただきたいのです! 亜衣里あいりさんにやっていただいたショートディレイですが、これって結局、ほぼ同時に声が一回だけ反響するから、こもった場所にいるように聞こえるということなのですよね? その結果、内省的な雰囲気になると。それが暗いと言うのでしたら、一回だけの反響の音を、歌ではなく、お話ししているような声を重ねたら面白いんじゃないかと思うのです! それも、カセットテープに入れたら、なんだかなまっぽくなりそうかなと!」


 というものだった。


「ほお……?」


 おれの想像の範疇はんちゅうを超えていたが、力説する平良ちゃんを見ていると少なくとも興味は湧いてくる。


 さっきまで残念そうな顔をしていた広末も、「へえ……!」と瞳を見開いていた。


「物は試し、だね! なんか面白そう!」


「そうだね。じゃ、うちらは外に出よっか」





 ということで、録音の邪魔になるおれたちは、スタジオの外の小部屋に退散していた。


 スタジオには二重になった窓ガラスがついており、中が見える。


 ラジオの『収録ブース』と『ディレクターさんとかがいるブース』を想像してみていただいたらだいたいそんな感じだ。このスタジオは、元々放送室だったみたいだし。


 ブースの中、市川はヘッドフォンをして、「あー、あー」と発声を慣らしている。


「天音、ヘッドフォン似合う……ぐうかわ……!」


 ……そう、それな。なんだ、ヘッドフォンする女子が可愛く見えるのは、おれが宅録家だからだろうか?


「つーか、あれ、どういう仕組みになってるの」


「ああ、えーっと……」


 沙子の質問に答える。


 市川にパソコンからの音を聞かせて、そのトラックに合わせて該当箇所を歌ってもらい、カセットに録音。その次に、カセットから有線でパソコンに録音して、そのデータをパソコン上で重ねる。ということになる。


「とにかく、カセットに歌った音源がパソコンに入るってことね」


「そう、それだけ分かってれば大丈夫」


「分かった」


 沙子はこくりとうなずく。


「それにしても、からのカセットも、ラジカセとつなげるケーブルもよくあったわね。昭和の遺産だわ」


「たしかに。よく捨てられなかったね」


「そうなあ……」


 広末と沙子さこが感心した風に言うので、おれは応じる。


 うちの高校も40周年を超えているから、きっと昔買ったものが、壊れてもいないので、捨てる理由もなく引き継がれてきたのだろう。


 スマホもICレコーダーもなかった時代は、これで自分たちの演奏を録音していたのかもしれない。


 今ならビンテージになってるような、当時は新品のギターを持って、みんなでラジカセを囲んで、自作曲を吹き込んだりしていたのだろう。


 自分で作った曲を初めて人に聴かせる気恥ずかしさや、「みんなで演奏してみようよ」と言ってもらって嬉しい気持ちとか、そういう瞬間ごと、カセットに録音していたのだろうと思う。


 なんだか、その様子をセピア色で想像しながら、今マイクに向かう市川と、嬉々としてラジカセの操作をする平良ちゃんを見ていると、なんとなく感じるものがあった。


「青春は引き継がれてるんだねえ……」


 吾妻も同じようなことを思っているみたいで、嬉しそうに微笑んでいる。


「青春……」


 広末は、ほけーっと口を開けてブースの中を見ていた。


「ねえ、広末さん」


「何?」


 吾妻は、姉みたいに微笑んで、広末を呼んで、


「あなた、本当は青春に憧れてるんでしょ?」


「はあ……?」


 突然そんなことを言い始めた。


「な、何を、知った風な口を……!?」


「知った風っていうか、知ってるんだ。その思考回路なら分かるよ。あたしも一緒だから」


 どういうことだ……?


「漫画とか小説読んで、アニメ観て、こんな青春が送れるかもって思って日本にきたんでしょ?」


「……はぁ!?」


 図星ずぼしだったのか、目を白黒とさせている広末。


 ……でも、それでやっと合点がてんが行く。


 おれはずっと、その喋り方が気になっていたのだ。


『ちょっといいかしら?』

『別に今のバンドを辞めてって言ってるわけじゃないわ』

からのカセットも、ラジカセとつなげるケーブルもよくあったわね』


 ……そんな語尾を本当に使う女子に現実であったことがない。


 多少ふざけてというか、かしこまったフリをしてそんな言葉を使う人はいたが、それを常用している人なんか、マンガか小説の中にしかいない。


 どうしてこういう喋り方なんだろうとは思ってた。


 そして、その答えがそれだ。


 ……広末亜衣里は、マンガや小説で日本語を習得したってことだったのか。


 時々、やけに難しい言葉を使ったりもするのも、その一つだろう。


「でも、思ったような青春は存在しなくて、悔しくて諦めていた中、自分が専門にしている宅録を自分と同じ熱量でやっている人を見つけた。それが、嬉しかったんでしょ」


「そんな、わけ、ないじゃない……!」


 その否定の言葉はどう見ても肯定の意味を持っていて。


「ねえ、日本で、うちの高校で何があったの?」


「……何もないわよ」


 広末は、歯噛みをして、睨んでくる。





「……何も、なかったのよ」

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