第1曲目 第25小節目:ロック部のスタジオ

 放課後。


 今日はもはやなんの約束もないのだが、なんとなくスキル《ステルス》を発揮していると、ソッコーでそれを打ち破る猛者もさがあらわれた。


「たくとくん! 今日ひまー?」


 言わずもがな、英里奈さんだ。


 猛者っていうか、まあ普通に声をかけてくれただけですよね。


「え、いや、まあ、ひ、ひまだけど......」


 それに対してどうでしょう、たくとくんのこの動揺具合。


 いや、《ステルス》解除は一瞬じゃ出来ないのですよ。

 

「えーそしたらさぁ、一緒に帰ろーよぉ」


 いや、とはいえ。


「え、いや、英里奈さん部活あるんじゃ......?」


「だから、部活のあとだよぉ」


「部活のあと? おれ、帰宅部なんだけど......」


「えぇー?」


 英里奈さんが不満げに息を漏らす。


 えりな困るー、みたいな顔してるけど、用事ないのに待たされるとかおれの方が困るから。


「英里奈ちゃん、ごめん、拓人くんはバンドの活動があるから、今日は暇じゃないんだ」


 横から珍しく不機嫌そうな声がした。


 そちらを向いてみると、声の主は、市川だ。


 ちょっとだけ眉間にしわを寄せて、腰に手をあてている。


 ってか今なんて......?


「え、でもたくとくんはヒマって言ってたよぉ?」


 英里奈さんが小首をかしげた。


 なんだか腹黒キャラ的な言動ではあるが、本当にたくとくんは暇って言ったからこれは純粋な疑問だ。英里奈さん間違ってない。


 だって、おれも今日の練習なんて一言も聞いてないし。


 沙子も今日は部活だろ。


「何かにうつつを抜かして忘れてたんじゃないかな。ね、拓人くん?」


 ニコッと笑った市川の頭にイライラマークが見えるよ......。


 こういう表現力のある人の皮肉とかって本当に怖いんだよなあ。


 で、なんで市川さんはおれのことを下の名前で呼ぶんすか、もっと上機嫌なバージョンで聞きたかったっす......。


「はい、活動、あります......」


 覚えてないけど......。


「ふぅーん......? そっか、ま、じゃあ、明日でもいいやぁ。たくとくん、約束ね!」


 そう言って、パタパタっと英里奈さんは教室を飛び出していった。


 教室には、おれと市川の二人になった。


「英里奈ちゃんと随分仲良くなったんだねぇ」


 ため息交じりに市川が言う。


「仲良くなったって言うか......」


「つきまとわれてるだけ、って?」


 しらーっとした目で見られる。


 そんなにモテてるとでも言いたいの? とでも言いたげだ。(ややこしい)


「いや別に、そんなこと言うつもりはないけどだな......」


「歯切れ悪いなあ」


 はあ......とため息をついてから、


「ねえ、小沼くん」


 といいながら、ずいっと顔を近づけてくる。


 近い近い、てか小沼くん呼びに戻ってしまっている。


「鈍感とか無自覚は、全然、良いことじゃないからね」


「はい......?」


「もう、そういうとこだよ」


 本当に何を言われているのか全然わからん。


「まあいいや、そこは私はノータッチってことで......」


 そんな風に呟いてから、いつの間にか持って来ていたらしいアコギのケースを背負った。


「それじゃ、練習行こっか」


「ん?」


「暇なんでしょ? 拓人くん」


 あ、戻った。


「英里奈ちゃんに嘘つくわけにいかないから、ほんとにしなきゃ。ね?」




 ということで、市川に連れられて、学校の中のスタジオに来た。


 初めてのロック部のスタジオだ。


「今日、予約しといたんだ! みんな部活でいなくて空いてたから」


「そうなんだ」


 ロック部のスタジオは、職員室のすごく近くにある。


 スタジオの扉の上には『放送室』と書いてある。


 どうやら、放送室として作られた多少防音機能のある部屋をスタジオとして使っていると言うことらしい。


 武蔵野国際には、放送部も、放送委員会もない。


 教師の校内放送は職員室から出来るようになっているんだろうから、放送室なんてはじめからいらなかったのだろう。


 ドアを開けると、3畳くらいの何用かよくわからないスペースがあり、そこには誰かの楽器やら、カバンやらが放られていた。


 その先にしっかりとした防音扉があり、中にはドラムとかギターアンプとかベースアンプとかキーボードとかスピーカーとか、いわゆる音楽スタジオ設備が整っていた。


「これ、無料なのか......」


「そりゃそうでしょ、学校なんだから」


「これだけあれば、曲が作り放題だな......」


 正直、感心した。


 ロック部員の技量的にも、ほとんどが兼部だという現状からも、スタジオもあまり力を入れられている場所だとは思っていなかったから。


「よし、それじゃ、やろっか」


 スタジオ部分に入りながら、市川が言う。


 アコギをケースから出す。


 おれは、スティックを取り出して、ドラムの前に座る。


「じゃあ、二人で合わせてみよー」


 そう言って、市川がアコギを爪弾き始める。


 何度聞いても、変な感慨があるなあ、と思いながら聞いていると。


「ん?」


 つい声が出てしまう。


 歌詞とメロディの合わせ方が、前回合わせた時と少し変わっているのだ。


 おれが声を出したのに気づいて、市川が演奏をとめた。


「小沼くん、どうしたの?」

「いや、そこのメロディ、変えた?」


「え、変わってた?」


「ちょっと変わってた、かな。そのつもりでやってるならそれでいいんだけど」


 そう前置きをしておれは、


「前はこうだったろ。『目覚まし時計に追いかけられて家を出た 革靴は足にひっかけたまんま』」


 そう言って、冒頭を少し歌った。


「違い、わかるか?」


 おれの歌唱力じゃ、違いを表現できているか怪しいもんだ。


 そう思って市川を見ていると、市川がぼけーっとしている。


「......? おい、聞いてるか?」


「ん、え?」


「いや、どうしたんだよ、市川......。もう一回歌うか?」


「あ、うん、お願い。もう一回歌って」


「? おう......」


 こほん、と咳払いをして、もう一度歌う。


「いいか? 『目覚まし時計に追いかけられて家を出た 革靴は足にひっかけたまんま』」


「そのまま」


「......?」


「つづけて」


 やけに真剣な眼差しで市川が促すから、そのまま1番のサビまで歌い切る。


 すると、市川が言う。


「小沼くん、歌、すごくいい」


「え?」

「小沼くん! 歌、すごくいいよ!」


 だんだんとテンションが上がり、瞳のキラキラが増していく。


「そう、か?」


「うん! そんなに良いのに、なんでこれまで黙ってたの! 音源も歌のメロディはピアノで打ち込んでるし!」


「お、おう」


 照れ臭さ以上に、今まで思いもしなかったことを言われて、驚く。


「もったいない!」


 そして、定番の、市川さんめちゃくちゃ顔が近い。


「別に、そんなことないだろ。おれ、自分で歌ったの録音して聞いて、それ以来気持ち悪くて録音できてないんだから」


「自分の声は最初そういうものだから!」


 市川は、なんだか嬉しそうな反面、少し寂しそうな顔をしている。


「そっか、そうなんだ、小沼くんが歌えるなら......私って......」


 そんなことを小さく呟いてから。


「悔しいなぁ」

 

 市川は、笑顔で、だけど、少し苦しそうに、そう言ったのだ。

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