第2曲目 第41小節目:She Loves You(マック4)

「それでだよぉ、たくとくん!」


 英里奈さんがズビシィ! っと、シェイクを持った方の手でおれを指差す。


「はい!」


「えりなの相談聞いて欲しいんだよぉー」


 ですよね。


 今日はそもそもそれを聞くために吉祥寺のマックまで呼び出されたのだ。


はざまにバレたかも、とかなんとか言ってたっけ……?」


「そうなんだよぉー」


 英里奈さんは、「困ったよぉー」と、テーブルにへばりつく。


「何がバレそうなの?」


「……えりなが、健次のこと好きだってこと」


「え、そうなの!?」


 英里奈さんがビクッとして耳をおさえる。


「ちょっと、声おっきぃよぉ……」


「す、すまん……」


 コホン、と咳払いをする。


「おととい、2人でヨ地下に行った時のことなんだけどねぇ……」


* * *


「英里奈と2人で遊ぶって、実はあんまねぇよなー」


「そう、だねぇ……」


 うぅーん、えりな的には結構ある気もするんだけど、それは一回一回のデートをえりなが一人で何回も何回も思い出してるからなのかな。


 このあいだだって、2人でアイス食べる制服デートしたんだけどなぁ……。ん、あれはもう2ヶ月前だって話をしたばかりかぁ。


 その2ヶ月間で言うと、誰かさんとマックに行った回数の方が全然多いもんねぇ。


 その誰かさんは『おれらがマックに行ってるのって、デートじゃ、ないよね……?』とか訊いてきたけど……。


 ていうか、あれなんなの!? 何のために、そんなことをわざわざ確認してきたの!? バカなの!? たくとくんなの!?


 思い出したらちょっとムカーッとしてきたけど、関係ないからいいやぁ。誰かさんも関係ないって思ってるらしいし。ムっカつくぅー……!


「何食う? ハンバーグ?」


 ヨ地下の入り口でううーんとうなっているえりなに、健次がさわやかな顔で訊いてくれます。


「は、ハンバーグぅ!? ガッツリだねぇ……。夜ご飯入らなくなっちゃうよぉ?」


「あーそっか。いつもだったらそんなん別腹ベツバラじゃね? とか思うけど、英里奈は女の子だもんな」


 うわぁー……さりげない女の子扱いと、食べざかりの男の子なんとなくカワイイのダブルコンボだよぉ……!


「うん……」


 なんだか見ているとぽわーっとしちゃうので、うなずきながらえりなは床を見ます。


「んじゃ、クレープとか?」


 出たぁー! 『女の子は甘いものが好き!』という決めつけ! もぉー! そういう単純なところ、好き! えりな、甘いもの大好きだし! 特にチョコレートが大好き!


「クレープ、いいねぇ! あ、でも、クレープも結構ボリュームあるよねぇ……」


「じゃあ、半分こしようぜ!」


「は、はは、半分こぉ!?」


 なになに、そんなサービスまで付いてくるの!?


 えりなは、ついつい、小さな頃から教わっている通り、おでこ、胸、左肩、右肩の順に右手をタッチしていました。


「英里奈、それ、何してんの?」


十字じゅうじを切ってるんだよぉ……。神様への感謝だよぉ……」


「へぇ! よく分かんねぇけど!」


 あ、そうだそうだ。神様ともう1人、冴えない男子にも感謝をしないと……。


「それじゃ、何食う?」


「えりな、チョコバナナクレープがいい!」


「おけ! オレがおごってやるよ」


「えぇ、いいよぉ、半分出すよぉ」


「いやいや、女子に出させらんねぇだろ」


「ううん、半分こ、させて?」


「……お、おう、じゃあ、半分ずつ、割り勘するか……!」


「うんっ!! ……健次、顔、赤いよぉ?」


「う、うっせぇよ、そんなことねぇだろ!」


「そうかなぁー……?」


「ちょっと、顔をのぞきこむな、お前、顔が整ってんだからそういうの気を付けろよ!」


「んん? どういうことぉー……?」


『英里奈さん、ちょっといいですか!!』


* * *


「……ちょっとたくとくん、人の話に勝手に入ってこないでくれないかなぁ?」


 話の腰を折られた英里奈さんが不機嫌ふきげんそうにこちらをじろーっとにらむ。


「いやいやいやいや英里奈さん、おれは長々と何を聞かされてんの?」


「え? 悩み相談だよぉ?」


 キョトン顔で英里奈さんが首をかしげる。


「え、何に悩んでんの? ていうか、何かに悩んでんの? 友達以上恋人未満の甘々カップルの惚気のろけを聞かされてるようにしか聞こえないんだけど……?」


「そんなぁ、友達以上恋人未満だなんてぇ……」


 英里奈さんは頬に手をあてて嬉しそうに身をよじる。


「いや、別に褒めてるわけじゃなくて!」


 この人、もしや、悩み相談と称して自慢をしに来たのでは!?


 おれがツッコミを入れると、英里奈さんが口をとがらせておれを見る。


「たくとくんがいつもやってることとそんなに変わらないと思うけどなぁー……?」


「なんのこと!?」


「なんのことって、もう、そもそも全部・・そうじゃんかぁ」


「なんのこと!?」


「えーだからぁー……」


「なんのこと!?」


「もういいやぁ……」


 危ない危ない。ついに、新スキル《同音反復NPC化》を使うことになるとは……。(ルビに無理がありすぎる……!)


「と、とにかく、早送りして! ほんとに悩みがあるならその本題まで早送り! もし惚気のろけを話したいなら、そう言って! そのつもりでちゃんと全部聞くから!」


惚気のろけでも聞いてくれるんだぁー……?」


 にひひーっと笑ってから、


「でも、悩みは本当にあるんだよぉー。早送りなんかしなくても、今からちょうどそこを話すところだったんだもーん!」


* * *


「その顔でコヌマをじーっと見たら、コヌマだってすぐに英里奈のこと好きになると思うぜ?」


 健次がそんなことを言ってくれます。


 健次と2人きりのデート、楽しい会話に、えりなは、ちょっと舞い上がっていたんだと思います。


 だから、ここで大きなミスをしてしまったんです。


「え? なんでたくとくん?」


「は?」


 固まる健次、固まるえりな。


「なんでって、英里奈、コヌマが好きなんだろ?」


「……あぁ! そうなんだよねぇ!」


「好きなヤツを忘れるってなんだよ!」


「あ、あははぁー!」


 思い返すと、以前もこんな感じのミスでたくとくんに作戦がバレそうになった気が……。


 笑ってごまかす作戦で、なんとかその場は切り抜けられたかなぁーと思ってたんだけど、健次が変なことを言い始めたんだよね。


「オレ、合宿一日目の夜、コヌマにそれとなく英里奈のことオススメしといたからな!」


「えぇーっと……どんな風に?」


「『元気で可愛いクラス委員長とか、タイプか?』って聞いた!」


 ふぅーん……? ……えりなが言うことじゃないけど、健次、へたっぴじゃない?


 よくやっただろ! みたいな感じで胸を張ってる健次が可愛いから許すけど……。


「それで、たくとくんは、なんて……?」


「んー、よく分かんねえこと言ってたわ。えーっとなんだっけ……『バカっぽく見せてるけど、本当はめちゃくちゃ素直で、めちゃくちゃまっすぐで、あざといようで本当に好きな人には上手じょうずに出来なくて、困ったみたいに笑う表情が可愛い人、好きか?』とか聞いてきたな」


「……!」


 えりなはつい、息を呑みます。


 たくとくん、それって……。


「ん? ていうか、あれって、オレがやろうとしたことをそっくりそのまま返して来たってことなんかな?」


 鈍感どんかんさで言えばどっかの誰かさんとどっこいどっこいな健次が何かに気付いてる……!?


「え、えぇ!? ど、どぉかな!?」


 暑い! 冷房をもっとかけた方がいいんじゃないかな!? イトーヨーカドーのお客様のご意見ボックスに投函とうかんしておくね!?


「ていうか、今思うとそれ、英里奈みたいなやつだな……。あれ、えーっと、あれ、英里奈? 英里奈ってコヌマのことが好き、なんだよな……?」


「健次ぃ! クレープ! クレープ買おう!!」


「お、おう……?」


* * *


「えーっと、あの、そのあとはどうなさった感じでしょうか……?」


 先ほどとは一変いっぺんして、おれは両手を両膝りょうひざに置いて、うやうやしくお伺いを立てる形になっておりますどうも小沼です……。


「とりあえず健次の背中を叩いて、クレープ屋さんに並んで、そのあとその話はしないようにして帰って来たって感じなんだけどぉー……」


 むむーと英里奈さんは考えて、こちらをじっと見る。


「……これ、ちょっと勘付かれたっぽくない?」


「ごめんなさい!!」


 おれはテーブルにひたいをぶつけんばかりの勢いで頭を下げた。


「え? 『ごめんなさい』って、告白でも断ってんのかな? 修羅場しゅらば?」「ほんとだ、なんであんな可愛い子フってんの?」「ていうか男子の方、一昨日おととい天使みたいに可愛い子と一緒にいた極めて普通のやつじゃね?」「うわまじだ、今日の子は小悪魔系の美少女だな」「あいつの周りの美少女、多岐たきにわたるな」「そうだな、多岐たきくんと名付けよう、彼の名は。」


 あいつらまた来てんのかよ……! ていうか脇で喋りすぎだよ……!


「ちょっと、なんで謝るのぉ……?」


「いや、おれが余計なこと言ったから勘付かれそうになってるじゃん……!」


 なんかあの夜はイラっとしたと言うか、勢い余って言ってしまったけど、よく考えたら、英里奈さんの作戦を壊してしまったかもしれない……。


「えりな、そんなの全然怒ってないよ?」


「え、そうなの……?」


 頭をあげてみると、そこには、小悪魔的に首をかしげている英里奈さん。


「うん、全然、えりなはたくとくんの言ってくれたことも、やってくれたことも、すーっごく嬉しかったから!」


 それはかなり天使な笑顔で、おれは許されているっぽい安心感とあいまってほけーっとしてしまった。


「それにしても、勘付かれてたら、どうしたらいいのかなぁー……。ってえりなが悩んでるあいだに重要関係者のさこっしゅはたくとくんにチューしてるし……」


 ほうけているおれのことを放って、英里奈さんは話を進める。


「あ、いや、あの……」


 色々あって、もう、しどろもどろのきわみみたいな状態になってしまうおれ。ダサい……。


「でも、えりな、分かったかも!」


 英里奈さんがパン! と、手を打つ。


「な、なにが……?」


「こんな状況なんだったら、『恋』としても『愛』としても、健次がえりなのことを好きになるのが一番最強じゃない!?」


 世紀の大発見! みたいな顔をしている英里奈さんを見て、

 

「そうなあ……」


 と、言うことしかできなかった。


 おれは、英里奈さんには感心ばかりしている。


 英里奈さんばかりおれを頼ってるようなことを言われたが、おれは、英里奈さんからすごくたくさんのことを学んでいるのだ。


「ていうか、英里奈さん、自分でいつもちゃんと答え出すから、おれ話聞く必要なかったかもな」


 決して卑屈ひくつな感情からではなく、尊敬の意味を込めて、おれが笑いながら伝えると、


「ううん、意味ならあるよ!」


 英里奈さんはなおも天使な笑顔でニコッと笑って、答えてくれる。




「だってえりなは、たくとくんと話したかったから!」

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