第45小節目:触れたい 確かめたい

『ウチはいつでもそこにいるから』という言葉を守ったのか、単純に昼休みだからなのか。


 いずれにせよ、1年5組の教室の隅っこ、人を寄せ付けないオーラを放ちながら黙って座っている広末ひろすえ亜衣里あいりを見つけた。


 いくら下級生の教室とはいえ、入ることはおろか、声をかけることさえも躊躇ためらわれるなあ、と思っていると、


「たくとくんが用あるの、あの金髪の子ぉ?」


 と、英里奈さんが横から尋ねてきた。ていうかここまで付き合ってくれるとか、なんかどうしたの本当に今日。


「うん、そう」


「ふぅーん。あはは、一年生の時のさこっしゅみたいだなぁ」


 優しく微笑ほほえんでから、そこらへんにいる女子生徒に声をかけた。


「ねぇねぇ、キミ」


「はいっ。えっ。え、エリナ先輩!?」


 たまたま教室を出て行こうとしたら先輩女子に話しかけられて、全身を硬直させる女子生徒ちゃん。しかも英里奈さんのことを知っているらしい。有名人なんだろうか。有名人ばっかりだなあ、この高校。


「えりなたち、あの金髪の子に用があるんだけどぉ、呼んでくれるかなぁ?」


「金髪……。広末さんのことですか?」


「ひろすえさんのことですかぁ?」


 質問を受け取った英里奈さんがおれの方を見て首をかしげる。スルーパス。


 女子生徒は「え、エリナ先輩が用があるんじゃないですか……?」という顔をしている。そう思うよな。


「そう、広末亜衣里さん」


「わ、分かりました」


 女子生徒ちゃんはおれたちにうなずきを返すと、緊張した面持ちで、後ろから広末ににじり寄る。


「なんか、あんまり仲良くないのかなぁ?」


「まあ、そうだろうな」


 それなりに関係性が出来ているなら声を張って呼び掛ければ済むんだろうけど、広末相手にそれが出来る人がいないらしいということは、事情を聞いたばかりだ。


 でも、これをきっかけに話が出来る人が増えたらいいな。と思い、じっと見守る。


 ……人の心配なんかするようになったのか、おれも。でも、あまり思い上がらないようにしないと、という気もする。


 気を引き締めようと思っていると、英里奈さんが横で不穏ふおんなことを口走った。


「てゆぅか、名前分かってるなら呼べばいいのかぁ」


「えっ」


「おーい、ひろむぐっ!?」


 おれは慌てて英里奈さんの口を手でふさぐ。せっかく話し相手が出来るかもしれないのに余計なことを!


「んんん!?」


「ちょっと、あの子に話しかけてもらった方がいい事情があるんだ」


 口を塞がれたまま抗議の声を上げてくる英里奈さんにそう言ってから開放すると、一転してイタズラ悪魔の顔になり、にたぁっと笑っておれを見上げてくる。


「大胆だねぇ、たくとくん。天音あまねちゃんに言っちゃうよぉ?」


「いや、そういうんじゃなくて……」


 英里奈さんのこういうのにはテンパるのではなく落ち着いて対応するのがきちである。反応するから楽しませてしまうんだ。


 ……うん、やりすぎたのは事実だと思うので、ここはスンとしてやり過ごしたいところだ。


 やがて、女子生徒がおずおずとであるが声をかけると、広末はパァッと明るい顔をして顔を上げた。


 その顔を見て、女子生徒のこわばっていた肩もストンとおりたように見える。


「かわいぃー……!!」


 英里奈さんがおれの横できゅんきゅんしている。


 女子生徒が教室の入り口のおれたちをすと、広末はこちらに近づいてきた。


「それじゃね、たくとくん」


 英里奈さんはなぜかおれの耳元にわざわざ唇を寄せてそう言って立ち去っていく。


「タクトさんって、カノジョいたのね?」


 眉間にしわを寄せて広末は首をかしげる。


「今の人のこと言ってる? 違うけど……」


「え? じゃあ、何?」


「クラスメイト……です……」


 おれの回答に、ひどく不潔なものを見るような目になり、胸元を指差してきた。


「……あなた、おかしいわよ?」


「そうなあ……」


「そうなあって……、何それ、口癖?」


「……そうなあ」


 そういえばちょっと久しぶりに言ったような気もする。

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