1.5曲目
第50.1節目:Sugar!!
「小沼くん、勉強会行こう!」
「……は?」
ホームルームが終わって帰る準備をしていると、市川がおれの席まで来てそう言った。
「いや、勉強会、今日は多分ないと思うけど」
名だたるリア充のみなさんも、さすがにあれだけ色々あった翌日に集まって勉強に集中できるほどメンタル強くはないんじゃないでしょうか……?
英里奈さんももう教室からいなくなってるし。
「え? あ、そうなの、かな?」
市川が小首をかしげる。
いや、その仕草自体はたいそう可愛くて結構なんだが。
「市川、本当にまったく何にも見えてなかったし聞こえてなかったんだな……」
「あははー……ごめんね?」
「まあ、仕方ないけど……」
おれは少しあきれて息をついた。
「でも、小沼くんが赤点取るのは絶対阻止しないと! ロックオンに出られなくなっちゃう!」
「そうなあ……」
数学についていえば、おれは昨日結構上手く
まあ、市川はそれも見てないんだからどうしようもない、か。ちょっとした見せ場だったんだけどな。
「……わかったよ。英語でもやるわ」
ふう、と軽く息をつきながらおれが言うと、
「うんっ!!」
と笑顔を輝かせて市川がうなずいた。
おれたちは、売店でペットボトルのお茶を買ってから、図書室に移動した。
図書室は、グループ学習室以外に、8人がけくらいの大きなテーブルや、1人用の自習スペースがある。
1人用の自習スペースは大人気で、もうほとんど埋まってしまっているが、その代わり、8人がけテーブルが結構空いていた。
みんなで勉強会をするようなやつらは教室とかグループ学習室を使うし、1人で自習するやつは1人用のスペースを使うってことなんだろう。
おれと市川は奥の方にある、誰も座っていない8人がけテーブルの端っこに、向かい合ってそっと腰を下ろした。
こう言う時って、向かい合うもんなんだなあ……。隣に座るのかと思ってた。
ん、つ、つつ付き合ってたら隣とかに座るものなのか? 向かい合うっていうのは、どういう関係性の相手との距離感……?
市川は人との距離感おかしいっぽい時あるからなあ……校内を男女2人で歩くのも全然気にしないし、基本的にちょっと近いし、ほのかに良い匂いするし……。
まあ、おれに経験則がないから、市川が正しいのかもわかんないけど……。
などと
おれも、遅れをとりながらも英語の教科書とノートと、さっき買って来たお茶を机の上に置く。
市川いわく、図書室は基本的には飲食禁止であるものの、ペットボトルの飲み物だけは持ち込んで、飲むことが出来るらしい。
沙子がよく飲んでいる牛乳パックのジャスミン茶(100円)みたいなやつとか、吾妻が好きそうな缶はダメだと言っていた。フタができないから。
今日もまた校内リア充知識を得てしまったぜ。
市川はせっかく買ってきたペットボトルを出さずに、カバンに入れっぱなしにしているみたいだった。
「よし、じゃあやりますか」
市川が小声でそう言って、腕まくりをする。
「小沼くん、何か分からないとことかあったら聞いてね」
「それを市川が言う?」
昨日、自分がどれだけ周囲の質問を無視していたと思ってるんだか……。
「amane様、どうせ聞こえないじゃないですか……」
しらーっとした目で市川の顔を見ると、
「うるさいなあ、もう」
とすねて唇をとがらせた。
いやいや、悪いのはこっちじゃないだろ。
「はいはい、じゃあ自分の世界に入りますよーだ」
子供っぽくそう言って、市川はペンを走らせた。
なんか、最近市川さん、2人の時にたまにこういう
その時、ふと一つの疑問が生じる。
どれくらいで市川はマイワールドに入ってしまうんだろうか?
なんか、こう、瞳から光が失われるとか、髪の毛が逆立つとか、そういうおれの奥底に眠りし中二病
……それにしても。
こう、正面からじっと見てると、やっぱり市川はものすごく端正な顔立ちをしているんだなあと改めて思わされる。
さらさらの黒髪、大きいけれどシュッとした瞳、小さめの鼻と唇。
英里奈さんみたいにお人形さんみたい、というのは違うし、吾妻みたいな柔らかい印象とも違うし、沙子みたいなつり目がちなキレイ系、みたいなのとも違う。
なんだろう、凛とした小動物みたいな……?
うーん、形容が難しい。azuma様の力を借りたい。
そんなことを無心で考えていると、市川が顔を上げる。
じろーっとこちらを見て、
「……なんで、そんなに見てるのかな」
と頬を染めながら言う。
「あ、あ、いや、えっと」
しどろもどろになる。
やばい! たしかに、今、おれ、めっちゃ見てた!
「す、すまん。なんか、市川はいつ集中モード入るのかなって思って、見てたら、余計なことまで……」
いやいや、余計なことって言葉が余計だわ! おい、小沼! しっかりしろ!
「……そんなに見られてたらさすがに集中出来ないってば」
「お、そ、そうだよな。すまん……」
顔を少し伏せる。耳が熱い。
誤魔化すみたいにおれは右前に置いてあったお茶のペットボトルを開けて、ごくごくと半分くらい飲んだ。
市川は、こほん、と咳払いをして、ペンを走らせる。
おれも、ペンを持って、全然入ってこない英文を黙読し始めた。
30分くらいが経っただろうか。
なんとか集中力を持ち直して、おれは英語の穴埋め問題を解いていた。
チラッと見やると、市川もすっかりマイワールドに入り込んでいるみたいで、ものすごい速さで数式めいたものを書いている。
少し経って、市川がペンを置いて、ふう、と息をついた。
そして、何気ない仕草で、おれの
キャップを外し、口をつけた。
「え、あ、市川……」
えっと、それ、おれのお茶なんだけど……!
市川の喉がごくごくと鳴る音が妙に
「ん?」
口元をぬぐいながら、市川がこちらを見て首を傾げる。
「えっと、あの、それ……」
おれは口をパクパクさせながら、市川が左手に持っているペットボトルを指差す。
つまり、えっと、かかかかか間接キスなんですけど、こ、こここれは、おれが意識をしすぎているのでございます?
指摘しようもんなら、『小沼くんって怖いね……』とか言われるやつでございまするか?
空想上のサムライみたいな言語で思考が頭を駆け巡って、次の言葉が出てこない。
そんな時間が、1、2、3秒くらいあって、ゆっくりと、市川が自分の持っているペットボトルに視線を移し……
「うにゃ!?」
抜けの良い大声が図書室に響き渡った。
「わ、私のお茶、は、カバンの中にある、から、あ、これ、小沼くんのだね!? ごめんね! 飲んじゃって! えっと、私のちょっと飲みますか!?」
目をぐるぐる回しながら、市川がカバンからお茶を出しておれの方に差し出す。
「え、いや、大丈夫だし? おれ全然気にしてねえし?」
ってか、いやいやいやいや、それおれが飲んだら同じ
2人して顔を真っ赤にしてテンパっていると、
「仲良いのは結構ですが、そういうことは図書室の外でやってくださいね?」
と、頬を引きつらせた司書の先生に注意された。
「「すみません!!」」
もう一度2人で大きな声を出してしまい。
当然、おれたちはその日は図書室から追い出されてしまったのだった。
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