第3曲目 第29小節目:スター
「ユリボウ、そのバンドに入るんじゃなかったっけ?」
「え?」「ん」「ん……?」
amaneはわずかに
「はあ……だから
「
「……誘われただけです、そのバンドに。
「そーなのか?」
「ああ、それが、このあいだの……」
「……そういうこと。小沼には知られちゃってるし、あとで
エクセルシオールで話をされていたのはそういうわけだったのか。おれはてっきり、大友くんから想いを告げられたのかと……。
神野さんは吾妻の返事を受けて、バツが悪そうに頭をかく。
「そーか、悪い悪い……。そんで? そのカンジだと、断ったのか?」
「はい、
吾妻がそう答えると、市川が吾妻の顔をのぞきこんだ。
「えっと……こんなこと聞くのも、『
気遣わしげに質問する市川に、吾妻が困ったように笑う。
「んー、そうだけど、そうじゃないかな。別に引け目を感じたから断ったわけじゃないよ」
「じゃあ、どうして」
沙子が質問を重ねた。
すると、吾妻は真顔で答える。
「あたしの青春のこれからのすべては、amaneにかけるって決めたんだ。そのために、
「そっ、かあ……」
市川が放心したようになる。
きっと驚きと喜びが混ざったような心境なのだろう。おれも同じような心地だ。沙子も普段動かない表情が柔らかくなっている。
横で、神野さんが微笑んだ。
「なるほどなー、その目は良いなー、ユリボウ。部長になるって決めた時と同じ目だ」
「なんですか、その
「おー? 素直にかっこいいって言えよー?」
「いや、言ってますけど……」
吾妻が髪をわしわしと
神野さんが持ち込んだ謎の事態も解決し、申込書も提出したところで、おれたちはスタジオを後にする。
「それじゃあね! また月曜日!」
吉祥寺 《きちじょうじ》
残り3人で吉祥寺駅の改札まで行くと。
「あ、
「友達って……?」
沙子が『
「うっさいな。拓人と違ってうちにはいるんだよ、友達」
「そうすか……」
おれにも今はちょっとくらいいるし……。
「ま、じゃね、拓人。ゆりすけも……ごゆっくりっていうか、なんていうか」
「うん……じゃあね、さこはす」
じゃ、と軽く右手をあげて改札内へと沙子は入っていく。
その後ろ姿を見送ってから、吾妻が苦笑を漏らした。
「あはは……さこはすに気を遣われてるなあ……」
「気遣い……?」
あれのどこが? と首をかしげると、吾妻が上目遣いで、こちらを見てくる。
「え、なに……?」
「えーっと……ちょっとだけ……今日だけ、付き合ってくれない?」
「おう……? え、どこに?」
「……
少しむすっとした吾妻と一緒に駅を出る。ねえさんは何も言わず、中央線の線路沿いを井の頭公園と逆、
「吾妻さん? どこに向かってんの?」
「いや、うまい
「なんだって……? 全然意味わかんないんだけど……?」
「うるさいなあ……元々は、さっきの
ぶつぶつと言い訳がましく話しているその言葉に、そういえば、と思い出した。
「ああ、そうだ。吾妻、そのバンドのこと……本当に良かったのか? なんかさっきはみんなで囲んじゃってたし、吾妻の本心が聞きたいと思ってたんだよ」
『なあ吾妻、やっぱり、ベースを
渡り廊下で、自分がかけた言葉も思い出しながら、おれは問いかける。
「あはは、聞いてくれるんだ」
そう、少し機嫌を直したように笑ってから、
「本当にいいんだよ」
と教えてくれた。
そのまま吾妻はブレザーのポケットに手をつっこんで、歩きながら話し始める。
「あたし色々考えたんだよね、昨日の夜。ほら、
「そう言ってたなあ……」
自分の人生に覚醒回を
「そんで、自分が言いたいこと、したいこと、言うべきこと、すべきこと、色々考えて……」
「うん」
吾妻はふっと息を吐く。
「あたし、amaneが
「へえ……」
再び
先ほどスタジオで聞いた話とそう変わってはいないが、改めてその決意を本心として聞くと、なんだか感じ入るものがあった。
「どんなこと、考えたんだ?」
興味があったので聞いてみる。
「んー、どこから話せばいいかな……。一番最初は……そうだなあ、小沼の曲聞いてて、なんかちょっと疑問が湧いたんだ。『やらなかった後悔よりやった後悔の方がいい』とか、いうじゃん? 英里奈のこともそうだけど、言った後悔と言わなかった後悔とどっちがいいんだろう、とかそういうやつ」
「そうなあ」
それは実際に英里奈さんも言っていたから、その言葉がおれの作った曲に練りこまれていたということなのだろうか。いや、そんなのが言葉で聞こえてくるあたり、相変わらず吾妻のスキルは
「あたしは、どちらかというとやっぱり『やった後悔』の方がいいかなって思うんだけど、まあそれは一旦どっちでもよくて」
「どっちでもいいのか」
「そうそう。そんでね、小沼が学園祭の日、amaneのゴーストライターになることを断って、シンガーソングライターamaneのプロデビューを断って、しかもバンドamaneのデビューのチャンスもナシにしたでしょ? 自分の気持ちを優先して」
「お、おう……」
え、いきなり
「あはは、叱ってないよ、そんな顔しないで? ……あれは、あたしもかっこいいなって思ったんだ、本当に」
おれの不安を打ち消すように吾妻が笑って軽くおれの肩をはたく。
「そうじゃなくて、あれが『やった後悔』になるのか『やらなかった後悔』になるのか、考えてたんだよ」
「考えてたって……おれのことかよ」
「うん、小沼のことだよ」
吾妻は妙に強く言い切った。
「そんな疑問を出発点にして色々考えて、色々寄り道もして……それで、あたしがしたいこと、っていうか、あたしの願いが決まったんだ。それはね、」
ふう、と決意を固めるように吾妻は息を吐いた。
「あれをそもそも『後悔』になんかさせてたまるか、ってこと」
その力強さに息を
「あたしは、あの日の小沼の決意が、覚悟が、完璧に正しかったってことを証明したい。それが後悔になるような未来なんかお呼びじゃないでしょ? だから、あたしは、それをなんとしてでも叶えることにした」
「そう、か……」
その横顔がかっこよすぎて、おれはうまく声が出せない。
「『あの時ああしてよかったね』って言えることが、あたしの幸せなんだと、心からそう思ったから」
にひ、と吾妻は笑う。
「だから、バンドamaneがデビュー出来るために、やれることを全部やる。それが作詞家としてでも、マネージャーとしてでも構わない。とにかく、あたしは残りの青春期間とその先を、amaneのデビューを叶えるためにかけることにしたんだ」
どう? とこちらを向いて首をかしげてきた。
「吾妻、ありがとう……」
おれの口から漏れ出たのはそんななんの役にも立たないお礼の言葉で。
「だから、ありがとうとかじゃないんだって。あたしがやりたくてやってることだから。それに、同じ幸せを追いかけられることって、それ自体結構幸せなことだよ」
「そっか……。……同じ幸せ?」
なにそれ……? と眉をひそめると、すかさず吾妻は声をかけてくる。
「ねえ、小沼」
「ん?」
そして、振り返り、ブレザーのポケットに両手を入れたまま、とびきりにかっこいい笑顔を見せる。
「あたしが小沼を幸せにするから、その姿であたしを幸せにしてね」
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