第2曲目 第36小節目:センチメンタル

「ただいまー」


 家に無事帰りつき、市川部長の言った『家に帰るまでが合宿です!』という意味においても、長い長い合宿も終わりを迎えた。(本当に長かったですね)


「あ、たっくん、おかえりー。おみやげは?」


 リビングで、ゆずがはむはむとカルピスアイスバーをかじりながら迎えてくれる。


「ただいま。夕飯の前にアイス食うな。おみやげは忘れた。っていうか元々買うつもりがなかった」


「なんで!? 健気けなげに兄を帰りを待っていた妹におみやげがないことある!?」


「いや、別に待ってないだろ……」


「待ってたもん! 何買って来てくれるのかなーって何回も考えてたもん!」


 ぷうーっと頬を膨らませている。


 いや、それ待ってたのおれじゃなくておみやげじゃん。


 でもそっか、そんなにおみやげ楽しみにしてたのか。それは悪いことしたな……。何か埋め合わせを……。


「えっと、じゃあ、明日花火大会の祭りでなんか買って来てやるよ。何がいい?」


「え、たっくん、花火大会行くの? 誰と……?」


 目を丸くするゆず。


 右手に持った氷菓ひょうかが溶けて、テーブルに落ちそうになっている。そんなに気になります?


「えーっと、沙子と、だけど……」


「沙子ちゃんと!?」


 ガバッと身を乗り出して来る。あーあー、またアイスの棒をそんな風に振り回して……!


「ゆず、アイス落ちちゃうから先に食べなさい」


「あ、うん、分かった」


 ゆずはうなずいて、こぼれそうになっているアイスを口に含んだ。。


 数十秒間、妹がシャクシャクっと音を立ててアイスを咀嚼そしゃくしているところを眺めるだけの謎の時間が過ぎていく。こいつ、こういうところ結構素直だよなあ……。


「食べ終わった!」


 そう言って、むき出しになった棒をこちらに見せてから、もう一度向き直ってくる。


「んで、沙子ちゃんと花火大会行くの!?」


 アイスを食べていた時間など無かったかのように、テンションを持続して話を再開した。すげえな。


「うん、そうだけど……」


「えっ、どっちから誘ったの? たっくんから? 沙子ちゃんから?」


「沙子から……」

 

 質問責めである。


「っかー! だよねー、それでたっくんはどうせその意味も全然分かってないんだよねー! あー愚兄ぐけい!」


愚兄ぐけいって……」


 そんな、『あー夏休み』みたいに言わなくても……いや、別に言ってないか……。


「まあ、昔は一緒に行ってたしな……な、仲直りしたからまた一緒に行こうってくらいだろ。沙子、花火好きだしな」


 仲直りって言葉なんか子供っぽくて恥ずかしいですね……。


「ふーん……。沙子ちゃんって本当に花火好きだよねー。花火の時だけ笑うもんね。なんであんなに好きなのかね?」


 意味ありげな表情をしてゆずが訊いて来る。


「え? さあ、綺麗だからじゃないの……?」


 おれが答えると、「はー……」という深いため息と共に、


「まあいいや、愚兄ぐけいだし」


 なんかあきれられた。




 そうして迎えた翌日、夕方5時。


 死刑になりたくないおれは、数分前から待ち合わせ場所の駅前に着いている。さすがだ。


 あれ? 英里奈さんは? と思われたみなさんへ。


 臆病おくびょうな小沼くんは遅刻が怖すぎて、英里奈さんとの約束については、花火大会のさらに次の日にしてもらいました。(プレイボーイっぽい)


 その時の通話記録がこちらです。


* * *

『相談があるよぉ! 明日会える!?』


「あ、明日……? ……えーっと、相談ってなに?」


『えっとね、えっとね』


 おれが質問を返すと、英里奈さんには似つかわしくないほどあたふたしている。なんかTシャツの胸元をパタパタさせて自分をあおいでいる図が浮かんだ。想像上でも悪魔的な光景だな……。


『大変なんだよぉー、健次にバレちゃったかも知れない、ようなぁ、そうでもないようなぁ……どう思うー?』


「……はあ?」


 何言ってんの?


『えぇー、なんかたくとくんめっちゃ冷たいんだけどぉ……』


「いや、いきなり『どう思うー?』って訊かれても何も分からないんだけど……」


 あきれた声でそう返すと、


『分かってるよぉー! だぁーかぁーらぁー、明日直接会って話したいんだって言ってるじゃんかぁ!』


 これは、往年おうねんのぶりっ子タレントのように『プンプン!』と言いそうな感じだ。間違いない!


「ごめん、英里奈さん、おれ明日予定あるんだよね……」


『え、予定あるの? たくとくんなのに?』


 いや、失礼!


「まあ、明日だけなんだけど……」


 うん、別に失礼でもないですね……。


『ふぅーん? なんの予定ー?』


「あの、地元で花火大会があってだな……」


『地元ぉ!?』


 スピーカーから大声が響く。耳が痛いです英里奈さん……。


『もしかして、さこっしゅと2人で行くのぉ!?』


「あ、うん、まあ、はい、そうなりますね……」


 おれもたった今このポスターで知ったんだけどな……。


『あぁーそうなんだぁ! えぇーっと、うぅーん、あのぉー、……頑張れ?』


「なんで疑問形……? 別に頑張らないし……」


『いやぁー、あのねぇ、えりな的にはこれは嬉しい展開って気もするんだけどぉ、だけど、まだちょっと『愛』もなくなったわけではないというかぁー……。そんでついでに言うと、もうこれは4人だけの問題じゃなくって、もう1人は絶対に、合宿中の展開的にはもしかしたらさらにもう1人絡んでる問題という可能性もあるというかぁ……どうしよぉ?』


「……はあ?」


 本当に何を言ってるのかよくわからなくなるので、長文はやめてください……。


『もぉー、これはたくとくんは冷たくしちゃダメなやつなんだけどぉ! プンプン!』


 うわ、マジでプンプンって言ったこの人! 気を付けろ!


 電話口で『はぁー……』とため息が聞こえる。耳元ちょっとくすぐったい……。


『まぁー、じゃあ、それも含めて、あさってでいいやぁー。マック、行こぉ!』


「お、おう……」


 みんなマック好きですね……。


「そ、そういえば」


『んんー?』


 おれが市川に嘘をついてしまっていないか、一応確認しよう。


「おれらがマックに行ってるのって、デートじゃ、ないよね……?」


『……はぁ?』


 わぁー、えりなさんが冷たいよぉ……。


『はぁー……。たくとくんはどこまでもたくとくんだねー……。じゃーあさってねーばいばいさよならー』


 急に不機嫌になった英里奈さんは棒読みでそう言い放ってプツンと電話を切った。


* * *


 ああ、英里奈さん、かなり気味悪がってたなあ……。


 思い出し、羞恥心しゅうちしんさいなまれてうつむいていると。(ドンマイドンマイドンマイドンマイ泣かないで)


「拓人、お待たせ」


 よく知った声に話しかけられる。


「おう、おつか……」


 そして顔をあげて、言葉を失った。



 そこには、浴衣ゆかた姿の、金髪の幼馴染おさななじみが立っていたから。




「拓人、どう……かな」


「れ……」


「れ……?」

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