第44小節目:ハンキーパンキー
「で、どうしたの? スタジオまでわざわざ」
おれと
「たくとくんがさこっしゅに用事あるみたいだったからぁ。えりなはたくとくんと一緒にいたかっただけぇ」
英里奈さんがなんの気無しに言ったらしい言葉に少々ドキッとするが、吾妻は呆れたように笑う。
「いやあ、英里奈って、素直すぎてなんか下心を感じないね……」
「だって下心とかないもん。あとはぁ、ゆりがモテてるからぁ、『えりなは関係者ですぅー』って顔してみたかったのもあるかなぁ!」
「いや、すごい下心あるじゃん……」
本心を聞いて、今度は本当に呆れている。
「で、
「ああ……練習中にすまん、手短に話すわ」
そこで一呼吸だけ置いてから、
「おれ、
と告げた。
「……どうして」
「おれはやっぱり今は、amaneのドラマー以外にはなりたくないから」
「……そっか」
沙子は少し考え込むように0.数ミリ眉間にしわを寄せる。
「沙子は、もう少し迷うか?」
おれが尋ねると、吾妻と電車に乗ったときみたいに、顔を曇らせた。
「……うち、これまで、求められたことってないから」
「……そっか」
それはきっと、彼女の核にあるコンプレックスなのだろう。
「でもな、沙子」
おれは少々苦々しく思いながらも、でもおれにしか言えないだろうことを伝える。
「多分、広末に求められるのは、あまり光栄なことじゃない」
「……どういうこと」
尋ねられて、おれは、苦笑いに忍ばせて、
「
と一口に言った。
「……そっか」
沙子も思い当たる
『このドラマーとベーシストはうってつけだと思ったわ』
『ええ。歌を邪魔しないし、不要な主張もしない、ちょうどいい
昨日の朝、おれたちは、やっぱり、まだただの『伴奏』なんだと、彼女はそういうことを言っていた。
『歌を活かすこと』と、『歌の邪魔をしないこと』は、似ているようで全然違う。
『土台を支えること』と、『不要な主張もしないこと』は、似ているようで全然違う。
沙子の『無表情』と『無感情』は全然違うように、だ。
「あいつの歌は、たしかに、個性的だと思う。そして、それ以上に、
一瞬、言葉を探す。
「……あいつが、
「なるほどねえ……」
吾妻がため息をついて天井を見上げる。英里奈さんはもはや特に興味がないらしく、そこらへんに転がっていたスティックを、人生ゲームのルーレットみたいに床の上でくるくる回していた。
「おれは、それじゃダメだと思うんだ」
おれの物言いもだいぶ素直になったものだな、と、口にしてから思う。
でも。
「沙子の言う通りだったんだ」
「うちの……」
『でも、市川さんの歌は、市川さんにしか歌えない』
『うちには、うちのベースって言えるほどの個性はない』
「そう、思われちゃってる。そして、他の誰でもなく、おれたちが自分たちの音を信じることが出来ていないうちは、それに反論すらできない」
だからこそ、だ。
「おれたちは、おれたちにしか出せない音を出さないといけない。少なくとも、そうだと自分で信じることが出来る音を鳴らせるようにならないといけない」
おれは、沙子の目を見る。
「練習しよう。上手くなろう。上手くなるのは、上手くなるためじゃない。上手くなると、自分のやりたいことが、出したい音が鳴らせるようになるんだ」
「うん、分かった」
やっと少し表情を穏やかにした沙子は、しっかり頷いてくれる。
この表情は……そうだ、昔、小さな山のある公園で鬼ごっこをしてる時、おれは山の右から、沙子は左から向かって挟み撃ちにしようと作戦を話した時に頷いた時と同じ顔。
「じゃあ、広末のところに行ってくるわ。沙子の分も話してきて良いか?」
おれはすくっと立ち上がる。英里奈さんが、「あ、話終わったんすね」みたいな感じで合わせて立ち上がった。
「うん……申し訳ないね、あの子には」
「まあ、別に好き嫌いの問題じゃないから。
吾妻がフォローしてくれる。
「つーか、いるかな」
「どうだろうな」
まあ、『いつでもそこにいるわ』って言ってたし、1年5組に行ってみるしかない。
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