第3曲目 第28小節目:Tell The Truth

『おまもり』と市川の作った新曲を何度か練習して防音室を出る。


 マイクを入れたカゴを持って受付に行くと、ポニーテールの店員さんに声をかけられた。


「おー、ユリボウと愉快な仲間たちバンドじゃん」


 見やると、先々代の器楽部長、神野じんの舞花まいかさんが快活かいかつに笑っている。


「そんな絵本みたいな名前のバンドじゃありませんから……amaneです、ローマ字小文字で『amane』。舞花まいか部長、今日バイトなんですね」


 後輩モードになるとなんだかツンとする吾妻が淡々たんたんと返している。


「そーそー。最近ほぼ毎日入ってるからなー」


「こんにちは、舞花先輩」


「おー、アマネさん。……ああ、それでamaneか!」


 あまりにも単純すぎるおれたちのバンド名に気づいて、へー、と感心したような顔をする。大丈夫かこの人。


 そのあと、おれと沙子もなんてことない挨拶あいさつを交わしながらお会計を済ませた。


 すると吾妻が、ちいさく挙手をする。


「あの、『スタジオオクタ主催 レコーディング権争奪ライブ!』に参加したいんですけど、申込書とかありますか?」


「おー! あれ出てくれんのか! ていうかイベント名フルネームで言うあたり、相変わらず真面目まじめだなユリボウは」


「舞花部長がガサツなんですよ。伝達ミスで違うイベントに出ることになったら大変じゃないですか。舞花部長がそんなんだからあたしが一年の時に……」


「やめろやめろ! アタシはちょっとおおらかなだけだ! ちょい待ち、えーっと……」


 神野さんがかがんで、がさごそとカウンターの下を探る。


由莉ゆり、あの先輩のこと好きなんだね?」


「そうなあ……」


 市川が耳打ちしてくるので同意した。あれはツンデレ猫だな……。なんだか呆れるような微笑ほほえましいような感じで見ていると、


「ほい、これ!」


 と神野さんが申込書らしきものを取り出した。


「ありがとうございます。ちょっとそこで書いて来ますね」


「頼んだー」




 待合スペースにあるテーブルを4人で囲んで、自称書記ちゃんの吾妻がユリっとユリ由莉っ、とばかりに一つずつ申込書に書き込んでいく。


「色々書くことあるんだね」


 沙子がつぶやくのでおれも申込書を覗き込んでみると、『バンド名』『バンドメンバー氏名|(パート)』『セッティング図』など、たしかにいろんな欄がある。


「拓人、セッティング図ってなに」


「ああ、セッティングの図のことだよ」


「ふーん、そっか」


「沙子さん、今ので本当に分かった……?」


 おれと沙子の会話に市川がまゆをひそめた。


「それよりも、これ、どうしようか?」


 吾妻が指差した先には『代表者連絡先』の文字。


「代表者……リーダーってことかな? 誰にする? 天音あまね?」


「ううん、拓人」


 沙子が即答する、勝手に決めるなよ……。


「わかった。小沼ね。小沼拓人……、えーっと、電話番号は……ああ」


 沙子のドヤ顔もおれの呆れ顔も市川の困り顔も知らん顔で、吾妻はおれの名前と電話番号を書き始めた。


「え、なんでおれの電話番号知ってんの……?」


「というかなんで覚えてるのかな……?」


「……普段なら問い詰めてるけどちょっと今日は言いづらい」


 三者三様の反応も無視して吾妻は書き上げる。


「これでよし……っと!」


 おれの電話番号とメールアドレスまでもそら・・で書き終えた吾妻は満足げにうなずく。リアルに『これでよし』って言う人初めて見た……。


「あ。つーか、アーしゃ必要なんだ」


 沙子の言葉に申込書を再度覗き込むと、一番下、欄外らんがいに、『下記のメールアドレス宛にアー写を送ってください!』と書いてある。


「『アー写』って?」


 市川がふんわりと首をかしげた。


「え、プロの時、ったでしょ? アーティスト写真。ポスターとかホームページとかに使うような写真のことだけど……」


 吾妻が驚いた顔をして説明すると、


「ああ、宣材せんざいのことか……」


 とうなずきながらつぶやく。いきなり業界っぽい言葉使うなよ、なんかこええよ……。


 市川が理解したのを確認した吾妻は、スマホを取り出した。


「写真だったら、写真部の子に撮ってもらえないかお願いしてみるよ。器楽部のパンフレットもその子に撮ってもらったし」


「へーうちの写真部、活動してるんだな」


 写真部は、昇降口近くに小さい部室のある部活だった気がする。


「うん、部員1人しかいないみたいだけどね」


「あ、なんか増えたらしいよ! この間の部長会で言ってた!」


「おい、市川……!」


 市川が能天気に返すのを止めたが遅かった。


「部長会……」


 あんの定《じょう〉、吾妻がずぅーん、と重たい空気を醸《かも〉し始めてしまった。それはNGワードなんです、市川さん……!


「と、とにかく、この紙出し行こう! な、吾妻?」


「うんー、ありがとー、小沼あー……」


 なんだか妙にしおらしくなった吾妻を連れて、4人で申込書を持って受付の神野さんのところへ持って行った。




「おー、ありがと! いやー、このイベントもっとバンド出したいらしくてさー、友達にも声かけてって店長から言われてたくらいだったから助かるわー。募集期間も一週間延ばすんだってよ」


 神野さんが頭をかきながら苦笑する。ていうか、じゃあ今日までに決めなくてもよかったんじゃ……。


「このイベント、あまり人気ないんですか?」


 市川が首をかしげる。


「いや、そういうわけでもないんだけど、なるべく多い方がいいんだってさ。まーせっかく身銭みぜに切ってレコーディング無料券出すから、盛り上げたいんだろーな、店長も」


Butterバターは出ないんですか?」


 おれはつい口を挟んでしまった。


「おお? アタシのバンドの名前なんかよく覚えてんな。アタシたちは、アタシ以外が受験だからなー。こないだの後夜祭で一区切りかな」


「3人でプロになろうとかは思わないんですか? それで、もっと大きな会場で、とか……」


「ちょっと、拓人」


 沙子がいさめるように声をかけてくる。


「あ、すみません……つい……」


「なんだなんだ? アタシらのファンかー?」


 頭を下げるおれとは対称的に、神野さんは嬉しそうに笑って続けた。


「そーだな……アタシが海外行って、あいつらが受験して大学行って、戻って来てもそれぞれ音楽やってて……ってなったらそういう話もできるかもしれないけど、今のところはないかもな。卒業ライブを3月に一旦やって、それで解散って感じだろ」


「そう、ですか……」


 あんなに感動した音楽はそうなかったので単純に残念だな、と思っていると、


「まー、そんな顔してもらえて何よりだな、アタシらも」


 へへ、と照れくさそうに笑う。


「んで、話戻すと、そのイベント、アタシも元同級生に聞いたりして出演バンド増やそうとしてたんだよ。あ、ていうか知らないか? 徳川とくがわ走詞そうじってやつなんだけど。みんなと同じ学年だろー?」


「徳川さん、ですか……」


 市川が少し気まずそうに目を伏せる。


 徳川さんは、市川に告白した元先輩の現同級生だ。海外留学に行っていたため、今はおれたちと同じ学年、吾妻と沙子と同じ4組だ。


「あ……そっか」


 すると何かを思い出したように神野さんが困ったように笑う。


「神野先輩、もしかして何か知ってるんですか」


 沙子が眉をひそめて尋ねる。


「いやー、なんてーか……同じクラスだったから、仲良いんだよ。別に、だからどうだってことじゃないんだけど……気にしないで! 悪い悪い!」


 神野さんは市川に対して、手を合わせる。


「は、はい……!」 


 あははー、とバツが悪そうに笑ってから話を続けた。


「まー、そんで、走詞そうじは元々学園祭が終わったらバンド組む予定だったらしくてさ。ドラマーとギタリストは元器楽部のやつを捕まえたらしく練習は始めてるらしいけど、ベーシストだけ見つかってないんだと」


「ま、舞花部長、その話は……!」


 なぜか突然慌て始める吾妻を見て、


「あれ、ってーかさ」


 神野さんは首をかしげる。





「ユリボウ、そのバンドに入るんじゃなかったっけ?」

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