第3曲目 第33小節目:シカゴ

「おはよう」


 おれが声をかけると、うちのクラスの小悪魔さんは一度肩をビクッと跳ねさせてからそろーっと振り返る。


 おれと吾妻あずまの顔を確認すると、ほっとしたように「はぁー」と息を吐いて、


「たくとくんとゆりかぁ、おはよぉー」


 とほほをゆるませた。


「おはよ、英里奈えりな


 そこに挨拶部の部長も挨拶を返すが、英里奈さんはほっとした後に何かが気にかかったらしく、眉間みけんにしわを寄せはじめた。


「てゆぅか、なんで二人ふたりは一緒に登校してて、なんでこっちの道を使ってるのぉ……?」


「それは……」


「さっき、たまたま、偶然、奇遇きぐうにも会っただけ。こっちの道なのは……なんとなくだよ、なんとなく」


 おれがボロを出す前に、吾妻が強めに否定する。まあ、英里奈さんと沙子さこの話をするために遠回りの道を使ってるとは言えないもんなあ。


「なんとなくで遠回りの人が少ない道使うかなぁ……? ねぇ、たくとくん、そうゆうことするには早くなぁい……? えりな、そぉいう話は好きだけど、笑える範囲でやってねぇ……?」


「いや、別にそういうんじゃないから……」


 英里奈さんは案外(というのも失礼だが)、浮気みたいなことに対する嫌悪感けんおかんが強い。それは『愛』ではない、っていうことなんだろうな。何言ってんだおれ?


「えっと、そういう英里奈さんはどうして、こっち?」


「えりなはー、あぁー……そのぉー……。気分転換、みたいなぁー?」


「まあ、そうだよな……」


 話題をらすために質問を返してみたが、まあ当然、沙子やはざまわないようにってことなのだろう。


 英里奈さんもやっぱり大変だよなあ、と頬をかいていると、吾妻が、とん、とヒジを小突いてくる。そうだ、英里奈さんに話を振らなくちゃいけないんだった。


 まずは……そうだ、褒めるんだ。


 おれはRPGのコマンド選択のような気分で、『おだてる』を選択する。


「英里奈さん、今日は……その、なんだ。顔がととのってるな」


「顔が整ってるってなぁに……?」


 英里奈さんがその整った顔を少ししかめて首をかしげた。


「普通に可愛いって言えばいいじゃん……」


 後ろから小声で吾妻がうるさい。


 ……おれはなんとなく、『可愛い』という言葉を極力きょくりょく使いたくないのだ。ある一名を除いて。


「なんていうか、お人形さんみたいというか……。なんだ、えーっと、その……」


 女子が喜ぶ、見た目を褒める言葉ってなんだ……。英里奈さんが言われて嬉しそうな……。あっ!




「そうだ! インスタえ! インスタえしそうな顔してるよな!」




「はぁ……?」


 あれ、英里奈さんがめっちゃ顔をしかめてる……。


小沼おぬまの日本語センスにちょっとでも期待したあたしがバカだった……」


 吾妻がこりゃだめだ、と、自分のひたいをおさえた。


 えーっと……なんかあんまりうまくいってないっぽいけどとりあえず褒めたは褒めた。『おだてる』コマンドは終了だ。


 それで、こっからどうするんだっけ? いやいや、心を開いてもらうために褒めるんだったんだ。じゃあ普通に失敗じゃん。次の手は?


 頭をぐるぐると回したあと、早くも万策ばんさくきたおれは、


「えーっと……英里奈さん、ところでどう? 元気?」


 と、最初に吾妻に発表した案を避けただけのセリフを吐く。



 すると、英里奈さんはその唇をむむむと震わせた後、


「うわぁぁぁ、たくとくぅーん! 元気じゃないんだよぉー!」


 といいながら、おれにすがりついてきた。


 なんだよ、ストレートで良かったんじゃねえか……。


 どやさ、と吾妻ねえさんをみると、


「いやお前それ、まじでまぐれだからな……?」


 と男子みたいな口調でたしなめられた。はい、すみません……。




 英里奈さんに向き直ると、英里奈さんはあぁーとかうぅーとか言いながら話を始める。


「なんかねぇ、やっぱりえりな、どんな感じでいればいいかわかんなくってぇ……」


「どんな感じって?」


「んーとねぇ、えりなは3人で前みたいに仲良くいたいしぃ、健次けんじともさこっしゅとも一緒にいたいんだけどぉ、やっぱりえりながそんなことしたら迷惑かなぁとか思っちゃってぇ……」


 もともと吐き出したかったのだろう。英里奈さんは止まらず話し続ける。


「健次は気まずいだろぉし、さこっしゅともなんかあんまりうまくお話出来ない気がして、さこっしゅに黙って帰っちゃったりしてさぁ……」


「そうかあ……沙子とうまく話せないのは、どうしてだ?」


 おれはやはりこういう時も会話が下手くそだ、質問ばかり繰り返して何にもならない。


「なんかねぇ、さこっしゅに気をつかわせちゃうのがいやなんだぁ……、多分、心配してくれると思うんだよぉ……。それでねぇ、もっといやなのが、なんか、やっぱりちょっとえりなもジェラシーっていうかぁ、心配してくれてるのにさこっしゅに嫌なこととか思っちゃいそうでさぁ……」


「そっかあ……」


 いくら仲良しでいたいと思っても、モヤモヤした気持ちが消えるわけではないということなのだろう。


『……本当に、最後の放課後になっちゃうのかな』


 沙子が先週の火曜日の夜に言った言葉がふと浮かんだ。


「ねぇ、ゆり、どぉしたらいいと思うー?」


「へ、あたし?」


 突然話を振られた吾妻が頓狂とんきょうな声をあげる。


「うん、だってたくとくんに聞いても分からないだろぉから……」


「いや、まあ、そうかもしれないけど……」


 吾妻は腕を組んで、ふむ、と考える。


「えーと今の話って、『好きな人の好きな人と話すのが苦しい』って話だよね?」


「うん、そぉ……。ゆりだったら、どぉする……?」


「あはは、難しい質問だね……。んー、あたしは、そうだなあ……」


 苦笑いしながら、吾妻は頬をかいた。


「多分ね、嫉妬しっとの感情も、自分がその人のことを好きだって証拠しょうこだと思うんだ。好きだから……仕方ないこと。好きじゃなかったら、そんなこと思わないじゃん?」


「そぉ、だねぇ……」


 吾妻のその言葉は、まるで用意していたかのようにすらすらと出てくる。


あらがえない気持ちなら、いっそそれも含めて受け入れて、飲み込んで、そんな感情とも一緒に生きてくしかないかなって思うよ。……もし、そういうことになったらだけどね?」


「えりなが、健次を好きな証拠……! そっかぁ……!」


 英里奈さんは少しに落ちたように、飲み込むようにうなずいた。


 そして、もう一度おれたちの方を見上げて、瞳を揺らす。


「ねぇ、じゃぁさ? ……えりなは、健次のこと好きで良いのかな?」


「……その答えは、多分、こいつが持ってる」


「え? おれ?」


 突然差し出されて、今度はおれが頓狂とんきょうな声をあげた。


「ほぇ、たくとくんがぁ……?」


 なんで? と英里奈さんが首をかしげた。そりゃそうだろ、吾妻もいきなり何言ってんの?


「たしかに頼りないけど、一応この人、英里奈のことめっちゃ考えてんだよ。天音あまねが怒るくらい。ね?」


「そぉなの?」


「おい、吾妻……!」


 何アシストだよ……!


 と、講義の視線を吾妻に送ると、その顔は意地悪顔ではなく、優しさをたたえた微笑ほほえみでこちらをみていた。吾妻ねえさん得意の姉スマイルだ。


 はあ……とあきらめて、おれは頬をかきながら聞いてみる。


「えーっと、英里奈さん、再来週の土曜日、空いてるか?」


「土曜日……? 空いてると思うけどぉ……?」


「おれたちのバンドがライブするからライブに来て欲しいんだよ」


 おれはそれだけを伝える。


「どぉして……?」


「どうしても、英里奈さんに聴いてほしいから」


 今はまだ、それしか言えない。曲を聴いてもらわないと、意味がない。その内容を説明するのは、吾妻がいうところの『無粋ぶすい』だ。


「……うん、分かったぁ」


 そして英里奈さんは少しだけ頬を赤らめてうつむく。


「たまに真面目な顔するとかっこいいんだよなぁ、たくとくんは……」

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