第1曲目 第44小節目:最高の仕返し

 電車に乗ってえっちらおっちらやってきました、吉祥寺のスタジオ。


 午後1時からの予約に向けて、12時58分、スタジオに到着した。


「わー、なんとか間に合ったねー」


「そうなあ」


 と、その時、ポケットに入れているスマホが震えた。


 ん? と取り出すと、市川と沙子も自分のスマホをそれぞれ取り出した。


「おお……!」「わあ……」「はやい」


 画面を見て、三者三様に感嘆の声をあげる。


由莉『なんとか歌詞、書き上げた! 小沼の曲に120%で応えた!』


 吾妻ねえさんからのユリポエムが来たぞい!


* * *

『平日』


目覚まし時計に追いかけられて家を出た

革靴は足にひっかけたまんま

チャイムと同時に教室に飛び込んだ

寝癖をみんなに笑われた


憂鬱なはずの起床、窮屈なはずの電車、面倒なはずの学校が、

なんでだろう


机の下を走る秘密のメッセージに

「えっ?」て声が出て叱られて

4限で指された私の代わりに

お腹が答えてまた笑われた


退屈なはずの授業、困難なはずの勉強、面倒なはずの学校が、

なんでだろう


下校道、電車を何回も見送って

ホームで日が暮れるのを見て

帰りの電車、今日一日を思い出したら

変だな、なんかちくっと痛い


厄介なはずの下校、窮屈なはずの電車、面倒なはずの学校が、

なんでだろう


ねえ、なんでだろう?

楽しいとか嬉しいが大きいほど 切ないも大きくなっていく

割り勘のアイス、机の落書き、「おはよ」の挨拶

あと何回くらい なんて数えかけてやめた


ねえ、なんでだろう?

こんな日々が普通であるうちに その答えは分かるかな

夕暮れのベンチ、帰りのコンビニ、「またね」の挨拶

あと何秒くらい その横顔を見られるのかな


知らないふりして また笑ってみせた

たった一つだけの 当たり前の平凡な日常

* * *


「ほお……!」「わあ……」「すごい」


 それぞれで読んでまた感嘆の声をあげる。


 追加した大サビのところもバッチリ書き上げてくれている。


 前回に読んだ時よりも、圧倒的によくなっているように思うのはきっと、表現技術の問題だけじゃなくて、おれがそれを読み取れるようになったからなんだろう。


 その、実感があるからなんだろう。


 なんだよ吾妻、キラキラしてんなあ……。


「由莉、すごいなあ……ね、沙子さん?」


「うん」


 天然天使と金髪女王の会話におれも同意である。


 ただ。


 一つだけ、違和感を感じたところが……。内容とかではないんだけどね?


「えっとさ、」


「あ、もう時間過ぎてる! 早くスタジオ部屋入ろ!」


 違和感を口にしかけたおれを差し置いて、時計を見た市川があわわ、と店員さんのいるカウンターへ向かう。


 まあ、スタジオ入ってからでいいか。むしろその方がいい。


「すみません、1時から予約の小沼です!」


 そう市川が店員さんに話しかける。


 ……なんか、市川がおれの名字を名乗ってると、ちょっと良い感じですね。はい。


「……死ね」


 おれの幼馴染がおれの心を読んできて辛辣しんらつなんだが。



 カウンターでマイクを借りて部屋に入る。


「よっこいしょ」


 市川がまた地べたに座ろうとする。


「市川さん」


「ん?」


「ストレッチすんのはいいから、壁のほう向いて」


「へ? うん、分かった……」


 うん、それがいいよ、市川……。沙子、ナイスだな……。うん……。


 ざ、残念なんかじゃない!


「んしょんしょ……」


 市川が壁に向かってくぐもった声を出している。


「んんっ……」


 いや、なんつうか、これはこれで……。


 おれがまた念仏を唱える準備に入っていると、突然激しい重低音がおれの鼓膜を襲った。


「うぉっ!?」


 耳をふさいで音の主の方を見ると、沙子が不機嫌そうにしていた。


「市川さんは、もう、本当にそうなんじゃないの……」


 はっきりと顔をしかめてそんなことを言う。


 そう、ってなんだよ。やめとけ。


「よし、じゃあやりますか!」


 そうこうしているうちに準備を完了したらしい市川がそう掛け声をかけて、『平日』ニューバージョンを演奏し始めた。


 おれが歌詞に感じた違和感の正体も、これで分かるはずだ……。




 演奏は続いて、大サビにさしかかる。


 市川も沙子も新しく追加した大サビをしっかり聞いて来てくれたらしく、とどこおりなく演奏は進んでいった。


 そう、最後の一節の直前までは。


「『あと何秒くらい その横顔を見られるのかな』」


 そこまで歌い終わったあとに、市川が眉間にしわを寄せて、アコギを弾く手を止めた。


 おれと沙子も、演奏を止める。


「えっと、小沼くん、これって……?」


「やっぱそうだよな……」


「バカすけ」


 吾妻から送られて来た歌詞にはまだ続きがある。


 だけど、元々おれが追加した曲は今市川が歌ったところで終わっている。


「『小沼の曲に120%で応えた!』ってそういうことか……」


 おれは苦笑する。


 そう。



 吾妻は、おれが昨日追加した大サビのあとの曲が付いていない部分に。


 さらに歌詞を追加して送り返して来ていたのだ。



「やられた……」


 ついつい、そうつぶやく。


「拓人、何ニヤニヤしてんの」


 沙子にツッコまれた。


 苦笑出来ているつもりが、ニヤケ顔になってしまっていたらしい。


 そりゃそうだ。


 おれが曲を足したら、吾妻がさらに歌詞を足して返して来たのだ。


 こんな面白い仕返し、初めてだ。一人で宅録をやっていた時には絶対に起こらなかったことだろう。


「楽しそうだね、小沼くん?」


 挑発的に笑って市川が言う。


「そうだな」


 誰かと何かを作るのって、こんなに面白いものなのか、とおれは興奮が止まらなかった。


 よし、どんな曲を付けてやろうか……。


 歌詞を読み直そうとスマホを開いたその時、


「だけどね、小沼くん」


 市川がコードをつまびきながら、


「私だって、負けてられないな」


 と、そう言って、信じられない行動に出たのだ。

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