第2曲目 第52小節目:スーパースター
「先輩先輩っ、今日は
階段を上がりながら、
「知らないけど……」
「ええっ、ご
いやむしろ、なんでおれが
「師匠って誰」
沙子が横から質問してくる(多分)。
「ああ、なんか、吾妻のことらしい」
「なんでゆりすけが師匠なの」
首をかしげている金髪女子に、
「吾妻師匠は、天才を天才にする天才なのですっ!」
平良ちゃんが自分のことのように自慢げにその平らな胸を張って言った。
「てんさいを、てんさいにする、てんさい……。ねえ拓人、この子早口言葉みたいなのいきなり言ってくる」
「そうなあ……」
うん、おれのシャツのすそをくいくいっと引っ張って報告してくれなくても分かるよ沙子ちゃん。
「なんだか、分かっていただけないのです……。でもでも、自分は波須先輩のことも
「は、なんで」
沙子が首をかしげたところで、ちょうど2階にたどり着いた。
2階がロック部のスタジオ、そして3階が器楽部の部室である。
「あ、それでは、自分は3階なのでっ!」
いや、平良ちゃんはどっちかといえば
ナチュラルに上方を指差してタッタッタと階段を軽快に駆け上がる平良ちゃんをあきれた目で見送り、おれと沙子はスタジオに入った。
「あ、小沼くんと沙子さん、おはよー!」
「おっ。来た来た。おはよ! 小沼と、さこはす!」
黒髪の天才と茶髪のポエマーが迎えてくれた。
「ゆりすけ、どしたの」
「いやー、歌詞が、あと一歩ってところで浮かばなくて。んんーと悩みながら登校したら、階段に天音を発見してさ。一回みんなの演奏聴いたら
……なんか、やけに元気だな、吾妻。
「そうなんだ。あ、今そこでゆりすけの
沙子がベースを肩から下ろしながら言う。
「あー、つばめ、今日も来てるんだ……。いや、今朝は自主練だから別にいいし、ちゃんとあの子も大丈夫な時しか来ないし、迷惑かけないでちゃんとしてるし、なんならステラの椅子を打つ人間メトロノームやってくれてたりするからいいんだけど……」
迷惑そうな風を
「つばめちゃん、私のところには全然来ないんだよねー。なんでですかー……」
そんなに元気のない『なんでですかー』があるかよ天音さん……。
「んー、LINEのこと、怒ってるのかなあ……」
……LINEのことってなに?
「あははー、まあまあ、天音のことは
吾妻がキレの悪すぎる冗談を言う。
「というか」
二人とも、気づかないんだろうか。
「吾妻、大丈夫か?」
おれはそっと吾妻に水を向ける。
「……何? 歌詞のこと? 当たり前じゃん、期限までには作りきるから、任せてよ!」
吾妻はそう言って、ちからこぶを作るように腕をまくってみせた。
「いや、吾妻が締め切り逃す心配とかしてないけど」
「は、じゃあ何、クオリティの心配?」
「その心配はもっとしてない。ただ、」
おれは吾妻の作り笑いを指差して言う。
「いつもより無理してるように見える。
その言葉に、
「あ……うん……ありがと」
吾妻が自分の髪を触りながら、顔をわずかに伏せる。
え、なにその反応……?
「「ふーん……」」
市川さんと沙子さんも、なに、その反応……?(ver.2)
「えーっと、練習しましょうか……?」
「「うーい……」」
おれが提案すると、二人がちんたらと楽器の準備を始めた。
ちょっと、やる気出して!
「吾妻は新曲聴きたいんだよな?」
「あ、それなんだけど」
モジモジしてた吾妻が、小さく挙手する。
「久しぶりに、『平日』が一回聴きたい。なんか、今なら別の聴き方が出来そうで」
その吾妻の言葉を聞いて、つい、いまのいままでふてくされていた市川が、にこーっと笑う。
「いいね、それ!」
沙子も、金髪に隠れているけど、こっそり口角をいつもよりも少しあげているのを、おれは見逃さなかった。
「……よし、じゃあ、やりますか」
おれは、そっとスティックでカウントを打つ。
* * *
目覚まし時計に追いかけられて家を出た
革靴は足にひっかけたまんま
チャイムと同時に教室に飛び込んだ
寝癖をみんなに笑われた
憂鬱なはずの起床、窮屈なはずの電車、面倒なはずの学校が、
なんでだろう
机の下を走る秘密のメッセージに
「えっ?」て声が出て叱られて
4限で指された私の代わりに
お腹が答えてまた笑われた
退屈なはずの授業、困難なはずの勉強、面倒なはずの学校が、
なんでだろう
下校道、電車を何回も見送って
ホームで日が暮れるのを見て
帰りの電車、今日一日を思い出したら
変だな、なんかちくっと痛い
厄介なはずの下校、窮屈なはずの電車、面倒なはずの学校が、
なんでだろう
ねえ、なんでだろう?
楽しいとか嬉しいが大きいほど 切ないも大きくなっていく
割り勘のアイス、机の落書き、「おはよ」の挨拶
あと何回くらい なんて数えかけてやめた
ねえ、なんでだろう?
こんな日々が普通であるうちに その答えは分かるかな
夕暮れのベンチ、帰りのコンビニ、「またね」の挨拶
あと何秒くらい その横顔を見られるのかな
知らないふりして また笑ってみせた たった一つだけの 当たり前の平凡な日常
* * *
そっと、吾妻と目を合わせて、空気中でグータッチをした。
……うん、吾妻の言う通りだ。『わたしのうた』への劣等感を手放してみたら、普通に良い曲じゃん。いやまあ、『普通に』くらいじゃダメなんだろうけど。
それでも前とは違う演奏に満足しながら、ふとスタジオの窓ガラスから外を見ると。
廊下に面したドアとスタジオ自体のドアの間のちょっとしたスペースで、平良ちゃんがあんぐりを口を開けて立っていた。
「ゆりすけの弟子じゃん。師匠がいないから戻って来たんじゃないの」
沙子が結構まともな推理をしている。
「いやだから、弟子なんかとってないっての。何あの表情……」
あのスペースは、防音扉の外ではあるものの、結構演奏が聴こえる。ボーカルについてでいれば、ドラムとかの騒音(失礼)がカットされる分、歌詞がよく聞き取れるくらいだ。
なんだ、また市川の歌に感動したのか……?
みんなでなんとなく眺めていると、だんだん、その瞳はうるうるとしはじめて、その身体が震えはじめる。
「ちょっと、つばめ、大丈夫……?」
吾妻が弟子を心配してスタジオのドアを開けると、
「し、師匠……これは大変です……事件です……! 2つの神は、同一人物だったんです……!」
立つのもやっとの平良ちゃんが吾妻を見上げながらその腕をつかんだ。
フラフラとした足どりをなんとか吾妻が支える。
「ちょっと、つばめ……? 神って……? 大丈夫?」
そして、平良ちゃんは吾妻に支えられたまま、ゆっくり、市川の方を見た。
「天音部長、いえ、amane様……」
「え? な、何かな……?」
さっきまで懐かれなくて寂しがってた後輩から突然
「amane様が、
「ええ……?」「うにゃ……?」
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