Interlude2(後編):ミス・イエスタデイ

 とりあえず、よしっと覚悟をして、チェックインを済ませた。


 部屋に入ると。


「ま、そりゃそうだよね……」


「そうなあ……」


 あんじょう同部屋だったのですが、この『夢』のシステムを理解しつつあるおれたちからすると、宿泊するならそうなりますよね、ということで、だいぶ反応が薄くなりつつあった。


 ……ていうか、まともに考えると、緊張でなにも出来なくなるというのが本音です! おかしいよこんな状況!!

 

 ご飯(なんと部屋食! 誰がお金とか払ってんの? ゆず?)を食べ、特に何にもすることもないしせっかくなので、温泉に向かうことにした。


 男湯と女湯の分岐路ぶんきろにて、


「小沼、どれくらいで出る?」


「え、なんで?」


 お風呂から出る時間の相談を受けている……!?


「いや、部屋の鍵、一つしかないし……」


 吾妻がキーリングに指を通してぷらぷらとさせた。


「ああ、そうですね……。おれはどれくらいでもいいけど……」


「じゃあ、1時間後に、ここね」


「お、おう。……倒れるなよ?」


「……amane様が入ってなければ大丈夫」


 いや、そんなフラグ立てても、今回はさすがにいないだろ……。(いません)




 一時間後。


「小沼、お待たせ」


 湯上がり姿の吾妻に声をかけられた。


 おれは1人で風呂でそんなにすることもなく、結構すぐ出たので40分くらいこの待ち合わせスペースみたいなところにいた。1人でいるのは慣れているので、40分は全然苦ではない。


「お、おう……おう」


 っていうか、相変わらず浴衣が似合うな吾妻ねえさん……。


「じゃ、部屋、戻ろっか」


「お、おう」


 立ち上がろうとしたところ、同じ湯涼ゆすずみ場にいた別のカップルの会話が聞こえた。


「ねぇねぇー、えりか調べてきたんだけどぉー、この旅館って幽霊出る部屋があるらしいよぉー?」


「は、そうなん? やばくね?」


「ケンイチ、守ってねぇー?」


「任せろ!」


 なんだ、こんなオープンスペースでいちゃいちゃしてんじゃねえよ……。名前紛らわしいんだよ、そのカップリングはまだ成立してねえだろ……。


 ん? っていうか。


「ちょっ、おぬ、ちょっ、おぬ、ま、ちょっ、いま、きいた、ちょ、おぬ、ま」


 振り返ると、やはり顔面蒼白がんめんそうはくでガタガタ震えて放心状態になった吾妻がそこに立っていた。


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理……」


 ですよねえ……。


 でも、同部屋の件と一緒で、この夢の中というシステムでいうと、温泉旅館に連れてこられて、吾妻が来ているという時点である程度予想出来る展開ではあったよね……。


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」


 吾妻がそっとおれの浴衣の袖口そでぐちをつまんだ。いや、つかんだ。かなり強めに。


「部屋、戻るの、やめよお……?」


 うっ、吾妻さん(怖がりver.)が発動している……!


「いや、そんなわけにいかないだろ……」


「部屋番号、いくつだっけえ……?」


 吾妻がそっと部屋の鍵を取り出す。


 そういや、おれらは4階の、階段降りて9番目の部屋だったから……。


「49番ですね」


「うえええええーーーー無理だよおーーーーー」




 半べその吾妻を引っ張ってなんとか部屋に戻っていった。


 部屋に戻ると布団が二枚、少し離して敷かれている。


 時計を見ると、10時過ぎ。


 寝るにはまだ早い気もするけど、ガタガタ震えている吾妻を見ていると、まともな会話が出来る感じもしないな……。おれらの場合、会話以外にすることもないし寝るしか……。


「えーっと、じゃあ、吾妻さん、もう寝ましょうか?」


「え、電気、消すのお……?」


 ていうかそんな風に身を寄せられると、会話以外のことに意識が飛びそうになるのでやめてください……。


「いや、消さなくてもいいけど……」


「うん、じゃあ消さないで……?」


 ということで、電気を消さないまま、それぞれの布団に入る。


「……お、小沼。れ、例によって、ちょ、ちょっとお願いが、あ、あるんだけど……」


「は、はい……?」


 例によって、ということは、次にくる言葉は……。


「手、つないでくれない?」


 やっぱり! ……ん、いや、前回とちょっと違うな……? 何か割と重要な前置きがはぶかれたような……?


「あたしが寝るまでで、いいから……」


「いや、それはそうだろ……」


 と言ったって、手をつなぐのは色々NGな気がする……。


「あの、前回みたいに、袖口そでぐちをつかむ形ではいかがでしょうか……」


「うーん、とりあえず一旦、仕方ない……」


 うん、なんとか今回も納得してくれたらしい。よかった。……『とりあえず一旦』ってなに?


 

 吾妻(怖がりver.)はゆずみたいなものだから……と、自分に何度もなんども言い聞かせながらひとまず、袖口がつかめるよう、布団から左手を出す。


 きゅっと、袖口が少し引っ張られるのを感じた。


「おやすみ、小沼……早く寝てね……」


「お、おう……なんで?」


「なんでも」


 内心で首をかしげながら、おれはそっと目を閉じる。


 何、おれ、今日寝た後に喰われるんですか?(文字通りの食糧的な意味で)



 10分ぐらいが経過する。


 ……うん! 全然眠れない!


 まだ10時半だし、部屋明るいし、ていうか何より吾妻はやっぱりゆずでは無いし!


 とはいえ、眠っているフリでもしとかないと、なんか気まずい。まだ、向こうは起きてるような雰囲気があるし……。


 目を閉じたまま悶々もんもんとしていると、


「小沼、もう寝たあ……?」


 ちょっとかすれた声でそんなことを訊いてくる。


 おれは引き続き、寝たふりを決め込んでいた。


 すると。


「寝た……よね?」


 そう、もう一度確認した後。


「失礼しまーす……」


 そう言ったあと、袖口に伝わっていた引っ張られている感覚がなくなり、おれの左手に、小さくて暖かい感触が伝わる。


 ……ん、これ、手を握られている!? え、ちょっと、吾妻さん……!?


 抗議の意味を込めてそちらを見ようかと思ったが、その結果目があったりしたらめっちゃ気まずいし、一旦寝ているていでいるだけにかなりまずいことになる気がするので、反応しそうになる左手を押さえつけて、目をぎゅっと閉じ直す。


 手を握ってるのはゆず、隣で寝ているのはゆず、手を握ってるのはゆず、隣で寝ているのはゆず……。


 冷静を装う呪文じゅもんを頭の中で唱えていると、数十秒後、


「スゥ……スゥ……」


 左隣から、寝息が聞こえてきた。


 ん、寝付いたのか……?


 脳内で小さくつぶやいて、そーっとうす目をあけて吾妻の方を見る。


 すると、やたらと安心しきった顔で微笑んで寝ている吾妻の寝顔がそこにあった。


 いつも気を張って、気を遣って、優しくて、厳しくて、打たれ強く、人のことばかり考えている青春部部長。


 だけど、夢の中でくらいはゆっくり休んでいられていたらいいなあ。と思いながら、おれはその寝顔を横目でなんとなく眺めていた。


「おつかれさま、おやすみ」


 そうつぶやいて、おれも、もう一度目を閉じる。


 おれもなんだか穏やかな気持ちになり、ゆっくりと眠りに落ちていった。



「んん、小沼……、それ以上は、ダメ……」



* * *


 ピピピ、ピピピ……とスマホのアラームが鳴る。


「たっくん、起きてー」


 アラームの音を聞いて、ゆずが部屋まで起こしに来てくれたみたいだ。


「おはよう……」


「おはよーっ! ゆうべはおたのしみでしたね!」


「ああ、うん……はあ!?」


 朝から大声を出しているおれを見ながらゆずはふっふーんと意味ありげに笑い、


「ま、最近たっくん色々大変そうだし、夢の中でくらい、思う存分ぞんぶんやってみたらいいよ」


 と言う。


 どういう意味ですかそれ……?


 首をかしげながらスマホを見ると、LINEのメッセージが一件。


由莉『夢みたいな夢見ちゃった!ありがと!』

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