第3曲目 第34小節目:シンクロ

「はじめまして、写真部部長の小佐田おさだ菜摘なつみです!」


 水曜日の放課後。


 学校のスタジオでは、カメラを首からげた小柄な一年生女子が人懐ひとなつっこい笑顔を見せていた。


 ショートカットにした暗めの茶色の髪に大きい瞳が印象的なこの後輩とは何度か校内ですれ違ったことはある気もするが、ちゃんと話すのは初めてだろう。


小沼おぬまです、どうも」「波須はすです」


「はい、よろしくお願いしますっ!」


 沙子さこ無愛想ぶあいそう挨拶あいさつにもにこやかに返してくれるあたり、人間ができていると見えるな……。


「いや、小沼も相当そうとう無愛想ぶあいそうだから……」


 おれは横から入るツッコミを華麗かれいにスルーする。心を読まないでください。


「ゆりすけと市川いちかわさんは、なんで知り合いなの」


「あたしたちは、ぶ……ぶ……部長……かい……で一緒だったから、それで知ってんの」


 うん、部長会ってよく言えたね吾妻元部長……。


「あ、でも、わたしはみなさんのライブ、学園祭の時に観にいきましたので小沼先輩と波須先輩のことも知ってました! 一方的にですけど」


「へえ、観に来てくれたんだ」


「はい、ライブ、ものすごく良かったです……! 特に学園祭のロックオンは、素晴らしかったです。お世辞せじなんかじゃなくて、あの曲に背中を押されてわたしも頑張れました」


「本当? 嬉しい!」


 市川がにっこりと笑う。


 何を頑張れたのかは知らないけど、背中を押した曲っていうことは、やっぱり『わたしのうた』だろうか。あれはいいものだからな……。


 おれとしても、あのライブが誰かの人生に多少なりとも影響を与えたというなら演奏家冥利みょうりに尽きると言うものだ。


 ふむふむ、と勝手に感慨かんがい深くなっていると、小佐田さんが小さく挙手をして、おずおずと質問してくる。




「あの、興味本位でこんなことを聞いてもいいのか分からないのですが、小沼先輩と波須先輩は幼馴染同士なんですよね?」


「うん、そうだけど」



 気味ぎみに沙子が答えた。


「なんでそんなこと知ってるんだ?」


平良たいらつばめさんに聞きました! 同じクラスなんですっ!」


「ほーん……」


 別に知られて困ることでもないからいいけど、平良たいらちゃんはなんでそんな話をわざわざクラスメイトにしてんの? おれと沙子は彼女の信仰しんこうの対象ではなかったと思うけど……。


「で、うちと拓人たくとが幼馴染だったら、なんなの」


 沙子がこれ見よがしにヘアピンをつけ直しながら質問する。


「は、はいっ! えーっと……」


「あ、小佐田さん、こいつのこの喋り方はもともとで、別に怒ってるとかじゃないから大丈夫。どちらかというとちょっと今笑ってるくらい」


 金髪先輩の威圧的な態度に小佐田さんの顔が強張こわばったように見えたので解説してやる。すると、その大きな瞳がぶわあっと見開かれ、輝きを増した。


「わあ……本物だあ……! 小沼先輩には波須先輩の表情がわかるんですね、さすが、通じ合ってますね……!」


 なんでそんなに嬉しそうなんだろうか……? 本物とは?


「やっぱりわたしの幼馴染センサーに狂いはなかったみたいです……! 一度、お二人の幼馴染観について取材をさせていただきたいなと思っていたんです」


「幼馴染センサー? 幼馴染観? なにそれ、ちゃんと日本語?」


「ああ、そういうことなら、うちらは音楽性の違いで一回解散しかけたことがあるよ」


「いや、沙子も何言ってんの?」


「えっ、そうなんですか? 詳しく伺っても……?」


  0.数ミリのドヤ顔で答える沙子とものすごい食いつきを見せる小佐田さん。何この人、『月刊幼馴染』の編集長かなんかなの……? 


菜摘なつみちゃんは、幼馴染に興味があるのかな?」


 市川が苦笑いしながら質問する。小学校の先生かよ。


「わわ、すみません、変なところをお見せしてしまって……」


 市川にたしなめられたと思ったのだろうか。くしくしと自分の髪の毛をいじって反省する。


「すみません、弁解というか説明をさせていただくと、実は最近わたしの人生を変えたマンガがありまして、それが幼馴染ものなんです。『もう一度、恋した。』っていうタイトルなんですけど……」


「「ああ、ゆずが読んでたやつ」」


「わあ、またハモってます。さすが幼馴染……!」


「むうー……」


 市川が頬を膨らませる。


「ぐへへ……! ……そういえば、今日は小佐田ちゃんひとり? 器楽部の撮影の時は男子いたけど」


 吾妻ねえさん、自分だけは真人間みたいな顔して話してるけど、amane様の顔を見てぐへへって言ってるのを聞き流してないからな。


「あ、はいっ。わたしの幼馴染は今日は用事があるので帰りました」


「「いや、幼馴染いるのかよ」」


 当たり前みたいに言い放つ小佐田さんにまたしてもおれと沙子のツッコミがかぶる。


「ツッコミまで完璧にシンクロしてますね、すごい……!」


「ねえ小沼くん、沙子さん、わざとやってない……?」


「わざとやれるんだったらそれは本物ってことなんじゃないの」


 市川がじとーっと見てくるのに対して、沙子がドヤ顔で流し目を送る。


「せ、正論だ……」


「さこはす、そこらへんにしといてあげて、とっくに天音のHPはゼロだから……」


 吾妻が市川の肩を抱くようにして、苦笑する。


「他にもうちと拓人のことで聞きたいことあれば聞いていいよ」


 小佐田さんに向かって胸を張るさこっしゅ。楽しそうだねえ……。


 すると、小佐田さんも嬉しそうに質問を重ねる。


「やっぱり、幼馴染は下の名前で呼ぶものですか?」


「そうだね、うちらの場合、幼馴染のうちだけが下の名前を呼び捨てにしている」


「さこはす、それはまじで触れちゃいけないやつ……」


 吾妻の忠告の脇から、市川が猛抗議を始める。


「それは小沼くんが悪いんだよ!? 私だって、私だって……!」


「うん、拓人が悪いかもしれない。でも、名前の呼び方についてはそれが事実だから。受け入れて」


「うう……!」


 涙ぐむ市川と涼しい顔(ふうのドヤ顔)の沙子。


 その二人を見ながら、吾妻ねえさんは呆れ顔をする。


「このやりとり、古典的なハーレムラブコメって感じだね……。あたし、ここに入るのはやっぱりやだな……ていうか無理だな……」


 なんの話してんだよ……。




「沙子さんは、なんでそうやっていっつも最初とか初めてとかを取っていくの……!?」


「最後を持っていく市川さんがそれをいう権利は絶対にないと思うんだけど」


「あの、お二人……?」




 後輩を困らせているやりとりを見かねて、


「はいはい、そろそろいい? 仲直りして?」


 吾妻かあさんがパンパン、と手を叩く。


「「はーい……」」


 素直な二人はそれに従った。母は強し……。


「誰が母だっての」


「すみません、なんだかわたしのせいで……」


 小佐田さんは苦笑いして頭をかいた。


「えーっと、それで、アー写はどんな風に撮りますか?」




「「「ああ、そうだった……」」」




「そうだった、じゃないでしょ……」


 そうでした、そのために小佐田さんを呼び出したんでした……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る